エピソード2:黄金の海、碧玉の瞳(前編)
エピソード2:黄金の海、碧玉の瞳(前編)
1. 灼熱の隊商
火山島を出て一日。短い航海を経て本島に上陸した火山島の戦士を待っていたのは、肌を焼く陽光と、果てしなく続く黄金の砂丘だった。
不慣れな砂漠越え、独りでの移動は自殺行為に等しい。火山島の戦士は本島東端の港町で、砂漠の中央部を目指す大型の隊商の護衛に潜り込んだ。
「火山島の戦士階級か。その恰好、暑くないのか?」
隊商の護衛頭が笑いながら尋ねる。
「……慣れ、と言いたいところですが、正直に言えばかなり堪えています」
火山島の戦士は襟巻を緩め、額当ての汗を拭った。馬の背に揺られる感覚も、火山島では経験のないことだ。
彼が探しているのは、叔父から奪われた名刀を持つという「砂漠の商人」。手がかりはまだ薄いが、砂漠の要所である緑地集落を回れば、何らかの情報が得られるはずだった。
2. 砂塵の結界
隊商が砂の海をゆらゆらと進んでいた、その時だった。
「前方に野盗の集団だ! 二人組を追っているぞ!」
物見の声が響く。視線の先、砂煙の向こうから、数頭の馬に追われる二人組の姿が見えた。
「助けに行くぞ!」
護衛頭の号令に、火山島の戦士も馬を駆った。
しばらくして、追いつめられた二人組は、観念したかのように馬を止めた。一人は大柄な男、もう一人は小柄な女性だ。彼女が馬から降り、砂の上に膝をついて片手を着いたのが見えた。
(……なんだ?)
その直後、凄まじい砂煙が野盗たちの周囲から巻き起こった。
占星術:砂煙。
突如視界を奪われた野盗の馬たちが嘶き、次々と乗り手を振り落とす。混乱に乗じ、火山島の戦士たちは一気に距離を詰めた。
3. 秘伝:逆真向小手切り
地面に倒れた野盗の一人が、悪態をつきながら立ち上がった。彼は曲刀[シャムシール]を抜き放ち、頭上に掲げて二人組の方へと突進する。
「そこまでだ!」
火山島の戦士は馬を降りて野盗と二人組の間に入った。野盗はこちらに向けて駆けて来た。
彼は左腰の鞘を握り、意識を「静」へと沈める。野盗が間合いに入り、曲刀を振り下ろそうとしたその瞬間――世界が加速した。
居合:逆真向小手切り
左手で鞘ごと刀を突き出し、右手が柄を捉える。
鯉口を捻ると同時に、左手で鞘を後ろに強く引き絞る「鞘引き」。
刀身が鞘を離れる刹那、右手で刃を下方に向けると同時に右へと半歩体捌きを行い、右斜め下から左斜め上へと向かって一気に切り上げる。
野盗が頭上から振り落とした[曲刀]は空を切り、火山島の戦士の刃が鋭い銀光を放ち、野盗の右腕の手首の内側を的確に切り裂く。
「――ッ!?」
野盗は[曲刀]をその場に取り落し、左手で右手首を抑えながら、声を挙げる事無く、その場に跪いた。
本来なら、ここから返す刀で「真向切り」を浴びせる為に二ノ太刀を放つところだが、火山島の戦士は止まった。
右手の自由を奪われ、その場に跪いた野盗に、もはや戦意はなかったからだ。
「……見事なものだ」
後ろで見ていた二人組の男の方が、感嘆の声を漏らした。
火山島の戦士は残心を保ちながら血振りを行い、静かに納刀した。
4. 砂漠の半島の巫女と二神教の戦士
状況が落ち着くと、二人組は丁重に礼を述べ、隊商の一行に加わることになった。
夕暮れ時。辿り着いた緑地集落は、青いタイルのドームが美しい「蒼の都」の端に位置していた。宿屋の広間で、二人は自己紹介を始めた。
「私は砂漠の部族の占星術師です。今は『巡礼』の旅をしています」
女性――(砂漠の半島の巫女は[カヒナ]と呼ばれる)は、砂漠の民特有の褐色の肌に、吸い込まれるような碧玉の瞳を持っていた。彼女が語る「巡礼」とは、広大な砂漠の地下水路を巡り、保守点検を行う神聖な義務だという。
同行していた大柄な男は叔父であり、二神教の戦士として護衛を務めているのだという。
隊商の一行と、砂漠半島の巫女、二神教の戦士との歓談が始まった。火山島の戦士は刀の情報を得るべく荷物を部屋に置き、集落の市場へ向かった。
火山島の戦士はその晩、集落の市場で奪われた刀の噂を探したが、収穫はなく、重い足取りで宿へと戻った。
