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幕間 闇美食の町7

今回でこの章は終了。ちょと長めです。


次から本編に戻ります(´・ω・`)


 ……夜が明けた。


「……」

「……」

「……」


「「「なんで来ないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 ……空腹と衝動に耐えながら、いつゾンビが来ても万全に対処できる体制で、夜を明かしたわけだが。


 ……冷静に考えれば、来るわけがないのだ。

 あのゾンビは、住人に全て食われてしまったから。

 わざわざ家に乗り込んで来るような奴は、住人によって瞬時に料理され、速やかに彼らの胃袋に収まった。

 それでなくても、目の前の道端で、ゾンビの解体&料理ショーが繰り広げられていたのである。

 積極的に攻めに行かなければ、こっちに回ってくるわけがないのだ。


 俺たちは、芳香ゾンビ待ちに耐えかね、夜明けと同時に討って出た。


 ……大惨事であった。


 骨だけになったゾンビを、「ここから究極のダシが取れるはず! 寄越せ!」と、住人等が奪い合いをしているのだ。

 それだけならまだしも、骨についている肉片をこそげ取って貪り食う者、骨の欠片、肉の欠片すらも残さず拾い集めようとする者、ゾンビ肉を煮た鍋に手を突っ込んで残った汁の一滴すらも舐め尽くそうとしている者――


「……地獄や……ほんまもんの地獄は、ここにあったんや……」


 色々な意味での地獄を目の前に、ナオが崩れ落ちた。


 ……俺も、ビュスナも――これ以上の喪失感、そして後悔は、後の人生でも匹敵するものはなかった、と思い返したほどであった。


 ただ、ゾンビの着ていたであろうボロ服だけが、吹き抜けた風に少し舞い、飛んでいった。


 ……チクショー! なんて日だ!!




 その昼頃。

 「燃え尽きた失意体前屈」が自然体になっていた俺たちの元へ、偵察に行っていたシェラが戻ってきた。


「ただいまー……どうしたのさ」

「……聞かないでくれ……」

「……一生に一度の……機会を逃したんや……」

「……違うわよ……一生に一度の、最悪の試練だったのよ……」

「……ああ、食べなかったんだ、あれ」


 シェラも俺たちの態度で理解したようだ。


「まあまあ、食べなかった方がよかったかもよ? あれ見てみなよ」


 シェラが指さす、窓の外には。


「ゾンビ……ゾンビはどこだ!」

「もうあのゾンビはいないのか……ゾンビ肉をくれえ!」

「骨! 骨でもいいから!」

「ゾンビー!」


 ……正気を失い、ゾンビのごとく町中を徘徊する住人たち。

 ゾンビになるようなことはなかったらしいが、正気を失わせるほどに「旨かった」ことだけは確実なようだ。

 ……いや、あれもある意味、「精神的ゾンビ」だと言ってもいいのだろう。


「…………」

「あれ食べたせいで、もう他のモノが食べられなくなったらしいよ。食べなくて正解だと思うよ。しかしよく我慢したよね。ボクも我慢するのすごく辛かったからさー」

「……我慢したってのは違う。こっちに回って来なかったんだ」

「回ってこなかった?」

「……結果としてそうなっただけよ」

「……ここまで上がって来てたら、うちらも齧っとってん……」

「……ああ、そういうこと」


 シェラも俺たちの葛藤は理解したらしい。


「結果としてはそれで良かったんじゃない? ああなりたいなら別だけど。

 それはそれとしてさ、ここまで事態が拡散しちゃったら、収拾はボクらもどうしようもないから。

 とりあえず、闇美食倶楽部、今なら捜索できるよ」


 シェラの言葉に従って、俺たちものろのろとだが立ち上がり、闇美食倶楽部へとやってくる。


 ……こっちもかなりの惨事であった。

 ゾンビと戦ったであろう痕跡、道端で料理した跡、そして打ち壊された闇美食倶楽部の門。

 ……多分、ここから芳香ゾンビが出てきたので、一気に住民が押し寄せたのだろう。

 中を覗いてみると、表とさほど変わらぬ惨状が見てとれた。

 ……もしかして、とは思ったが、食えるものなど何一つ残ってはいなかった。料理人も、その他スタッフも、誰もいなかった。ほんのりゾンビの匂いだけが残っているのが、地味につらい。

