#7 控え室で…
ステージ中央でスポットライトに当たるアラタ。
ネイビーのシックなスーツ、薄く引いたアイラインが、いつも以上に色気を誘う。
一瞬で会場中の視線を釘付けにしていた。
「僕のコスメブランド、Limerence〈リメレンス〉には、心理学の用語で『理性を失うほどの激しい恋』や『狂おしいほどの執着』という意味があります」
アラタの低く心地よい声が、会場のスピーカーを通して響き渡る。
「この美容液は、まさにその名の通り、女性たちを『一度触れたら手放せなくなる肌』にしたい……そんな願いが込められています」
アラタの手の中で、深海を閉じ込めたみたいな静かな青が、スポットライトを受けて幻想的に煌めいていた。
彼のメンバーカラーでもある、海のようなターコイズブルーのボトルだ。
「アラタさんご本人が出演する、CMをどこよりも先に公開します。前方のスクリーンにご注目ください」
司会者の声に促されて、会場の誰もがスクリーンに目を向けた。
ふと、視界の隅に黒いロングドレスが目に入る。
さっきの、果恋さんだ。
果恋さんはまっすぐに、アラタを見つめていた。
スクリーンではなく、アラタ本人に向けられたその視線。
ついさっき、克哉に向けていた仕事上の熱意とは違う目をしていた。
切ないような、悲し気な……少なくとも、ビジネスとして見ている目ではなかった。
胸の奥がザワザワと音を立てて波立った。
「ではここで、Désir Clinic〈デジールクリニック〉の院長、美野克哉先生にもご登壇いただきましょう」
私のすぐ隣にスポットライトが落ちてくる。
「行って来る」
克哉は小さく私にほほ笑むと、拍手に招かれるようにステージへと上がって行った。
「女性の肌は、隠すものではなく見せるものです。美しい素肌を、世界中に見せつけたくなる……そんな願いも込めています」
慣れた様子でマイクに向かう克哉。
人気アイドルであるアラタの隣に並んでも、少しも見劣りしない克哉の完璧なビジュアル。
会場のシャッター音がより一層激しく鳴り響いた。
――なんだか、ふたりが遠いな。
会場の熱気と、眩しすぎるふたりの姿に軽く酔った私は、そっとその場を離れた。
警備員に関係者パスを見せて、克哉に用意された控室へ戻る。
お披露目会はあとどれくらい続くんだろうか。
克哉に言って、先に帰らせてもらおうかな。
そんなことを考えながら、誰もいないはずの控室のドアノブに手をかけた。
そのとき――。
「愛香」
「えっ……!?」
背後から伸びてきた腕に、そのまま部屋の中へと強引に引き込まれる。
カチャリと内鍵が下りる音が暗がりに響いた。
「アラタ……?」
「会場から出ていく愛香、ちゃんと見えてたよ」
「主役がなんで、こんなとこにいていいの?」
「今の主役は克哉だよ」
アラタはそう言って不敵に笑うと、淡いブルーのドレスごと、私の身体を壊しそうなほど強く抱きしめた。
首筋に埋められた彼の顔から、熱い吐息が溢れる。
「今日の愛香、すごい綺麗だ」
「ほ、ほんと?」
「誰にも見せたくないくらい――」
アラタは私の顎を持ち上げ、深い口づけを落としてきた。
絡み合う舌の熱。私とアラタのリップグロスが、互いの体温でじっとりと混ざり合っていく。
「このドレス、克哉が見立てた?」
低い声。どこか険のある言い方だった。
「どうしてわかるの?」
「変態医師の選びそうなドレスだよ。前から見たら清楚で可憐なのに、こんな大胆に素肌を晒して……いやらしいな。誘ってるの?俺のこと」
「ちょ、ちょっと……!」
アラタが後ろから包み込むように私を抱きしめ、露わになった背中に熱いキスを落とした。
その吸い付くような刺激に、私の身体が小さく震える。
「で、でも、色は私が決めたんだよ」
「俺のメンバーカラーだろ?」
「うん」
アラタが嬉しそうに目を細める。
彼を想って選んだターコイズブルー。
「今日の会場で、愛香が断トツで美人だよ」
「もう、克哉もアラタも同じこと言ってる」
「俺たち、悔しいけど趣味嗜好が似てるんだ」
さっきまで感じていた住む世界の違いなんて、アラタのこの泥臭い嫉妬のせいで一瞬で吹き飛んでしまう。
アラタはもう一度私を強く引き寄せ、耳元で切実に囁いた。
「他の男が寄ってこないか心配だよ」
「そんな心配いらないよ、モテないもん」
小学校から大学まで、ずっと私立で女子しかいない環境だった。
今の職場であるクリニックも、女性ばかりに囲まれている。
「男の視線からは、ずっと克哉が盾になってたからな」
「え?」
「気づいてない?」
「う、うん」
「このあとも克哉のそばから離れないように。番犬にはピッタリだからな」
悪戯っぽく笑うアラタ。
「ひとりでフラフラしてると、悪い男に食べられちゃうよ」
「……や、どこ触ってんのよ」
ロングドレスのスリットに、アラタの指が入り込む。
「じゃあさ、約束して」
「約束?」
「今夜……このドレスを脱がせるのは俺だってこと」
熱を帯びた瞳で見つめられ、私は言葉を失ったまま、ただ熱くなる身体で頷くことしかできなかった。
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