活気あるバザーの喧騒が消え、夜の帳が下りた砂漠の集落は、驚くほど静かだ。
彼は宿の片隅にある食堂で、一人、遅めの夕食を取っていた。運ばれてきたのは、硬めのパンと、スパイスで煮込まれた羊の肉、そして冷えた果実水だ。
慣れぬ砂の熱に焼かれた身体に、滋味深い食事が染み渡る。
「……ここ、よろしいですか?」
不意に声をかけられ、火山島の戦士は顔を上げた。
そこに立っていたのは、昼間に助けた砂漠半島の巫女[カヒナ]だった。彼女はフードを脱ぎ、碧玉の瞳を穏やかに細めている。
「ええ、構いません。どうぞ」
火山島の戦士が座席を空けると、彼女は静かに腰を下ろした。彼女の肌からは、砂漠の夜風のような、乾いた花の香りが微かにした。
「市場での探し物は、見つかりましたか?」
「……いえ。空振りでした。やはり、一振りの刀を追うのは砂漠で一粒の宝石を探すようなものですね」
火山島の戦士が自嘲気味に笑うと、砂漠半島の巫女は真剣な眼差しで彼を見つめた。
「砂漠は広く、残酷です。けれど、流れる砂はいずれ必ずどこかに溜まる。貴方の探しているものも、きっとどこかに留まっているはずです」
彼女の言葉には、予言者のような響きがあり、火山島の戦士の心に溜まっていた漠然とした不安が薄まっていくのを感じた。
「ありがとうございます。不思議ですね。貴女のおかげで、希望が湧きました」は年相応の笑顔で答えた。
会話が進むにつれ、二人の間には不思議な親近感が芽生えていった。
出身も、育った環境も、信仰する神も違う。火山島の厳しい冬を知る者と、砂漠の燃えるような日射しを生きる者。
けれど、同じ世代として「使命」を背負い、未知の地を歩む者同士、通じ合うものがあった。
「火山島には、これほど多くの星は見えませんか?」
「星はよく見えますが、砂漠の星は……なんて言うか、近すぎて手が届きそうです」
火山島の戦士が夜空を仰ぎながら答えると、はふっと柔らかく微笑んだ。昼間の凛とした巫女の表情とは違う、年相応の少女のような笑顔だった。
「ふふ、手が届いたら困ってしまいます。星は、私たちが道に迷わないためにあそこにあるのですから」
夜が深まるのも忘れ、二人は語り合った。
一振りの刀を取り戻そうとする若き戦士と、砂漠の命である水を守ろうとする巫女。
砂漠の夜の静寂の中で、二人の孤独な旅路が、ゆっくりと重なり始めていた
5. 妙な代役
翌朝。出発の準備を整えていた火山島の戦士の耳に、激しい言い争いが聞こえてきた。
砂漠半島の巫女と、その叔父である二神教の戦士だ。
「叔父様、奥様の出産が近いのでしょう? 一刻も早く戻るべきです。ここから先は一人でも大丈夫ですから!」
「馬鹿なことを言うな! 昨日のような野盗が出たらどうする。俺は死んでもお前を守ると兄貴に誓ったんだ!」
砂漠半島の巫女の冷静な顔が、珍しく困惑に揺れている。
どうやら、叔父の妻の産気づきを知ったが、彼を帰そうとしているようだ。しかし、護衛なしで巡礼を続けさせるわけにはいかない戦士の意地も理解できた。
「……あの、よろしければ」
火山島の戦士は、自分でも驚くほど自然に口を開いていた。
「私が代わりを務めましょう。目的地も同じ方向ですし、何より、昨日の恩返しをさせてください」
二人は顔を見合わせた。
「火山島の戦士殿が……?」
「……恩を返さなければならない理由なら有りますが、恩を返して頂くような事は何一つありません。ですが、助かります。貴方の腕前なら、叔父様も納得してくださるでしょう。本当によろしいのですか?」
「はい構いません。昨日、声を掛けて頂いたお礼です」
意外なほどすんなりと話はまとまった。
叔父の戦士は「恩にきる!」と火山島の戦士の肩を強く叩くと、一陣の風のように帰路へと駆けていった。
(……やれやれ、私の人の良さも困ったものだ)
火山島の戦士は心の中で苦笑した。
こうして、一振りの刀を追う火山島の戦士と、地下水路を守る砂漠半島の巫女。
不思議な二人連れの旅が、砂塵の舞う中で始まった。
エピソード2:前編 了。後編に続く。
以下
設定資料
砂漠半島の巫女[カヒナ]。初登場時(第二章から)
出身:砂漠の半島
性別:女性
