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幕間 闇美食の町6


「うっわ、なんやこれ……しかしえっらい腹減る匂いやな……」

「くっ、戦い辛い……」

「マジで普通の食い物だったら即食ってるのに……よりによってゾンビの匂いかよ」


 ここまでくれば、さすがに俺たちにも状況が解る。

 あの匂いは、このゾンビの群れの匂いなのだ。

 仮に「芳香ゾンビ」と名付けるが、見た目は普通のゾンビそのものだ。

 茶色というか、水分が抜けて浅黒くなりかけた人間の干物――そこまではゾンビらしいのだが……。


「アカン! 腹減ってかなわん!」

「うう、もの凄い食べたいんだけど、ゾンビだし……!」

「くっそ、なんだこの腹ぺこになるゾンビは! 誰がこんなもん作った!」


 じゃねえ!


「……おい、これ、もしかして……闇美食倶楽部の……料理じゃないのか」


 ビュスナとナオが、鼻と口を押さえて顔をひきつらせた。


 ……最悪の連中だ。

 闇美食倶楽部の連中、とうとう「食える(かもしれない)ゾンビ」を創り上げたらしい。それも人間で。

 しかも、何の執念でそこまでやったのか、匂いだけは最高のゾンビが出来上がっているのが余計に酷い。


 ……なんとなーく、だが、繋がったのは――「腐ったゾンビって食えるようにならないなかー」とか、考えた奴がいたんだろう。なんでそう思ったかは考えたくないが。

 「もしゾンビが食えるようになったらスゴくね?」って発想だったんだろうが……そこで、どこからか「腐敗」とは「発酵」と同じ現象だから、という知識を仕入れ、「腐敗した死体」を「発酵した死体」にすれば、ゾンビも食えるようになる!――とか考えたんじゃなかろうか。

 確かに、魚とか発酵させた食い物はある。あの「飛行機持ち込み禁止」の劇物扱いの臭い食い物・シュールストレミングもその一つだ。

 だったら、ゾンビも発酵させることは可能、ではある、が――なんでゾンビにした! っていうのが、常識を持ち合わせる人間の疑問だろう。


 なお悪いのは、「いい匂いさせてる」ことだ。

 これが従来通り臭ければ、例え食えると解っていても近づきたくない。俺らが遭遇しても、ずんばらりんとぶった斬って放置だ。シュールストレミング風ゾンビなら、迷うことなく斬り捨てる。いや多分、臭いから近づかずにバキューンするか、魔法で燃やす。


 だがもし、こいつらがダンジョンで目の前にいきなり現れたら、しかも腹減って食い物もなかったら、俺だって齧りつかないとは言い切れない――人間がゾンビに齧りつくとか、どんな絵面だ。

 しかも向こうも、いい匂いさせているとはいえゾンビ。きっと齧ってくる。品種改良で「齧ってこないゾンビ」にしました! とかいうほど気が利いているとも思えない。

 人間とゾンビの齧り合いとか、悪夢としか思えない修羅場である。

 さすがにそんな修羅場は見たくない――と思っていたその目の前で、惨劇は起きた。


「くそう、俺はもう我慢できねえ!」


 なんということでしょう――我慢できなくなった住人が、ついにゾンビを齧りに行ったではないか。


 アホかあいつ。いや、世界でもっとも勇気ある奴なのかもしれんが――いや、「食えるゾンビ」になってるなら、食えないわけがない、はずだ。


「あ、おいやめ――」


 ……そこからは、二度と見たくない地獄絵図であった。

 一人が先陣を切ったことで、それに続く住人が次々と、ゾンビに襲いかかった。


 ……ゾンビもまさか、人間に齧りつかれる日がくるとは思っていなかっただろう。

 だが敵も腐ってもゾンビ、いや発酵してもゾンビ、負けじと人間に齧り返すのだが――


「うンめえぇぇぇぇぇぇ!!」


 ……は?


