エピソード17:鉄の断罪、灰の静寂(後編)
エピソード17:鉄の断罪、灰の静寂(後編)
~黒鷲の館、執念の終焉~
1. 深淵への潜入、異形の警備
帝都の北端、崩れかけた「黒鷲の館」の地下深ク。職人組合の伝令員の読み通り、彼らはかつての没落貴族が廃棄物の廃棄に使っていた、忘れ去られた地下水路からの侵入に成功した。
排気口から這い出た一行を待っていたのは、フラスコの中で煮える不気味な液体の熱気と、それを凌駕する「死の臭い」だった。
「……何、この気配。ただの屍人人形じゃない」
砂漠半島の巫女が、[妖精の瞳]を細め、青ざめた顔で廃液の溜まった床を指差した。
彼女の指差す先、瓦礫の中からミシミシと不快な音を立てて這い上がってきたのは、防腐剤と薬品にまみれ、色褪せた包帯を全身に纏った――屍人人形のマミーたちだった。虚ろな眼窩に毒々しい[心霊]の光を宿して、侵入者を排除せんとして立ちはだかる。
2. 鉄と死の防波堤
「主よ、迷える魂に哀れみを。[降霊術:閃光]!」
一神教の司祭が聖印を掲げ、清烈な光を放つ。光の波動を浴びたマミーたちの包帯が焼け、動きが鈍る。
その隙に、大学院の女性学者が呪文を編み上げた。
「[錬金術:雷光]! その包帯ごと、浄化してあげる!」
彼女が放った光の奔流がマミーたちの包帯が焼け焦げ、黒ずみへと変えていく。
だが、奥の作業場から、さらなる絶望が這い出してきた。
それは、館の瓦礫、そして魔薬の原料の植物を練り込んで造られた、巨大なゴーレムだった。その巨躯は、人間の背丈を軽く超え、一歩踏み出すごとに地下室が揺れる。
「あれが、奴の執念の形か。……リーダー、正面を頼む!」
職人組合の伝令員が叫び、自分はゴーレムの足元へ向かって短刀を投擲した。
砂漠半島の巫女は占星術[土留]を使った。地面から植物の蔦が出現し、ゴーレムの脚に絡みついた。
3. 鉄の刃、執念を断つ
火山島の戦士は、静かに、しかし力強く腰の[湾刀]を抜き放った。
「――義、成らざれば死す」
彼は真正面からゴーレムへと突っ込み、その丸太のような轟腕を、神速の斜め切りで受け流す。陶器と鉄がぶつかり合う火花が、地下室を照らした。
火山島の戦士はそのまま、ゴーレムの懐へと潜り込む。
「[秘伝・居合:流風石火]」
踏み込みとともに、相手の攻撃を受け流した反動を利用して、刀身を水平に保ったまま、ゴーレムの魔力が集中する胴体――「核」があると思われる場所に、渾身の斬撃を叩き込んだ。
刃はゴーレムの強固な外殻を貫通し、内部の魔力回路を正確に破壊した。
「……無常」
戦士が静かに呟くと、ゴーレムの巨躯はガラガラと崩れ落ち、ただの瓦礫と鉄屑に戻った。
4. 執念の終焉、法の裁き
マミーとゴーレムが排除された奥の作業台。そこには、逃げ場を失った没落貴族の末裔が、最後のフラスコを抱きしめて震えていた。
「バ、バカな……! 我が一族が、このような平民の如き輩に……!」
「あなたの誇りは、すでに死んでいます」
一神教の司祭が、男の前へと歩み出た。
「過去を取り戻すために、今を生きる人々を犠牲にする。その行いは、誇りではなく、ただの妄執です。主の御前で、その罪を償うべきだ」
戦士が静かに納刀し、男の手首に魔力を封じる[縄]をかけた。男は抵抗する気力も失い、崩れ落ちた。
一行は、没落貴族の男と、地下室に残された魔薬の原液、そして没落貴族の生き残りが記していた「取引記録」をすべて確保した。
明け方。
一行からの通報を受けた帝国騎士団の一団が、旧貴族居住区へと到着した。男は、かつて自分が誇った帝国の「法」の手によって、冷徹に連行されていった。
「……終わりましたね、司祭様」
学者が、朝日を浴びる「黒鷲の館」を見上げて呟いた。
帝都の深い影に潜んでいた毒の根は、一族の執念とともに完全に断たれた。一行は、帝国の冷たい、しかし確かな秩序が、再び街を包み込んでいくのを静かに見守るのだった。
(帝国編:了)




