エピソード42:暗渠の歩哨、途切れた啜り泣き
第42話:暗渠の歩哨、途切れた啜り泣き
夜の帳が下りた王都。華やかな中央通りから数本隔てただけで、街灯の光も届かない「旧市街」が姿を現します。一行は気配を殺し、昼間の調査で浮上した「啜り泣く井戸」がある広場へと向かいました。
1. 井戸の底の反響
「……ここね。風が、ここでだけ止まっているわ」
砂漠半島の巫女が、古びた井戸の縁に手を触れました。砂漠半島の巫女が精霊たちの震えを感じ取る一方で、大学院の女性学者は錬金術の灯で井戸の底を照らしました。
「啜り泣きというのは、地下から響く反響音ね。でも、これは人間の声じゃない……物理的な音の反射を利用した、一種の『警報』よ」
彼女が石を一つ投げ入れると、底に届く前に不自然な反響音が響きました。何者かが侵入者を察知するために、地下の空洞を改造して音を増幅させているのです。
「……姑息な真似を。だが、入り口は別にあるな」
職人組合の伝令員が、周囲の石畳を丹念に調べ、隠された昇降機構を見つけ出しました。
2. 闇に潜む「見張り番」
地下へと下りた一行を待っていたのは、煌々とした祭壇ではなく、カビ臭い湿気と、わずかな松明の火に照らされた狭い空洞でした。
「誰だ……! ここは立ち入り禁止だぞ!」
奥から現れたのは、黒い粗末な布を纏った教団の末端信者たちでした。彼らは騎士でも魔術師でもなく、どこにでもいる浮浪者や、生活に困窮した下層市民の成れ果てです。しかしその瞳には、異様なまでの狂信の光が宿っていました。
「聖印……。お前たち、公国で見たあの紋章を掲げているな」
火山島の戦士が刀の柄に手をかけ、威圧するように一歩踏み出します。
「我らは選ばれたのだ! お前たちのような光の中にいる連中にはわかるまい。あのお方は、我らのような持たざる者に『役割』をくださった!」
狂乱した信者の一人が、錆びた短刀を振り回して襲いかかりますが火山島の戦士は抜刀することなく、鞘の先で軽くその手首を打ち据え、無力化しました。
3. 残された「連行リスト」
制圧した隠れ家を捜索した一行は、木箱の上に置かれた一束の羊皮紙を見つけました。
それは首謀者の指示を記したものではなく、この末端の者たちが担当している「生贄の運搬計画」の備忘録でした。
「……ひどいわ。ここにある名前、全部、ギルドや教会で行方不明だと騒がれていた娘たちよ。でも、ここには彼女たちの姿はない」
女性学者がリストを読み進め、最後に記された地点を指差しました。
「『荷は、北の旧地下貯水池へ回せ。そこにて司祭が選別を行う』……司祭? 首謀者の他に、教義を管理する中級の幹部がいるようね」
「ここはただの『集積所』に過ぎなかったってわけか」
伝令員が吐き捨てました。
信者たちは何も知らされず、ただ言われた通りに娘たちを別の場所へ送り届ける「歩哨」に過ぎませんでした。
一行は、気絶した信者たちを縛り上げ、匿名で衛兵に通報する手配を済ませると、リストに記された次の目的地……王都の地下深くに眠る「旧地下貯水池」へと、暗い通路をさらに進む決意を固めるのでした。




