エピソード30:聖痕の裏帳簿、深き闇への潜入
エピソード30:聖痕の裏帳簿、深き闇への潜入
1. 沈黙の回廊
深夜の典礼院。昼間の喧騒が嘘のように、冷たい大理石の回廊には静寂が支配している。等間隔に配置された魔導灯の淡い光が、壁に描かれた聖人たちの影を長く引き伸ばしていた。
「……ここから先は、聖堂騎士の巡回ルートが重なります。祈りの時間以外、ネズミ一匹通さないのが皇国のやり方です」
一神教の司祭が、暗記している建物の構造図を指でなぞりながら、低く警告する。
砂漠半島の巫女が静かに手を結び、占星術を再びかけ直して行使した。
「無音。……これで、私たちの足音も衣擦れも、精霊たちが風の中に隠してくれます」
一行を包み込む不可視の膜。厚い石畳を踏むブーツの音さえ、霧の中に消えていく。
2. 鋼の指先
事務総長代行室の扉の前。そこには、物理的な錠前だけでなく、複雑な「魔力封印」が施されていた。
「……ただの鍵なら三秒だったんだが、これはお堅いね」
ギルドのスカウトが、特殊な合金製のピックを手に苦笑いする。
ここで大学院の女性学者が歩み寄り、短杖の先端を鍵穴にかざした。
「魔力感知。……なるほど、特定の波長の魔力を流さない限り、内部の歯車が噛み合わない仕組みね。伝令さん、私が魔力を流すわ。その瞬間に回して。錬金術[エンチャントマナ](魔力付与)」
「了解、お嬢様」
二人の息の合った連携により、音もなく重厚な扉が開かれた。
3. 偽りの書斎
事務総長代行の執務室は、主の性格を反映したように整然としていた。しかし、表面上の帳簿には何の不備も見当たらない。
「……隠すなら、物理的な場所ではなく、概念的な場所に隠すはずです」
火山島の戦士が、壁に掛けられた巨大な一神教の十字架を見上げる。彼の感覚が、周囲の空気のわずかな歪みを感じ取っていた。
一神教の司祭が降霊術の[心霊感知]を極限まで研ぎ澄ませる。
「……この十字架の裏。空間が微妙に折りたたまれています。降霊術の応用です。霊子をキーにした隠し金庫と思われます」
4. 裏帳簿の正体
隠し金庫の中から現れたのは、一冊の古い聖典のように装丁された、黒い革の帳簿だった。
そこには「聖遺物」として運び込まれた物品の真の名前、配送先、そして受け取り側の署名が、消えない魔力インクで克明に記されていた。
「これは……『奇妙な夢を見る香』だけじゃない。王国への武器密輸、果ては火山島の希少鉱石の横流しまで……」
スカウトがページをめくる手が止まる。
「仲介人は、ただの運び屋じゃない。皇国の権威を『免税証』として売り捌く、巨大な闇市場の支配者だ」
その時、廊下から微かな、しかし規則正しい金属音が響いた。聖堂騎士の鎧の擦れる音だ。
「……来ます。巡回が予定より早まっている」
サムライが湾刀の柄に手をかける。だが、ここで見つかれば事務総長代行を法的に追い詰めることは不可能になる。
【エピソード30:完】




