エピソード32:木漏れ日の迷い子、涸れたる祈りの泉
エピソード32:木漏れ日の迷い子、涸れたる祈りの泉
1. 忘れられた聖域
聖都の華やかな大聖堂の陰、貧民街の入り口に、古びた「小鳥の聖堂」がある。そこは親のない子や身寄りのない老人が身を寄せる場所だが、建物の老朽化は激しく、皇国の公的な支援からも見捨てられつつあった。
一行は監察官への接触を待つ間、この目立たない場所を一時的な潜伏先として選んでいた。
そこで出会ったのが、若き一神教の尼僧である。彼女は虚ろな瞳で、かつて「病を癒やす」と言い伝えられていた、今は水が途絶えた枯れ泉の前に佇んでいた。
2. 揺らぐ天秤
「……もし、神が本当にいらっしゃるのなら。なぜ、この幼い子から光を奪うのでしょうか」
若き一神教の尼僧は、熱病で視力を失いかけている孤児の少女を抱きしめ、一神教の司祭に問いかけた。
「悪徳が『神の盾』に守られて栄え、祈り続ける者が救われない。……私は、自分の捧げてきた祈りの正体が、ただの空虚な独り言だったのではないかと恐ろしいのです」
彼女の悩みは、皇国の「法」と「信仰」の矛盾を突く、根源的な絶望だった。
3.偽りの奇跡、不浄の番人
職人組合の伝令員が、泉の奥、地下へと続く狭い空洞から這い出してきた。その顔は、砂埃ではなく嫌悪感で歪んでいる。
「……ただの目詰まりじゃねえ。奥に『不自然な番人』がいやがる。それも、この国じゃ一番の禁忌だ」
職人組合の伝令員が指し示した暗がりの向こう、干上がった導水管の影から、カサカサという乾いた音を立てて「それ」は現れた。
枯れ葉や動物の古革を継ぎ接ぎして作られた、歪な人型の塊。禁呪術[ネクロマンシー]によって製造された屍人人形[アンデッド]、マミーだ。その虚ろな眼窩には意志はなく、ただ侵入者を排除するためのプログラムだけが動いている。
「聖都の地下に屍人人形……。間違いは正さねばなりません」
一神教の司祭は聖印を掲げ、清廉な霊子を解き放つ。
降霊術「閃光[フラシュ]!」
一神教の司祭の周囲に展開された神聖な波動が、迫りくるマミーたちの動きを瞬時に止める。不浄なエネルギーで繋ぎ止められていた屍人人形たちが、聖なる光に焼かれ、砂のように崩れ始める。
しかし、闇の奥からはさらなる個体が、堰き止められた水の如く溢れ出してきた。
「……これ以上の不浄、この地には不要」
火山島の戦士が、静かに一歩前へ出た。彼は腰を深く落とし、湾刀[カタナ]の柄に右手を添える。彼の周囲だけは「死の静寂」が一段と深まった。
[マミー]が火山島の戦士の間合いに踏み込もうとした瞬間、銀の閃光が闇を切り裂いた。
特殊戦闘技能:居合[イアイ]――水平胴切り[一ノ胴]
抜刀の軌跡すら見えぬ一撃。
マミーが、まるで最初からそうであったかのように、上下真っ二つに分かたれて崩壊した。核となっていた心霊が霧散し、ただの枯葉と革の山へと戻っていく。
「素晴らしい太刀筋。ですが、残りは私が片付けます。……無駄な破壊、いえ、『損壊』は最小限に」
大学院の女性学者が、短杖を旋回させながら前に出る。彼女は瞬時に計算を終え、足元にある「不自然な堰」の構造を見抜いた。
「魔力飛翔体[マナミサイル]!」
計算された衝撃が、泉を塞いでいた石材を粉砕した。
「不自然な堰」は一瞬にして瓦解し、次の瞬間、地底に閉じ込められていた清冽な水が、歓喜の産声のような轟音と共に噴き出した。
「最後は私の仕事ですね」
砂漠半島の巫女は占星術[真水]を行使した。
数年ぶりに満たされていく清冽な泉の水面が、月光を反射して輝く。その輝きは、さきほどまでの不浄な影を洗い流すかのように、どこまでも澄み渡っていた。
4. 司祭の言葉
溢れ出した水は、一神教の司祭の降霊術[再生]と共に、少女の熱を和らげていく。
一神教の司祭は、涙を流す若き一神教の尼僧の肩に静かに手を置いた。
「神は、天から手を伸ばして直接石を退けることはなさいません。ですが、不条理に抗おうとする者の足元を照らし、必要な技能を持つ者をここへ導かれた。……あなたの祈りは、我々という形で届いたのです」
それは、一神教の司祭自身が自分に言い聞かせるような、確信に満ちた言葉だった。
5. 再び、闇の核心へ
若き一神教の尼僧は、自らの手で掬った水で少女の目を清め、再び信仰の道を歩む勇気を取り戻した。彼女の感謝に見送られながら、一行は聖堂を後にする。
一行は聖都の高くそびえる塔を見上げる。
一行の眼差しには、冷徹な意志の中に、微かな慈悲の炎が宿っていた。
【エピソード32:完】




