エピソード1:奪われた残り火、遠き波濤
エピソード1:奪われた残り火、遠き波濤
1. 鍛冶の血脈と遺された願い
オークを討伐した翌朝。火山島の冷気は、さらにその鋭さを増していた。
火山島の戦士は自宅の板間で、正面に座る叔父と向き合っていた。
「家宝の刀……あれが盗まれたのは数日前だ。本島から来た好事家を名乗る王国人が家に訪れてきた。今でこそワシは雑貨屋のオヤジだが、わしらのご先祖様の話は聞いたことがあるだろう」
叔父が重い口を開いた。母方の先祖は、かつてこの島で名を馳せた刀鍛冶の一派の一人であった。奪われたのは、その始祖が鍛え上げ、代々守り抜いてきた一振りの名刀だという。
「わざわざ本島から噂を聞き連れて来た事を、つい嬉しくなって気を許してしまい、刀を見せてしまった。運悪くその時、屍人人形が家の近くに現れたという話が飛び込んできたんで、慌ててその場から避難した。気付いた時にはあの王国人はおらず、家に戻ってきたときは刀が持ち逃げされているとは思いもせんだった。姿を消してから数日、おそらくまだこの島のどこかに潜んでいるか、あるいは船を待っているはずだ。お前の剣術と呪符術の腕を見込んで頼む。あの刀を取り戻してくれ」叔父は床に額が着く位、頭を下げていた。火山島の戦士は、左腰の[湾刀]に手を置いた。昨日のオーク戦での感覚がまだ指先に残っている。実戦経験の乏しさに不安はあったが、叔父の善意を踏みにじった者を当然、見逃すことはできなかった。
「……頭を上げてください叔父さん。悪いのは盗人の王国人です。必ずや見つけ出し、刀を取り戻し、火事場泥棒に後悔させてやりますよ」
争いごとが苦手な火山島の戦士には珍しく、静かに闘志を燃やしていた。
2. 港の静寂と、異邦の影
それから数日、火山島の戦士と叔父は足繁く南端の港へと通った。
大憲章[マグナカルタ]により、過度な武装や紛争が抑制されているこの時代、武器を携えた余所者は目立つ。しかし、島を出る船は限られており、怪しい影はなかなか姿を現さなかった。
潮の香りと、錆びた鎖が鳴る音。
捜索を始めて三日目の夕暮れ時、残念ながら今日も盗人を見つけることが出来なかった。港から自宅に帰る道すがら叔父がポツリと言った。
「しかし、立派になったな。昔、会った時は怯えて姪の後ろに隠れて、泣いていたのが噓のようだの」
「ハハハ。体がでかくなっただけで、今も中身は対して変わってませんよ」
火山島の戦士は頭を搔きながら笑顔で叔父に答えた。
「そう言えば叔父さん一つ気になることが。実は屍人人形がこの南の港の集落近くにも出たんですよ。何か関係があるかもしれませんね」
「だとしたらまったく、迷惑な話だ。あんな気味の悪いシロモノを火山島に持ち込んで」
「そうですね」火山島の戦士は叔父に答えながら、考え事をしていた(持ち込んだのではなく、火山島で作成したのなら厄介だな)
火山島で作成されたので有れば相手は死霊術師[ネクロマンサー]ということになる。
(戦いは避けれないか)決意を新たに家路に着いた。
翌日、捜索を始めて四日目の夕暮れ時、決意を新たにした事が功を奏したのか、火山島の戦士は港の片隅にある古びた倉庫の影で、奇妙な男を見つけた。
男は、この島の住人ではない。
細身の体躯に、泥に汚れた豪華な外套。そしてその腰には、火山島の刀とは明らかに形状の異なる、細長く鋭い剣――[直刀]が差されていた。
「叔父さんはここに居てください」
叔父にここにとどまるように伝え、火山島の戦士は慎重にゆっくりと男に近づいて行った。
「貴殿、少々話を伺いたい」
火山島の戦士が距離を保って声をかけると、男はゆっくりと振り返った。その瞳には、隠しきれない焦りと敵意が宿っている。
「……島の番犬か。しつこいな、何も持っていないと言ったはずだ」
男の声には、王国特有の訛りがあった。彼は返答を待たず、流れるような動作で[直刀]を抜き放つ。その構えは上半身を起こし、足元を幅広くとり腰を落とす王国式だ。本島で主流の[直刀]は王国式、侯国式前傾姿勢で足元を幅広くとり直線的に動く、公国式上半身を起こし足元は狭く腰の位置を高く保ち相手を中心とした円運動を取る、の三つのスタイルがある。
いきなり直刀を抜いた事に驚きながらも、火山島の戦士は戦いが避けられない事を悟り、覚悟を決めた。
「返していただく。」
「ふん、やれるものならやってみろ!」
3. 激突、湾刀対直刀
男が地を蹴った。
[直刀]の先端が、陽光を反射して鋭い煌めきを放つ。
(速い……!)
