エピソード28:祈りの静寂と汚れなき罪
(教皇国編開始)
皇国編:祈りの静寂と汚れなき罪
エピソード28:白銀の境界、鐘の音は遠く
1. 聖都への巡礼路
侯国の喧騒と潮風を背に、一行は南へと続く「聖なる街道」を進んでいた。
国境を越えた途端、石畳は磨き上げられ、街道沿いの家々には例外なく一神教の聖印が掲げられている。空気はどこか冷たく、絶えずどこからか祈りの鐘の音が響いてくる。
「……空気が変わりましたね。ここは、欲ではなく『法』と『信仰』が呼吸を支配している」
一神教の司祭が、自身の身に纏う法衣を整えながら呟く。彼の故郷とも呼べる聖地への帰還だが、その表情は晴れない。彼が追っている毒の鎖が、この神聖な地にまで伸びていることを知っているからだ。
「精霊たちの声が、ここではとても静かです。……いいえ、無理に押し黙らされているような、不自然な静寂を感じます」
砂漠半島の巫女が、ベールの下で周囲を警戒する。彼女のような異教の術者にとって、この国の徹底した一神教的秩序は、肌を刺すような圧迫感となっていた。
皇国(教皇国)
本島中央部南方に位置する、一神教の国家。君主は教皇。選挙 君主制。十二人の枢機卿[カーディナル](人数は開祖直伝の十二名の高弟、十二使徒が由来)による教皇選挙[コンクラーベ]で選出される。世襲制ではないが終身制。志願制ではなく教皇選挙で候補者の擁立と選定が行はれる。枢機卿も終身制で前任者が後任者を直接指名する。建国初期は血統による弊害(能力より血筋が重要視されること)や権力の私物化を防ぐことが出来ていたが、近年は派閥争いが懸念されている。軍事力は聖堂騎士団[テンプルナイツ]。信徒によって結成された騎士団。士気は高く、結束も堅い。
2. 聖堂騎士団の検問
聖都への入り口である「白金の門」では、白銀の甲冑に身を包んだ聖堂騎士団の兵たちが、入国者を厳格に検閲していた。彼らは侯国の傭兵のように金で動くことはない。その眼光には、神への絶対的な忠誠と、異端を許さぬ峻厳さが宿っている。
「止まれ。旅の目的と、所持している器物の申告を。……おや、貴殿は我が聖堂の司祭か」
騎士の一人が、一神教の司祭の持つ聖印に気づき、わずかに敬礼を送る。しかし、その背後に控える火山島の戦士や大学院の女性学者を見る目は、警戒を解いていない。
「この一行は、私が保証します。国境を越えた不正流通の調査をしているのです」
一神教の司祭の言葉と、侯国で手に入れた証拠品の一部を提示すると、騎士は重い口を開いた。
「……最近、聖都の中でも『奇妙な夢を見る香』が出回っているという噂がある。司祭殿、もしそれらが貴殿の追う悪徳と繋がっているのなら、我ら騎士団も座視はせぬ」
3. 聖なる仲介者
一行は無事に入国を許されたが、職人組合の伝令員は門を通過する際、騎士たちの目を盗んで「ある物」を観察していた。
「……お堅い騎士様たちだが、物流の裏までは見ていないらしい。司祭様、さっきの騎士が持っていた検印……あれ、交易都市国家で押収した『三重の蛇』の封蝋と、粘土の質が同じだったぜ」
「なんですって……?」
大学院の女性学者が眉をひそめる。
「つまり、この国に運び込まれる『聖遺物』や『儀式用品』の中に、魔薬やその原料が紛れ込んでいるということだ。それを『これは神聖な品である』と鑑定し、検問を無傷で通過させている人物が、この国の中にいる」
4. 腐敗の芽
聖都の入り口にある宿舎に落ち着いた一行。窓からは、天を突くような大聖堂の影が見える。
皇国の権力構造は、教皇を頂点とした十二名の枢機卿による終身制。派閥争いにより、後任者の選定が水面下で行われている今、一部の枢機卿の手足となる「事務官」たちが、活動資金を得るために外部の「魔薬組織」と手を結んだ可能性が高い。
「王国の売り手、帝国の作り手、侯国の出資者……。彼らを繋ぎ、この『神の盾』に穴を開けて通した「仲介人」。……その人物は、聖職者の皮を被った、誰よりも世俗的な人間のはずよ」
大学院の女性学者が、持ち歩いている書籍に目を通しながら、言った。
祈りの声に隠された、取引の囁き。
一行は、皇国の静寂の中に潜む「仲介人」の痕跡を追うため、まずは教会の物流を一手に引き受ける「典礼院」の周辺を洗うことに決めた。
【エピソード28:完】




