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 作者の枝野先生、本名宮園は比較的温厚な人で漫画やアニメといった二次創作物の話題になると途端に饒舌になる所謂オタクタイプの人種だった。

 最初俺は趣味が同じである宮園とは馬が合ったため、比較的早いタイミングで仲良くなれたと思っていた。

 しかし、締切間近になった時は人が変わったかのように、周囲の人間に罵声を浴びせていた。

 自分よりほんの少し早くアシスタントとして参加していた沖野さんという女性は宮園の豹変による罵詈雑言に耐えかねて、パニック障害を引き起こし、ほぼ入れ替わりのタイミングで辞めてしまった。

 正直モラハラ、セクハラ発言で訴えられてもおかしくないほど下劣な言葉を口にしていたようだが、彼は今波乗っている駆け出しの漫画家でもある。

 出版社としてはこんな不祥事を世間に露呈する気はさらさらないのだろう。

 その後沖野さんがどうなったのかは見当がつかないが、何か自分達の知らない大きな力が働いているんじゃないかと想像している。


 正直最初はおかしいと思った。

 あの今話題沸騰中の漫画「リバティワールド」の作者、枝野先生(宮園)の元で、若輩者の自分がお手伝い出来るなんてとは。

 今思えばあの性格から何人もアシスタントがリタイアしているのが容易に想像できるし、その度に俺のような少し知識を齧った替え玉が投入されているのだろう。

 だが俺は宮園に関してはまだ我慢ができた。

 当然品性の欠けらも無い痛罵には耳を塞ぎたくもなったが、こちとらそんな甘い気持ちでこの世界に足を踏み込んだつもりは無い。

 寧ろ青二才の自分が経験を積む場所としてはベストプレイスであったし、これはこれで漫画家を歩む上での試練だと思うことで耐えてることも出来た。

 尚且つ宮園は口が悪いだけで、直接的な暴力といった実害はなかったのだ。

 これだけならまだマシだった。

 そう()()()と違って。


 宮園の右後ろで作業を行っていた男で、同じアシスタントだった近藤という男が難敵だった。

 彼は7年ほど宮園の元でアシスタントをしており、主に背景の作成を任されていた。

 彼もプロを目指していて、その技量は俺と比べるには烏滸がましい程であり、悔しいが今の自分でも到底真似することが出来ない技術があった。

 そんな彼は突拍子もなく現れ、宮園に急に気に入られた俺が面白くなかったのか、それとも長年やっているアシスタントから何時まで経ってもプロへと転向出来ないことへの憂さ晴らしのつもりなのか知れないが、俺に対して執拗に嫌がらせを行っていた。

 何より狡猾なのが宮園が不在の時に限って嫌がらせを行うのだ。


「なぁ山田、腹減ったからパン買ってきてー」


「え、なんで俺が……」


「あ? なんでお前が俺に口答えしてんだ?」


「いや、あの、なんでもないです……」


 数分後……


「……戻りました」


「遅せぇよ! こういう時はダッシュが定石じゃねぇのかよ


「すみません…… 次からは気をつけます……」


「チッ……なんで焼きそばパン買ってきてんだよ! 俺は甘党なんだからここはメロンパンだろうが! おめぇはどの漫画のいじめられっ子だよ! しかも飲み物もねぇしよ! 気が利かねぇな!」