「す、すげええええ! ゾンビが、ゾンビが、こんなにも旨い食い物だったなんてぇぇぇぇぇ!」

「うーまーいーぞーぉ――――!!!!」

「もっとだ! もっと食わせろぉ!!」


 ……もう、どっちがゾンビだか解らなくなってきた。いや、屍食鬼(グール)か?

 住人は我先にゾンビに齧りつき、ゾンビも負けじと住人を齧る。

 だが、さすが闇美食の町の住人。ゾンビが旨いと知ると、それが「人間の成れの果て」であろうとかまわず、その場で齧り、切り取っては七輪みたいなので炙って食らい、鍋を持ち出して、路端で煮込み始める奴まで出てきた。中には自家製の秘伝のソースを持ち出して、塗って食っている奴もいる。

 マグロ包丁のような巨大な包丁でゾンビをい一閃、瞬時に解体して「食材」のようにバラしてしまうところは、さすがに美食の町の住人だ、と感心するやらあきれるやら。

 ……ってかおまえら、なんでそんなに人間の解体に詳しいんだと。


 ……三階で様子を伺っていた俺たちの元にも、抗い難い各種手を加えた芳香が漂ってきて、腹は鳴るわ涎はあふれ出てくるわで、目の前の悪夢と強烈な食への誘惑のせめぎ合いが俺たちの中で大戦争を開始している。


『一生に一度食えるかどうかも解らん珍味中の珍味、しかも匂いからして美味間違いないぞ! 住人だって旨い!って叫んでただろ! 今食わないでいつ食うというんだ! 今でしょ!』

『バカ言ってんじゃねー! 相手はゾンビだぞ! 食ったらアンデッドになるかもしれねーだろが!

 そもそもあんな危険物が食い物と言えるか! 史上最高の美味でも、食ったらアンデッドになるとか最悪だわ!』


 ……まさに、「地上の地獄」である。昼間の「美食の楽園」との格差が激しすぎる。

 「忍耐」――目の前に餌を置かれて、主に「待て」と言われてそのまま放置された犬の気分が良く解る。

 さらに現状、自分自身の中でも「行け、そして食え」「だめだ、あれはゾンビだ」の欲と理性の最終戦争みたいな状況。


 そうこうしているうちに、ゾンビがどんどんと倒され、その数を減じていく。


「あ、あああ、なくなってまう……」

「バカ、見るな!」


 俺は理性を振り絞り、強制的に窓を閉める。


「ちょ、なんで閉じるのよ!」


 ビュスナまでが抗議してくる――その頭をパーンとひっぱたき。


「ゾンビだ! あれはゾ・ン・ビ・だ! アンデッドだ! か・い・ぶ・つ! バ・ケ・モ・ノ! 食ーえーなーいーのー!」

「…………!」


 ……俺はかつて、ビュスナのこれほどまでに悲しげな表情をみたことがない。

 涎塗れだけど。


 ……お前な……ゾンビが食えないのがそんなに悲しいのかよ!

 ナオに至っては、「うぁー、あー!」とかベッドの上でゴロゴロと悶え苦しんでいる。

 俺だってそうしたいわい!


 ……よし、じゃあこうしよう。


「……今ここで、あいつらがここに上がってきたら……」

「きたら……?」

「……そのときは……齧って反撃だ!」


 ビュスナとナオの顔ががばっと上げられ――双眸がギラリと光った。


「そう、俺たちから積極的に行くのはダメだ! だが、奴らがここまで来たら――そのときはしょうがない、反撃せざるをえない!

 だから! だから奴らがここまできたら――そのときは、全員で反撃するぞ!」

「「おう!」」


 ――俺たちの心がこれほど合致した瞬間は、後にも先にもないと思われた。

 「涎塗れの協定」――そう名付けたかったが、皆記憶から消したかったので、その名称は遺されることはなかった。



美食とは('A`)

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