火山島の戦士は直感した。昨日の[オーク]のような鈍重さはない。洗練された刺突が、寸分の狂いもなく火山島の戦士の喉元を貫こうと迫る。
火山島の戦士は刀を瞬時に抜いたが、構えを取る余裕すら与えられず、身体操作のすべてを駆使して紙一重でそれをかわした。
突き出された剣先が、火山島の戦士の襟巻を掠めて背後の木板に深く突き刺さる。その隙を逃さず、は踏み込んだ。
しかし、相手も手練れだった。男は刺さった剣を引き抜くと同時に、その鍔を盾のように使い、火山島の戦士の斬撃を阻む。
金属同士が擦れる高い音が響く。
実戦ではゆっくり考える時間など無いので、相手が「こう来たらこう」などとしている暇はない。攻勢必勝、連撃必倒。守勢に回らず相手に攻撃の機会を与えず、相手が倒れるまで攻撃を続け、滅多打ちにする。その為、実戦では膠着状態に陥ることが無く、決着が直ぐに着く事が圧倒的に多い。また、無暗に矢鱈に武器を振り回していると常人の腕力と持久力では続かず、肉体への負担、疲労を可能な限り減らす為にそして、自身の身体に武器を誤ってぶつけないようにする為にも、同じ動きを繰り返す。刃物で有れば相手に対して刃筋を立てるなどの、効果を効率的に発揮する為の必要な動作を優先し、それ以外の動作を簡略化する為、攻撃方法の種類を出来るだけ減らす。実戦での剣術は[直刀]であれば突き、[湾刀]であれば前足側からの袈裟切り(相手に攻撃を当てやすく、斬撃で最も威力が出やすく、振り降ろした際に自分の足を切らないため)と上段突きのみを行う。無駄なことをせずシンプルに武器を振るうのが実戦での武術の実態であり、実戦でどれだけ無駄なことをせずシンプルに武器を振るう事が出来るかが武術の技量の差となり、腕力と武術の技量が上の者が大抵は勝つ。しかしながら、例外として出合い頭の初撃は技量の差に関係なく決まりやすい。相手と正対しながらも不意討ちのような効果を出すことが出来る場合がある。その為、武術のセオリーを無視した自分の最も得意な攻撃方法を初撃に用いて勝負を決め、相手の反撃を封じて勝つという方法がある。火山島の戦士の居合がそうである。
現状、実戦では珍しく、膠着状態に陥っていた。
(……勝負を仕掛ける)
火山島の戦士は瞬時に判断を切り替えた。
彼は右手を柄から離し、重心を低く落とすと、一気に左腰から右手で[腰刀]を抜き取り、相手に投げつけた。
「ぐっ……!?」
相手に突き刺さる事は無かったが、[腰刀]は当たり、一瞬だけだが、動きを止めることが出来た。
男がよろめいた一瞬、火山島の戦士は数歩下がりながら刀を納刀し、再び左手で鯉口を切る。
火山島の戦士の周囲に「静」の空気が広がる。
男は顔を歪ませたまま、怒りに任せて、全力の刺突を繰り出した。
居合「真向小手切り」
左手で鞘ごと刀を相手に柄頭を向けて、突き出す様に押し出すと同時に右手も前方に出し柄を捉える。右手に鍔元に触れると同時に、左手で鞘を後ろに強く引き絞る鞘引きを行う。火山島の戦士が学んだ流派の独特の抜刀法である。
鞘から放たれた銀光が、上から下に縦に閃き、空を切り裂く[直刀]の軌道を下に落した。本来は鞘から放たれた刀身は最短で相手の小手に向かう技だが、今回は相手の[直刀]を上から下に撃ち落とす様に[湾刀]を振るった。手応えを確認するまでもなく、火山島の戦士は踏み込みと共に[湾刀]を頭上へ掲げ、左手を柄に添えて、両手で流れるような動作で斬り下ろした。脳天から股立ちまでを一刀両断にする垂直の軌道、真向切りが、男の額を鋭く斬り裂いた。人に刀を振るったのが初めてであった為か斬撃は浅く致命傷ではない。だがしかし、その一撃は男の闘志を折るには十分だった。
4. 砂漠への導標
「……くそっ。刀は、もうここにはない」
叔父が呼んで来てくれた加勢が漸く到着し、その1人である三神教(火山島の土着の宗教)の聖職者[ラビ]に降霊術での治療を受けながら、
地に伏したままの男はは問いに弱々しく答えた。しかし、男の口から出た次の言葉は、絶望的な事実であった。
「俺はただの運び屋だ。あの刀は、三日前にここを発った砂漠半島の商人へ渡した……。今頃はもう、本島の東へ向かっているはずだ」
砂漠半島。
