エピソード27:古き天秤の崩壊、商魂の終焉
エピソード27:古き天秤の崩壊、商魂の終焉
1. 霧の断崖、忘却の館
中立都市国家の最南端。荒波が打ち寄せる断崖絶壁の上に、その館はあった。「古き天秤の館」。かつて侯国の交易路を支配した「旧交易ギルド」の栄華の跡であり、今は歴史の表舞台から消えた老人たちの執念が燻る場所だ。
「……精霊たちが、ここでは呼吸を止めています。残っているのは、古びた紙とインクの、枯れた匂いだけ」
砂漠半島の巫女が、霧に包まれた館を見上げて呟く。
「建物全体が、過去の栄光を閉じ込めるための巨大な『檻』のようです」
「檻であり、同時に毒の『心臓部』でもあるわね」
大学院の女性学者が、館から漏れ出る不自然な熱を感知する。
「地下の熱源……魔薬の最終的な調整と、分配ルートを指示する通信用の魔導器が稼働しているわ。あそこを止めれば、この国に張り巡らされた毒の糸はすべて切れる」
2. 傭兵の論理
館の正門には、最高額の契約金で雇われた精鋭の傭兵、契約護衛官たちが、直刀[レイピア]を抜き放ち、極端な前傾姿勢で待ち構えていた。
「通すわけにはいかん。我々の契約は、この館の主人が『破産』するか『死亡』するまで有効だ」
「なら、その契約を書き換える手間が省けたな」
職人組合の伝令員が、中立都市国家の交換所から奪取した「配分リスト」と、諸侯国都市国家総督府の「全資産凍結命令書」を掲げた。
「あんたたちの雇い主の口座は、たった今、侯国によって封鎖された。今ここに立っていても、あんたたちに支払われる報酬は最低単位の硬貨も発生しない。……それでも、無給で命を懸けるかい?」
護衛官たちは互いに顔を見合わせ、静かに直刀を収めた。
「……契約終了だな。引き上げだ」
彼らにとって、金のない戦いは「無意味な損失」に過ぎない。侯国らしい、冷徹で合理的な撤退だった。
3. 天秤の間の対峙
障害のなくなった館の最深部。「天秤の間」と呼ばれた広間には、数人の老人が円卓を囲んでいた。かつての豪商、旧評議会のメンバーたちだ。彼らの前には、魔薬の利益と引き換えに手に入れるはずだった「新たな交易路」の地図が広げられている。
「……来たか。帝国の犬どもめ」
中央に座る理知的な、しかし眼光に狂気を宿した老人が、一行を睨みつける。
「我々は、この国の自由を守ろうとしたのだ。他国の法や、他国の権威に屈しない、強大な経済圏を再興するために……!」
「その自由のために、他国の若者を廃人にし、毒を造ったのですか?」
一神教の司祭が、静かに、しかし峻厳に問いかける。
「それは自由ではなく、ただの略奪です」
「黙れ! 損得こそがこの世の真理。少々の犠牲で、侯国の繁栄が戻るなら安い投資だ!」
老人が隠し持っていた魔導器を起動しようとした瞬間、閃光が走った。
4. 執念の防壁(特別製屍人人形)
「損得こそがこの世の真理。少々の犠牲で、侯国の繁栄が戻るなら安い投資だ!」
老人が手にしていた三重の蛇の魔導器が、不気味な紫色の光を放った。それは老人の魔力ではなく、彼らが数世代にわたりこの館に蓄積させてきた、禁忌たる死霊術のエネルギーを起動させる『鍵』だった。
直後、館全体が不気味に鳴動した。壁に飾られていた展示用の骨董品、骨の装飾、そして広間の床石のしたに埋められた骨が、不自然な意志を持って砕け、集まり始めた。
「……精霊たちが泣いています! この館の散在する骨に、無理やり汚れた心霊が憑依させられている!」
砂漠半島の巫女が叫び、植物の種子を掲げた。
