#5 愛香の小さな不安と嫉妬
ひとしきり甘く触れ合ったあと。
アラタはベッドサイドでいつものスキンケアを始めていた。
「愛香、ちゃんと首元までケアしないとだめだぞ」
「うー、もう眠いよ」
「克哉に叱られるぞ」
「家でも職場でもうるさく言われてるのに。彼氏まで甘やかしてくれないのね」
アラタは新しいシートパックの封を切ると、私の顔に乗せてきた。
「わ、冷たい!」
「眠気も飛ぶだろ?」
「もう2時だよ? 普通ならとっくに寝ていい時間なのに」
「朝までって言っただろ」
「いやいや、冗談でしょ?」
アラタはどこまでも飄々とした態度で、私の額や頬を優しく押さえてパックを密着させていく。
ふたりそろって、顔面にシートパックをしているなんて、いかにも美容オタクなアラタらしい。
「そういえば、美容液のお披露目、会場と日程が決まったんだ」
アラタは都内の一等地にある外資系ホテルの名前を口にした。
「思ったより派手になりそうなんだよな」
「取材も多そうだね」
さすがトップアイドルのコスメブランド、Limerence〈リメレンス〉だ。
注目の美容液の他にも、秋冬コレクションのコスメを大々的に紹介するらしい。
当日は多くのテレビ局やメディア、インフルエンサーたちが大勢集まる華やかなパーティーになるのだという。
「愛香も来るだろ?」
「慣れてないし、人が多いところは苦手なんだけど」
「公の場所で俺と会えるの、楽しみじゃない?」
「それは――」
どうだろう。
dulcis〈ドゥルキス〉のライブでなら、アイドルのアラタを客席から間近で見たことがある。
もちろん、大興奮してしまうし、大好きな時間なんだけど……。
それは、ファン視線であって、今回のケースとはだいぶ違う。
「克哉の秘書として同行するよう言われてるよ」
「業務命令かよ」
その瞬間。
アラタが露骨に不満そうな顔をした。
自分と私のシートパックをはがすと、仕上げのクリームを手に取った。
「愛香の隣は、いつも克哉がいるな」
どこか拗ねたみたいな声だった。
「今さら克哉に嫉妬してるの?」
「してる」
即答過ぎてちょっと驚いた。
一切の躊躇もない、まっすぐな視線にドキッとする。
「克哉は従兄だよ? 生まれた時からずっと一緒だから、克哉がいない生活って、想像したことないよ」
お互いの両親が忙しかったから、私たちは兄妹みたいに過ごしていた。
「それだよな」
アラタが私を抱き寄せてきた。
まだ少し冷たい、パック終わりの瑞々しい私の頬に、アラタが自分の頬をすり寄せる。
「克哉には勝てない感じがして、嫌なんだ」
珍しく弱気な声が、耳元に届く。
「私が好きなのはアラタなのに」
その瞬間、ぎゅっと身体を抱きしめる力が一段と強くなる。
「さっきも、ベッドで何度も言ったのに」
――言わされた、の間違いだったかな?
あれだけ執拗に愛の言葉をねだってきたアラタを思い出し、胸が熱くなる。
「……それに、私だって嫉妬するよ?」
「誰に?」
「アラタと克哉だって……その、そういう関係だったこと、忘れないよ」
アラタは困ったように力なく笑って、私の肩へぽすんと額を預けた。
「気にしてんだ、やっぱり」
アラタは、たっぷり潤った私の頬にそっと触れる。長い指先が、愛おしそうに輪郭をなぞっていく。
克哉はゲイで、アラタとは身体の関係があった。
それは、衝撃的で紛れもない事実。
私とアラタが付き合うきっかけとなった、あの夜。
クリニックに来院したアラタと克哉が、絡み合う姿を私は偶然のぞき見てしまったのだ。
アラタはかつての恋人に酷い裏切りを受けてから、長い間、女性に触れることができなくなっていた。
当時はクリニック開業前で、心療内科医だった克哉。
アラタの主治医として、そして歪んだ関係の相手として、彼の精神と肉体を深く支えていたという。
「男性同士でしてたからって、そこには偏見も嫌悪感もないからね」
「さすが、克哉の血縁者だな。普通はそうじゃない」
「茶化さないで」
私の真剣な眼差しに、アラタは小さく両手を挙げて降参のポーズをとった。
私が気にしてるのは、克哉とのことじゃなくて――。
「愛香?」
「ううん……なんでもない」
アラタの傷の深さを、私はまだ知らない。
知らないからこそ、どうしようもなく不安になる。
『好きって言って……』
ベッドの上で、アラタは何度もそう言って私に言葉を求めた。
けれど本当は、私の方こそ聞きたい。
アラタの言葉と身体で、何度だって確かな愛を教えてほしい。
『好きなのは、愛香だけだよ』
過去も、現在も、未来までも……。
アラタのすべてを、私だけで満たしていたい。
独占欲の塊なのは、アラタじゃない。私の方だ。
異常な愛情を持つ克哉と、私の本質は何も変わらない。アラタの言う通り血縁者なんだと思う。
「アラタ」
私からアラタの首に腕を回して、その唇にキスを重ねた。
不意打ちのキスにアラタが微かに目を見開く。
「もういっかい、しようよ」
「愛香……」
アラタの瞳に、私が見える。
今度は言葉攻めなんてする余裕を奪うくらい、深く深く私からアラタを求めた。
夜が、明けるまで――。