本島から山脈でわけられた、東の過酷な地。
火山島の戦士は西の空を見つめ、静かに決意を固めた。
集落へ戻ったは、叔父に自分の決意を告げた。
「叔父上、本島へ渡ります。商人を追い、砂漠の地まで」
叔父は驚きに目を見開いたが、やがて静かに頷いた。
「……長い旅になる。本当に済まない。ありがとう。いくら感謝しても足りない。少ないがこれを」
手渡されたのは、一通の封書(その中は[帯刀許可証]であった)といくばくかの銀貨だった。
慣れない本島への航海。
火山島の戦士は小さな帆船の甲板に立ち、次第に小さくなっていく火山島の煙を見つめていた。
水平線の向こうには、魔法と刀剣が支配する広大な本島が待っている。
一振りの刀を巡る旅は、ここから加速していく。
エピソード1終了。エピソード2に続く
以下
設定資料
天体の地理
複数の大陸が存在しているが、古代魔導文明時代に作成された世界地図は現在、失われている為、大陸の数や規模は不明である。また大陸間での交易は現在の航海術では困難である為、殆ど行われておらず、現在の人間には、他の大陸の状況が断片的でほぼ不明である。
物語の舞台
複数ある大陸の一つ、その大陸(複数の国家が乱立している)から北に一ヵ月程航海した(かなり困難なため、交易はほとんど無い)先にある、大きな島(本島と半島)と小さな複数の島(その内の最大の物が火山島)が舞台。
本島と半島と火山島
本島は西部から中央部が平原で、東部の半島が砂漠となっており、山脈で隔たてられている。本島以外にも複数の小さな島が存在するが、ほとんどの島が無人島で、数少ない例外が本島の東に浮かぶ火山島である。(島の形のモデルは南極大陸と周辺の島)
国家
現在、本島の西部から中央部に五つの国[王国、帝国、皇国、公国、侯国]通称西方五国(西方と呼ばれているが実際には本島の北部、中央部、南部に広がっている。コーカソイド系の容姿をした人々の国家)と、東部の半島の砂漠の部族社会(ネグロイド系の容姿をした人々の集落)そして、本島の東にある離島の火山島の部族社会(モンゴロイド系の容姿をした人々の集落)がある。
王国
本島中央から西部に位置し、君主は国王。本島、最大の国家で、世襲君主制で男系長子継承制(王室の男性は生まれた時に王位継承順位があたえられる)。この為、王女は存在するが、女王は王国の歴史上、存在しない。王権の権力基盤は安定しやすいが、王国の栄枯盛衰は国王の資質による影響が大きくなる問題がある。(国王が名君か暴君によって王国の行く末が決まる)。軍事力は王国騎士団。世襲制だが、領地を持たない職業軍人。
(モデルはフランス王国 カペーー朝からブルボン朝)
帝国
本島中央部北方に位置し、君主は皇帝。世襲君主制だが皇帝の子息(帝位継承権保持者)の中からから選帝候会議[クルフシュテンコレギウム]で選出される(性別は関係ない無い為、過去には女帝も複数いた)。元老院(貴族による議会)の七人の元老(選帝侯)によって指名、承認される。権力闘争が起きやすいが、君主による独裁体制にはなりにくい。軍事力は帝国騎士団[ライヒリッター]。世襲制で小規模な領地を持つ領主でもある。
(モデルは神聖ローマ帝国)
皇国(教皇国)
本島、中央部南方に位置する、一神教の国家。君主は教皇。選挙君主制。十二人の枢機卿[カーディナル](人数は開祖直伝の十二名の高弟、十二使徒が由来)による教皇選挙[コンクラーベ]で選出される。世襲制ではないが終身制。志願制ではなく教皇選挙で候補者の擁立と選定が行はれる。枢機卿も終身制で前任者が後任者を直接指名する。建国初期は血統による弊害(能力より血筋が重要視されること)や権力の私物化を防ぐことが出来ていたが、近年は派閥争いが懸念されている。軍事力は聖堂騎士団[テンプルナイツ]。信徒によって結成された騎士団。士気は高く、結束も堅い。
(モデルは教皇領 バチカン周辺)
公国(大公国)
