エピソード41:王都の門、日常の裏側に潜む「空白」
(王国完結編)
第41話:王都の門、日常の裏側に潜む「空白」
長い旅の末、ついに一行の足は王国の正門へと辿り着きました。これまでの道中と同じく、一歩ずつ踏みしめて歩んできたその足裏には、王都の整った石畳がどこか冷たく、よそよそしく感じられました。
1. 変わらぬ平穏という名のベール
「……本当に、何も起きていないように見えるわね」
大学院の女性学者が、市場の活気や子供たちの笑い声を眺めながら呟きました。
王国の中枢も、騎士団も、役所も、いつも通り機能している。魔薬の影もなく、権力層が腐敗している様子も見当たらない。しかし、だからこそ一行は、公国で手に入れた「あの聖印」が示す禍々しさが、この平穏な街のどこかに確実に「穴」を開けていることを確信していました。
2. 地道な「点」の捜索
一行は目立たぬよう安宿を拠点に定め、それぞれの個人的な伝手を頼り、公的な記録には残らない「小さな違和感」を拾い集め始めました。
■職人組合の片隅で
職人組合の伝令員は、組合の酒場でも特に情報にうるさい古参の配達員たちに接触しました。
「よう、最近変な『荷』の噂はないか? 届け先がないのに、夜中に誰かが運び込んでるようなやつだ」
「荷じゃねえが、最近『空き家』が妙なんだ。誰も住んでねえはずの旧市街の地下倉庫、夜中にそこへ入っていく奴を見たって連中がいる。だが、役所に言っても『浮浪者の住み着きだろう』で終わりさ。誰も本気にしちゃいねえ」
■遍歴騎士の集い
火山島の戦士は、特定の主君を持たない「遍歴騎士」が集う小さな館で耳を澄ませました。
「王国を離れる前、一人の冒険者がいた。大した腕でもなかったが、ある遺跡探索から戻って以来、羽振りが良くなった。そいつが最近、古い神を祀る廃寺の周辺でよく見かけられるという。騎士団は関心を持たんが、あの辺りの野良犬が最近、一匹もいなくなったそうだ……」
■大学院の片隅の「紛失」
女性学者は、母校の片隅にある小さな研究室を訪ねました。
「先生、最近この大学院で何かが盗まれていませんか?」
「盗まれた? いや、そんな報告はないよ。ただ……。古い邪神崇拝の風習をまとめた雑記のような、学術的価値のない古い手記が一冊、いつの間にか書棚から消えていたな。あまりに些細なことだから、誰も騒ぎ立てはしなかったが」
■小さな礼拝堂の囁き
一神教の司祭と砂漠半島の巫女は、街外れの小さな礼拝堂を訪れました。
「精霊たちが、この場所の『地下』を避けています。水が澱んでいるわけではないのに、ひどく冷たい……。信心深い老婆が言っていました。夜な夜な、井戸の底から女の啜り泣きが聞こえてくる、と。近所の娘が数人、里帰りをしたきり戻らないという話も聞きました」
3. 聖印が指し示す「結節点」
夕刻。冒険者の酒場の一室で、一行は拾い集めた断片を突き合わせました。
「中枢には何の影響もない。けれど、人々の意識の外側で、確実に何かが巣食っているわ」
女性学者が、公国で倒した屍人人形の残骸から見つかった「邪神教団の聖印」を机に置きました。
「旧市街の地下、消えた古い手記、夜中の井戸、そして消えた娘たち。……伝令員さん、さっき言っていた『噂の男』の話、もう少し詳しく聞かせて」
職人組合の伝令員は頷き、かつて王国で聞いた話を思い出しました。
「ああ。ギルドの連中の間で流れてた噂だ。ある冒険者が遺跡から『妙な杯』を持ち帰ってから、目つきが変わったってな。そいつは今、旧市街の廃屋を買い取って、奇妙な『祈祷会』を開いているらしい。誰も見向きもしないような、孤独な連中を相手にな……」
その聖印の文様は、かつてその冒険者が「拾った杯」に刻まれていたものと酷似していました。
「……見つけたわ。醜悪な儀式の場所を」
一行は、華やかな王都の影に隠された、邪神教団の「隠れ家」を特定するため、闇に包まれ始めた旧市街へと踏み出す準備を始めるのでした。