霧の中から出現したのは、これまでに見たどの屍人形兵よりも悍しい、一体の特別製スケルトンと十体のスケルトンだった。特別製スケルトン[スケルトン・ウォーリア]の骨はただの白骨ではなく、様々な生き物の骨で補強され、その肋骨の奥には紫色の光を放つ魔力の核が埋め込まれている。そして、その手には、侯国式の細身な直刀[レイピア]が握られていた。
「無念に散った戦士たちの骨を……! マグナカルタで禁じられた、破壊行為そのものよ!」
大学院の女性学者が眉をひそめ、短杖を構える。
「神は、迷える羊に道を指し示されます。ですが、死を弄ぶ狼には、悔い改めの機会すら法によって制限されるでしょう」
一神教の司祭が聖印(十字架)を掲げ、最前線へ踏み出した。
先頭の[スケルトン・ウォーリア]が、一体だけスケルトンの集団を離れ、前に踏み出して来て、細身の直刀[レイピア]を前に突き出し、侯国式の低い構えを取った。――その構えは、生前の達人級の技術を死霊術で無理やり再現させたものだった。
「下がっていてください。ここからは、言葉よりも速い『対話』が必要なようです」
火山島の戦士が、静かに一歩前へ出た。
一神教の司祭は聖印から降霊術[除霊]を展開し、周囲のスケルトンの動きを鈍らせる。その光は、スケルトンたちに大きなダメージを与えた。
砂漠半島の巫女は占星術の触媒(植物の種子)を使い、占星術[跳石礫]を唱えた。スケルトンたちの足元の床石を崩れ、石礫を地面から射出し、スケルトンたちの耐久性を奪う。
大学院の女性学者は短杖を通じて、錬金術[氷雪]を試みた。スケルトンたちの骨は氷結分解し、骨は灰となり崩れ去り、憑依している心霊は解き放たれた。
「終わりよ。あなたの持っている地図には、もうどこにも繋がる道はないわ」
[スケルトン・ウォーリア]は、侯国式の低い構え――前傾姿勢から、火山島の戦士に向けて電光石火の刺突を放つ。
職人組合の伝令員は投石紐を使い、石礫を放つ。スケルトン・ウォーリアへの牽制を試みた。
その隙をついて、火山島の戦士は抜刀しながら、突進してくる直刀の軌道を湾刀を使い受け流しで逸らし、相手の懐に飛び込む。
相手の武器を受け流した反動を利用して渾身の斬撃をスケルトン・ウォーリアの胴体に叩き込み、紫色の核を正確に斬り飛ばすと、スケルトンは音を立てて崩れ去った。
秘伝の居合、流風石火。抜刀しながら、[流風]受け流し(パリィ)をし、[石火]相手の力を利用しての反撃を行う。火山島の戦士が唯一使える様になった秘伝の居合であった。
火山島の戦士が残心を保ちながら、納刀すると同時に、館全体を覆っていた隠蔽の霧が晴れ、地下の魔薬工房と通信設備が機能を停止した。
5. 黄金の鎖、断たれる
数日後。中立都市国家の港には、穏やかな朝日が差し込んでいた。
旧評議会の資産は没収され、略奪されていた古代遺産は、学術的な保護下に置かれることが決まった。
「……さて。これで『売り手』も『作り手』も、そして今回の『出資者』も片付いたな」
職人組合の伝令員が、出港を待つ船の甲板で伸びをする。
「だが、あいつらが最後に口にしていた言葉が気になる。『自分たちはただの、南からの風に乗っただけに過ぎない』……」
「毒の根源は、さらに南……現在の皇国にあるのかもしれません」
砂漠半島の巫女が南の水平線を見つめる。
諸侯国での冒険はここに幕を閉じた。
しかし、一行が手に入れた新たな情報は、さらに広大な、そして未知の地域へと彼らを誘っていた。
【侯国編:完】