本島、北西部に位置し、五つの公国による連合国家。君主は大公。世襲君主制で任期制。元々は大公が統治する一つの国であったが、大公家が断絶している現在は、五つの公国(公爵領、侯爵領、伯爵領、子爵領、男爵領の五人の君主、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵が各自の領土、公国を治めている)。に分かれている。(その為、大公国全体の政治体制は寡頭制となっている)対外戦争などの際は大公を君主として、協力して一つの国として戦うが、平時である現在、大公は名目上の称号で、事実上の権限は無く、五つの公国の君主が任期制、輪番制で就いている。公国ごとの独自性は強いが、大公国としての連帯感は他国との戦時のみとなっている。軍事力は領兵団。(徴兵制で各公国では領民に兵役義務がある)。平時は都市の衛視や国境警備をしている。
(モデルはブルゴーニュ公国連合)
侯国(諸侯国)
本島、南西部に位置し、独立都市国家[ドミニオン]による連合国。自由都市同盟から発展した。都市国家の君主(諸侯)による諸侯会議により総督[ガバナー]が選出される。ガバナーは選挙君主制で任期制。(戦時だけではなく、平時においても権力を有するが、実際は諸侯による寡頭制)。元々、軍事同盟(ロンバルディア同盟がモデル)、経済的同盟(商業利益の保護と商圏の拡大。ハンザ同盟がモデル)を原型としたものだった為、連合国家としての結束力は低く、ドミニオンの独立意識が高く、現在は他国からの侵略や経済圏の確保のためではなく、ドミニオン同士の権力闘争の防止の為だけに存在していると揶揄され、国家としての存在意義が疑問視されている。軍事力は傭兵団。各ドミニオンが各自で組織している。金銭で雇われた兵士のため士気が低い(契約義務のみの為)が練度は高い(近年は戦争が無い為、実力も低下していると懸念されている)
(モデルはイタリア都市国家連合 ヴェネツィア、フィレンツェ)
砂漠半島の部族
本島の東部は半島となっており中央部とは山脈によって隔てられていて、大部分が砂漠になっている。砂漠には中央の地下に地下水が東西を貫く様に流れておりがあり、山麗の地下水を水源とした地下水路[カレーズ]により大小様々な泉が点在している。また半島の東端には火山島に渡る事が出来る船が出る港がある。遊牧民の部族社会であり、遊牧民[ベドウィン]と砂漠の泉の周りに出来た緑地集落[オアシス]の市場[バザー]に訪れる隊商[キャラバン]によって構成される。主な緑地集落として、青いタイルで装飾された建築物で造られた蒼の都、塔の都城壁の都がある。
(アラビアンナイトの世界、主にウズベキスタンがモデル)
火山島の部族
本島の東に浮かぶ小島。島の中央に火山があり、南端に港(本島東端の砂漠の半島の港と唯一、船の行き来がある)がある集落、東部に農作物を生産する集落、北部に工芸品が特産品の集落、西部に火山島最大の集落がある。戦士階級の支配層による部族社会。戦士階級の支配層は湾刀と腰刀の二刀を帯刀し、普段は農耕して生活している。
(モデルは日本の武家社会と侍)
気候
西方五国は温暖な気候で夏の暑さも冬の寒さも厳しくなく、四季がある。砂漠の半島は年中変わらず、雨が少なく、日中は暑く、日没後は冷え込む。火山島は冬が厳しい(気候はアイスランドがモデル)。
言語
大陸共通語(大陸から伝わった言語)。通称、共通語[コモン]。古代魔導文明語[ローエンシェント](ラテン語がモデル)。西方語(北部、中部、南部に分かれている)。中央語(砂漠の半島の言語)、東方語(火山島の言語)が存在する。現在は大陸共通語が統一言語として使用されている(その為、他の言語は現在、ほとんど使われて無い)が、文字の無い口語の為、ローエンシェント(コモンと文法が違う為、習得が困難である)が文語として使われていることから識字率は低い。
文化
文化レベルは基本的には中世後期ヨーロッパ程度。ハイエンシェントの遺産により一部が発達している。また、大憲章[マグナカルタ]により、君主の権力が抑制され、法の支配が強く、都市部では原則として、武器の所持携帯は刃のついたものは短刀サイズまで、長柄のものは刃のついていないもの、飛び道具は投石紐[スリングショット]までとなっている。刀剣、槍、斧、弓矢、弩の所持携帯使用は許可制となっている。
貨幣
共通貨幣として、通常、銀貨が使用されており、金貨と銅貨も存在しており、貨幣経済が浸透している。