生まれ:巫覡
能力:膂力B、体力B、身体操作B、感覚A、知能B、集中力B
技能:占星術師2、決闘者1
占星術:初級全般
装備:砂漠の民の民族衣装、外套(フード付き)、懐刀、占星術の触媒、横笛(風)、植物の種子(土)、水筒(水)、行灯(火)
砂漠半島の若き巫女。巡礼と呼ばれるカレーズの保守点検の旅の最中に火山島の戦士と出会う。巡礼の終了以降、火山島の戦士と共に冒険者を目指す。美貌の持ち主で、瘦躯で褐色の肌をしており、妖精の瞳[グラムサイト]という緑色の瞳をしている。性格は冷静沈着で聡明。
超常現象の力の源(魔法の力の源[エネルギー])
元素[エレメント]
六つの元素、地水火風光闇。精霊は元素から生まれたエネルギー生命体。自然現象を操作することが出来る、占星術の力の源。エネルギーの結晶としての土や水、火や風、光や暗闇を見たり、触ったり、感じたりすることは出来るが、元素や精霊は基本的には(一部例外がある)見たり、触ったり、感じたりすることは出来ない。
魔力[マナ]
竜が元素を体内に取り込み、咆哮として放ち誕生したエネルギー。万物を変換することが出来る、錬金術の力の源。魔力は基本的には見たり、感じたりすることは出来ない。(現実世界の電気の様にエネルギーとして使用する事も出来るが、存在そのものが、物理的なエネルギーを発している場合もある)
霊子[エーテル]
神霊の構成要素。古代の神々の死後の精神体と魔力が結び付き発生した、意思を持っているエネルギー。奇跡を起す、降霊術の力の源。基本的には見たり、触ったりすることは出来ない。神に誓願し、受け入れられると感じることが出来るようになる。
霊魂[アストラル]
人や動植物の心霊。元素、魔力、霊子の三大エネルギーに比べてかなり微弱ながらエネルギーを発している。基本的には、触ったりすることは出来ない。微弱なエネルギーながら、術や特別な能力がなくても見たり、感じたりすることが出来る場合がある。
宗教
古代の神々(多神教[パンテオン])についての伝承がほとんど失われており、戦乱期、刀剣の時代から現在まで信仰されているのは、一神教、二神教、三神教、(現代神[ゴット])と、普遍的に信仰されている精霊信仰である。大憲章で信教の自由が認められている。
多神教
古代の神々への信仰は現在、失われている。
一神教
大陸から伝来した宗教で本島において最大の宗派。主に西方五国で信仰されている。教義は友愛と法の下の平等。方舟[アーク]に避難することが出来た事でアポカリプスを生き残る事が出来たとされている。聖職者は司祭[プリースト]。宗教建造物は聖堂[カテドラル]。開祖は聖人[セイント]。聖典は聖書[バイブル]。シンボルマークは十字。拝一神教(一つの神だけを崇拝するが、他の別の神々を崇拝することを認める宗派)。モデルはキリスト教とヤハウェ信仰(ユダヤ教の前身)。
二神教
本島東部の砂漠の半島で信仰されている土着の信仰。教義は二元論(二つの事象によって世界は成り立っているという考え。例、光と闇、精神と肉体、男性と女性など)神は男神と女神の二柱。聖職者は導師[イマーム]。宗教建造物は寺院[モスク。開祖は預言者[プロフェット]。聖典は教典[コーラン]。シンボルマークは五芒星。モデルはマニ教、ゾロアスター教、イスラム教。
三神教
世界が三柱の神の力の均衡、協力によって成り立っている三神一体[トリムールティ]の考えを持ち(陰陽五行思想の相生相克、三竦み、三つ巴)。律法[トーラー](神との契約)を教義としている。火山島の土着信仰。聖職者は律法者[ラビ]。宗教建造物は神殿[シナゴーグ]。開祖は救世主[メシア]。聖典は経典[タルムード]。シンボルマークは円環。モデルはヒンズー教、ユダヤ教、仏教。
精霊信仰
自然崇拝[アニミズム]。各種精霊を信仰の対象としている。宗教建造物は祠[シュライン](各種精霊をモデルとした石像が安置してある)。聖職者は常駐していない(結社と呼ばれる占星術師たちの互助組織が保全を行なっている)。本島、砂漠の半島、火山島で普遍的に存在している。モデルは神道、ケルト人のドルイド教。