 もしかしたら、全員「食えるゾンビ」になってしまったのだろうか。でなければ、ゾンビがあんな風に町中に溢れ出てくるようなこともなかったはず。

 ……何らかの事故があって、闇美食倶楽部の全員がゾンビ化、全部出てきてしまった。そんなところだろう。ゾンビ映画でもよくあるイントロだ……もっとも、ここではイントロでエンディングだが。これ以上の惨事は俺としても望むところじゃない。

 だが……期待はしてなかったが、こうも何もないと……失意体前屈で這い進むのが正しい姿かもしれんな……。


「こっち」


 シェラは堂々と入っていく。昨晩のうちに当たりをつけておいたらしい。

 開け放たれた裏口から伺っても、中にはすでに人の気配はない。ゾンビの気配もない。

 いたら一齧りしてやろうと思ったのに……と思ったのは俺だけではなかろう。

 シェラの案内で、地下へと潜っていく。

 地下には食材倉庫があるが、その一つが開け放たれたままになっていて――


「……ゾンビの匂いが残ってる」


 と、ビュスナがぐぐぅーと腹を鳴らした。

 釣られて、俺らの腹も鳴る。

 しかしゾンビの匂いで腹鳴らすのってどうなんだ……人としてなんかダメだ。

 だからといって勝手に鳴るもんをどうにかできるわけでなし、腹を鳴らしながら奥へ奥へと進むしかない。


「そういや昨日から何も食ってねえ……」

「……そういやそうやん。あまりに事件が衝撃的すぎて忘れとったわ」

「……こんな状態も忘れるなんて……」

「……ちょっといろいろ非常識が過ぎる」


 ゾンビの匂いを辿っていくまでもなく、地下倉庫の一室から、さらに地下への隠し通路が開放されている。


「こっから出てきたんやな」

「匂いで解るし」

「降りるよ」


 シェラの先導で、俺らも地下へと足を踏み入れる――相変わらず腹を鳴らしながら。


「……まだゾンビおらへんやろな」

「さあ。でも全部出たんじゃない? あいつらだって、性質としてはゾンビなんだし。生きてる人間の方へ行くから。それに全部食われたと思うよ? あの状況じゃ」

「……せやな……」


 ナオの淡い期待も虚しく、ゾンビはその下の「地下研究所」にはすでにいなかった。生きている研究所員もいなかった。全員ゾンビになったか――でなけりゃ逃げただろう。


 闇美食倶楽部・地下研究所――そこはまさに、禁断の美食研究所であった。

 壁に並ぶ、「未知の食材」の数々。「え、これ食うの?」と思うようなモノがビンに詰められ、ラベリングされて壁の棚にずらり並んでいる。食材かどうかすらも怪しいが、ここに食材候補以外のモノがあるとも思えない。たとえそれがどんなにグロくて素っ頓狂なモノであってもだ。


