エピソード29:典礼院の沈黙、記憶の改竄
~エピソード29:典礼院の沈黙、記録の改竄~
1. 聖なる官僚機構
聖都の中枢に位置する典礼院。そこは、世界中から集まる供物や聖遺物、そして儀式に用いる法具のすべてを鑑定し、記録する場所である。
高い天井には歴代の聖人のフレスコ画が描かれているが、地上に視線を落とせば、そこにあるのは無数の羊皮紙と、絶え間なく羽ペンを走らせる書記官たちの姿だ。
「……ここでは、信仰さえも『数』と『帳簿』に置き換えられているのですね」
一神教の司祭が、かつて学んだ学び舎でもあるこの場所で、複雑な表情を浮かべる。
ここでは、十二人の枢機卿たちの意向を汲んだ事務官たちが、日々膨大な「聖なる物品」の仕分けを行っている。
2. 鑑定の矛盾
大学院の女性学者は、一神教の司祭の同行者という立場で、最新の「聖遺物搬入リスト」を閲覧する許可を得た。彼女は魔導感知を使い、記録された物品と、実際に倉庫へ運ばれていく箱から漏れ出る魔力の波長を比較していく。
「……見つけたわ。この三日間に搬入された『古代殉教者の骨』とされる十箱……。リスト上の魔力定数は『微弱』とされているけれど、実際にはもっと重く、粘り気のある魔力の反応がある」
「つまり、中身は骨じゃないってことか?」
職人組合の伝令員が、影に潜みながら書記官たちの動きを観察する。
「鑑定の判を押し、検問をフリーパスにさせている『誰か』がいる。その人物こそが、外の組織と皇国内部を繋ぐ『仲介人』の足掛かりだ」
3. 下級事務官の告白
一行は、リストの末端に署名があった若き下級事務官に接触した。彼は典礼院の隅で、震える手で茶を飲んでいた。一神教の司祭が穏やかに、しかし逃げ場を塞ぐように「罪の告白」を促す。
「……あなたの署名があるこの荷、中身を確認しましたか?」
「そ、それは……上の指示です。私はただ、届けられた鑑定済みの書類に判を押しただけで……。仲介役の『あの人』が、枢機卿閣下の慈善事業に必要な資金の一部だとおっしゃったのです」
若き下級事務官の話によれば、その仲介人は特定の枢機卿の派閥に属しているわけではなく、各派閥の間を器用に泳ぎ回り、「必要な物を、必要な場所へ、聖なる名目で届ける」ことを専門とする人物だという。
4. 静かなる追跡
その時、典礼院の回廊を、一人の男が足早に通り過ぎた。
地味な灰色の法衣を纏っているが、その歩き方は聖職者のそれではない。重心が安定し、周囲の視線を無意識に避ける、熟練の「運び屋」の動きだ。
「……あいつですね」
火山島の戦士が、気配を消して立ち上がる。
派手な捕縛劇はこの聖域では許されない。一行は、男が接触するであろう「真の仲介者」を特定するため、複雑な典礼院の内部を追跡し始めた。
砂漠半島の巫女は占星術[無音]使い、一行の足音と衣擦れの音を完全に消去した。
職人組合の伝令員が相手に気づかれないように尾行を開始し、大学院の女性学者が錬金術の[捜索]を職人組合の伝令員に使用し、壁越しでも位置を把握できるようにする。
5. 密談の小部屋
男が辿り着いたのは、典礼院の奥深くにある「使徒の小部屋」だった。
そこには、枢機卿でもなければ高名な騎士でもない、眼鏡をかけた初老の男が待っていた。彼こそが魔薬組織の「仲介者」の正体、事務総長代行である。
「……交易都市国家の出資者が捕まったそうだが、予備のルートは確保できている。次の『聖遺物』は、巡礼者の荷物に紛れ込ませて王国へ送れ。……神の栄光のため、多少の毒は必要悪だ」
事務総長代行の口から漏れたのは、信仰心のかけらもない、冷徹な物流の「調整」だった。
一行は、この決定的証拠を前に、いかにしてこの「法に守られた仲介人」を追い詰めるかの算段を立てる。
【エピソード30:完】