「す、すみません……」


 こんな会話が毎日のように続いた。

 俺は流石に神経が消耗していることを感じ、宮園と編集者の佐々木さんへこの件を相談した。

 宮園は忙しくない時、つまり比較的温厚な時を狙って相談したが、まともに取り合ってもらえなかった。

 いくら俺と話が合うと言っても長年の付き合いには勝てない。

 噂で近藤がアシスタントに嫌がらせを行っているというのは宮園も薄々気がついていたようで、同じ作業場でいればどんな人間でさえ気づくようであった。

 しかし彼は俺を擁護するつもりはなく、それを乗り越えることも立派な漫画家になる上で大切だと労基も唖然とするような屁理屈を吐いていた。

 この頃から枝野先生に対して心の中で敬称を外して宮園と呼び捨てにしていた気がする。


 佐々木さんに至っては作業場に関することは管轄外だから自分達で対処してくれと無責任なことを言い放ち、あくまでも我関せずを貫いていた。

 あの時の佐々木さんの目はとても人に向けるものではなく、とても血の通った生物とはとても思えなかった。

 きっと沖野さんも辞める直前はこんな感情を一人抱いていたんだろうと今更ながらに思っていた。


 そんな何かに縋るような日々が続き、最終的に色々と心が参ってしまい、ズルズルと辞めてしまったという訳だ。

 正直辞めるまでのことは詳しく覚えていない。

 精神科には行かなかったが軽い鬱症状だったんだと思っている。


 その後、今までの経緯を地元の友人に話したのだが、面白い話を聞いた。

 なんでも鬱病患者は思考力や集中力が常人よりも散漫になるらしい。

 その時何も覚えていないことや暫く机に向かってペンが持てなかったことなどが当てはまり、当時の自分に合点がいった。

 今では現場から離れたおかげかだいぶ楽になってはいるが、これからアシスタントとして戻りたいかと言うとそうでも無い。

 勿論技術を得られるのは百も承知だが、あそこまで精神を削るアシスタント業務よりもフリーターになって空いた時間、自分のペースで漫画を描くことが自分の性に合っていることに気がついたからだ。


 今は週5の6時間コンビニのアルバイトで生計を立てていて、それ以外の空いた時間はほとんど漫画を描いている。

 一応アシスタントの時に最低限収入があったことや、住み込みだったためある程度貯金が可能だったこともあり、生活費や諸々の出費に関しては両親からの援助を受けてはいない。

 しかし、親からすれば定職に就いて安定した生活を送って欲しい。

 あわよくばいいお相手と結婚して孫の顔でも見せて欲しいとでも思っているのだろう。

 そのため月に何度かこうやって連絡が来るという訳だ。


「あんたもうすぐで30でしょ? 幼馴染みのなみちゃんなんてもうすぐで二人目産むんだよ! それでいてあんたはその日暮らし……。 はぁ情けない……」


「他人は関係ないだろ!」


 自分の世話くらいは自分で面倒見れているつもりだ。

 誰にも迷惑かけていない。

 それに俺には俺の人生がある。

 父さん母さんには悪いがこればかりは譲れない。


「他人って……。 なんでこんな子に育ったのかねぇ。 とりあえず、30超えてもまだ漫画家になれてないならこっち帰っておじさんの仕事手伝ってもらうからね!」


「ちょッ!? 勝手に決めんなよ!」


 おじさん、恐らく工藤おじさんのことを言っているのだろう。

 工藤おじさんは地元で米農家をやっている。

 もともと俺はA県の僻地から上京しているので、地元が人手不足であることは重々承知していた。

 工藤おじさんは俺が帰郷する度に新米の美味さについて聞かされたり、余っている土地で好きな野菜を育てられるとかどうでもいいメリットを辟易するほど聞かされてきた。

 十中八九、俺を米農家の跡継ぎとして働かせたいのだろう。

 だが俺は漫画家になりたいため、工藤おじさんの勧誘をあの手この手で避けてきたのだった。


「じゃ、そういうことだから頑張ってねー」


「ちょッ! 待てよ!」


「……」


「チッ!」


 なんて一方通行な会話、実に業腹だ。

 俺はスマホを感情的に机へ置き、ゲーミングチェアの背もたれを目一杯倒して横になる。

 ……はぁこの先どうしようか。

 30までに漫画家にならないと田舎に戻って田植えをしなければならない。

 そんなのは嫌だ。

 別に結婚願望や高所得などに興味はないが、一度きりの人生、どうせなら好きなことで食っていきたい。

 俺は漫画を書くのも読むのも好きなんだ。


 あれは小学校3年生の時、貯めていたなけなしの金で初めて買った週刊誌を読んで衝撃を受けた。

 こんなに面白いものが世の中にあるのかと。

 特にお気に入りだったのは「努力の(ツルギ)」というバトル漫画だ。

 友情・努力・勝利のお約束に加え、伏線回収も実に見事なものであった。

 既に連載は終了していたが単行本は実家とアパートの両方に備えてある。

 それくらい大好きで初めて買った週刊誌は当時何度読み返したか分からないくらいの程だった。

 俺もこんな漫画が描いてみたい。

 そう思ったのが漫画家を目指すきっかけだった……はず……

 ……あれ?

 本当にこれがきっかけだったか?

 …………違う。

 確か最初は趣味の範囲でノートにオリキャラを描くくらいだったはずだ。

 本気で漫画家を目指したのは確か()()()の一言で.....


 思案に耽っていたその時、机に置いてあったスマホからバイブ音がなる。


「なんだ? また母さんか?」


 俺は仏頂面のままスマホの画面を見て硬直した。

 そこにはまさに今考えていた人物から送られてきたメッセージが表示されていた。

 その内容は……


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