「……ドラゴンの……糞?」

「こっちはオーガの毛、と爪……の垢、やて……?」

「ブラッドマンモスの鼻クソもあるよ」

「……ゴブリンの肝の漬け物なんて、誰が食べンのよ……」

「……獣人の耳の軟骨コレクションか……エルフの耳もあるけど」

「噛み心地だけはちょっと味わってみたいな」

「……うわっ、こっちは寄生虫シリーズだ。各種内臓と一緒に……」

「こっちは虫だね。幼虫成虫取り揃えてるねー。毒虫多いねー。あ、エルフの美味虫がある」

「え、どれ――うっわ、グロっ! そりゃあこれ旨そうに食ってたら、リリエラさんも引くわな……」

「……こっちは毒魚の肝……ヒレや皮もあるか」

「あ、ゾンビの皮膚サンプル。匂いは……うん、普通のゾンビだね。失敗したやつだろうね」

「……やっぱりそういうのあるか……」

「……とりあえず証拠として持っていくか」

「せやな……」


 俺らは、証拠品になりそうな怪しいモノをいくつか、現場にあった輸送鞄に詰めて持ち出すことに成功。

 ……これだけあれば、当初の目的は達成した――と言っていいだろう。関係者どころか、総本山に踏み込んで証拠品を押収したのだから。

 ゾンビ騒ぎは俺たちには関係ないし。

 そう、関係ないったらないのだ。

 ないことにしとかないと、食っただの食われただの、俺らまでゾンビ扱いされかねん。

 どうせ全部町の連中に食われたんだから、証拠なんか残っちゃいねーだろーけど。


 ……その足で、俺らは早々に町を出た。門番もゾンビ探しに出ているのか、いなかった。許可証だけ返しておいた。ついでに残ったグリネルを、金庫にあったゴネルに勝手に交換していく。まだ三十万ぐらい残ってるからな。手数料は引いておくから。つーか金庫放置していくなよ……ってそれどころじゃないか。

 荷物が重いが、証拠品だ。捨てていくわけにもいかない。しょうがないので門の荷車を一つパクった。誰もそんなもの気にしていない。そんなことよりゾンビだ!って状態だ。

 こういうとき、マジックバッグみたいに内容量を拡張して入れられるバッグがあればいいんだが……そういうものはこの世界にはないらしい。あるのかもしれんが、俺らの手元にはない。

 ま、どうせ誰も見てないし、このままバックレるぞ。


 改めて考えると……「発酵ゾンビ」を作るのは難しくはないのかもしれない。

 要は「くさや」とか、ああいうのと同じだ。魚じゃなくて、人間をそういう食材として発酵させたってだけのモノだ。そしてあの「強烈な匂い」は、アンデッドとして人間を引き寄せる性質もあるのかもしれない。

 人間をそういう食材として扱う、っていう倫理観から大きく外れている「外道料理」ではあるが……ここならそういうのも十分ありうる。実際あった。

 そういう処理を施したうえでゾンビにすれば、十分完成させられる。

 あとはやるか、やらないかってだけだ。

 むしろ人間を引き寄せるゾンビとしては、十分あり得た存在だろう。

 ……多分、今まで知られていなかったのは、人間以前に他の野良怪物に食われていたからじゃなかろうか。旨いのは早々に食われて、残った食えない臭いのだけが見つかる……あくまで「自然に芳香ゾンビが存在したら」という、可能性の話だが。


 推測にすぎないが――ゾンビにああいう芳香を放つ種類がいることを、食い尽くされる前にネクロマンサーの奴が偶然発見したのだろう。

 で、地球からの知識と照らし合わせ、「もしかしたら食えるんじゃないか」って思い至った。

 地球にある「モノスゴイ臭い食べ物」ですら、人間は食うのだ。「アタシを食・べ・て♪」みたいな強烈な芳香を放つゾンビと、シュールストレミングを並べて出されて「どっち食う?」って言われたら、俺なら迷わずゾンビ食う。わざわざ便所で腐らせたような強烈な腐臭を放つ、危険物扱いの魚を、「食えるから」って言われても選んで食うわけがない。

 野生の獣や怪物だってそうする。俺だってそーする。


 あの芳香ゾンビを造る技術は危険だ。

 人間だけならまだしも、きっと将来、ここの美食屋どもは他の生物、怪物やら魔獣やらでも試そうとする――いや、すでに「動物実験」が成功したから、人間でも試したのだろう。

 すると次の段階は、「怪物のゾンビ化」だ。

 「もし、これでドラゴンをゾンビ化したら、どれほどの美食が完成するのか……!」とかな。

 それでもし、「芳香ドラゴンゾンビ」が完成したら……想像するだに恐ろしい状況が発生するのは確定だ。

 想像の埒外の大惨事が起こることは確定。

 魔導士ギルドにでも管理させて、「禁術」にした方がいい。

 ……魔導士ギルドで試したりしないよな? 十分に言い含めておこう。


 ……だけど、それ誰が報告するんだ? 俺はイヤだぞ。また審問会とかオ・コ・ト・ワ・リ♪

 まあいい、誰かにやらせよう。今度はビュスナだな。あいつ魔導士だし。

 ああ、シェラが何か受けたんだから、シェラにやらせりゃいいか。


「……ところで、シェラのそれ何やのん」


 ナオが指摘したのは、シェラが肩に斜めにかけている、三つの皮袋が連なった、団子のような荷物。

 確か、なんかこれに重要なモノを見つけたら入れて持ち帰れって言われてたけど……シェラが対応してたから、専用のお持ち帰り袋(ドギーバッグ)だとしか聞いてない。

 俺らが持ち出したのは、ほぼビン入りの謎食材と失敗ゾンビ食材のはずだが……他に何か持ち出したな。


「ああこれね、提出用のサンプル。魔導士ギルドと、冒険者ギルドと、あと依頼者」

「……何を……って食材だろうけどな」

「そゆこと。あれを分析して再現したら、道楽侯も失神か、もしかしたら旨さで昇天するかもね」


 ……失神? 昇天?


「……おまえ、まさか……」


 シェラは団子をぽんぽんと叩き。


「これ、道楽侯からの借り物なんだよ。状態を維持するマジックアイテム。保存用のね。前にも借りたんだ」


 ……状態維持のマジックアイテム? だと?


「本当は中身、これじゃなかったんだけどねー。予想外だったから切り替えた。いやー食べずに集めるの、大変だったよ。謝礼はすごいことになりそうだね」


 ……てことは、その中身……!


「ダメだよ。見た目は人間、頭の中身はゾンビになりたいわけ?」

「……いや、そう言われると……せめて匂いだけでも」

「齧らへん、齧らへんから、せめて一舐め――」

「一かけらでいいから! 指先ぐらいの!」

「ダメ! ダメだってば! ボクだって我慢したんだから!」


 逃げるシェラ、追いかけるナオとビュスナ。


 それを見て、俺はある〆の台詞を、思わず呟いた。


「……あー、ゾンビはもうこりごりだ」


 逃げて跳んだシェラが、止まって見えた。




 このあと、舌を元のレベルに戻すのに、一か月ぐらいかかった。

 せめて表通りの店なら……と再び町を訪れようとしたが、町が封鎖されて、誰も出入りすることが出来なくなっていた。門の前には、俺たちと同じような連中が多数押しかけていた。

 噂では領主グリドが失脚し、「闇美食倶楽部」も消滅した、らしい。


 ――しばらくして、この町は名前を変えて、再び「欲望と快楽の町」としてリスタートした。ここの税収は相当な額なので、潰すには惜しいそうだ。

 だが、町からは「闇美食」の姿は完全に消えていた。当然のように、一本裏通りの元祖・闇美食の店も畳まれていたそうだ。

 この町で、二度と闇美食が復活することはないだろう。


 だが――ここの闇美食倶楽部が、最後の拠点とは思えない。

 人類が美食を追い求める限り、きっと第二・第三の闇美食倶楽部が生まれるだろう。


 だが、あのゾンビ料理は……多分、二度と出会うこともないだろうが――次、目の前に出されたら……いや、よそう。

 あれは二度と遭遇することもない、事故だったんだ。




 ちなみに元祖・闇美食の店は、「ザ・黒シェフ」という名前で、少し離れた街道沿いの町で再開。

 調達できる材料が少々限られるようにはなったが、その腕はやはり「元祖・闇美食」を名乗るだけあって、相変わらず熱狂的ファンを獲得しているらしい。

 いつか行ってみよう、と四人で話している。

 ただ、またしばらく普通の食事に絶望する日々に突入するかと思うと、二の足を踏むのだが……。


 うん、マシュさんかラスさんにも教えて「絶望」を味わわせよう。

 あの店に行った後の空虚な食事もついでに味わうがいい。


「八つ当たりはやめようよ。恨まれるよ」


 ……シェラの言う通りである。

 あの二人に恨まれると色々厄介そうだ。

 教えるのはサガにしとくわ。


てれれれってってってー♪


『スキル:料理→レベル4に上がった!』


ケン「なんでやねん!」

シェラ「上の味を食べたからじゃない?」

ケン「……いや、闇美食のあれは並みの料理人じゃ再現出来んだろうよ、常識的に考えて……」

シェラ「それ目指してがんばれー♪っていう神様の、応援の意思?」

ケン「だから俺は料理人じゃねーっつーの! 異世界のんびり料理道じゃねーっつーの!」



次章は22日(土)から開始です。

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