マシナの町 その2
――その日はそれくらいで、町へ戻る。
相変わらず森は静かで、それでいて不穏な空気を漂わせている。
それでもオーガには遭遇することなく、俺達は町へ戻った。
少し薄暗くなり始めた頃、俺達はビュスナが待っているはずの酒場へ。
――ビュスナの姿はなく、ジェシカさんだけが酔客の相手をしていた。
ジェシカさんは俺達の姿を見ると、隣の住居兼治療院の方を指差したので、そちらに行ってみる。
「おお、来たか」
ヴァロースさんが治療院で一人待っていた。
ビュスナは部屋にいるというので、家に上がらせてもらう。
……昔は、時々ビュスナに引っ張られて、ここに来たことがあったが、俺たちが成長したせいか、記憶にある風景より少し小さく感じる。
二階にあるビュスナの部屋のドアをノックすると。
「開いてる」
と答えがあったため、恐る恐る開けてみる。
……ベッドに半分転がったまま、ビュスナは天井を見上げていた。
女の部屋だというのに、殺風景というか、無骨というか。本棚と机はあるが、棚には魔法参考書ばっか並んでるし、机の上にも魔法関係の勉強道具ばっかりで……装飾というか、女ッ気が全くない。魔導研究室にでも来た気分だ。
「話はしたのか」
一応訊いてみる。
返事はない……が、その様子では、事情は全部聞いたのだろう。
「……お前ン家の事情だからな、正直俺らにはどうにもできんが――」
「例の村訪ねて西行くんやったら、付き合うたるで。ついでにうちの実家も寄るっちゅー条件付やけどな」
とナオが俺の台詞に付け加える。
「今日のところはちっと考えろ。俺らも本格的な行動は明日からにするから」
それだけ言って、俺らはビュスナの部屋を後にする。
今日は何を言っても頭に入らないだろうし。
その夜。
俺ら三人は、自発的に夜の見回りを買って出た。
さすがに森には入らないが、町の周囲を見回るだけならよかろうと、ヴァロースさんが町の治安部に口利きしてくれたのだ。
町にいる冒険者たちも、基本夜行性のオーガに対応して、朝になったら寝て、夕方ごろ起き出して夜に活動するのが多いので、治安部と連携しながら町の周囲を警戒しているという。
「……気配、あるか?」
ナオが訊いてくるが、俺は首を振るだけ。
森の近い北側の柵の外を見回って、襲撃に備えるのが俺らの役目だが、町の周辺では森の中の気配までは読み辛い。
「ちょっと森の近くまで足伸ばしてみぃひんか」
ナオが森を指差すが。
……森までは目測で一キロもないが、月明かり・星明りという言葉すらないこの世界、夜で町や村の明かりから離れた場所は、完全な闇だ。今ここ、柵から百メートルぐらいなら町の明かり(篝火を焚いている)もあるので、辛うじて互いの姿も足元も視認できるが、これ以上離れるとちょっと厳しい。
そんな中、明かりを持って奴らのテリトリーをうろつくのは、はっきりいってリスクでしかない。
「気配ならここででも感知できる。こんな闇の中、わざわざ奴らの有利なフィールドへ近づくなんぞ、死にに行くのと同じだぞ」
「そーゆーこった、お嬢ちゃん」
――突然割り込んできた声に、俺らは振り返る。
そこには、一人のスカウト(もしくは盗賊)らしき人物がいた――俺が気配を感じ取れなかった?
「らしき」というのは、軽装であること、そしてこの気配の消し方から、であるが。
これで「本業は魔導士」とか言われたらどうしようかと。
――ナオとシェラが、その人物に対して構えて警戒するが。
「おいおい、俺は味方だぜ? 拳向けるならオーガにしなよ」
と、片手を上げる。顔は暗くてよく判らないが、声からしていい年をしたおっさん冒険者だろうか。
「ところで今お前さんら、俺の気配が判ったかい?
判らなかったんなら、オーガの相手なんざ無理だぜ。奴らはこれくらい、気配を消して近寄る。
そして、いきなり横を無防備に歩いている獣や人間を不意に捕まえて――」
横向きのシルエットが、手を口元へ持って行き、何かを齧るような動きを見せる。
「昼間でも、森の中ならそういうリスクがある。
お前さんら、昼間森の駐留所へ来ただろ? 昼間でも不用意に森に入るのはよすんだな。
森の入り口付近ならともかく、途中の道でいきなり脇から手が出てきて、握り潰されねえとも限らんからな」
……どうやら、あの昼間の駐留所にいた冒険者の一人らしい。記憶にはないが、あのときも気配を抑えていたのだろう。
「俺らの仕事は、お前らみたいな自信過剰なガキをオーガのエサにしないことも含まれてンだよ。
実力の程が解ったら、おとなしく帰って寝てな。さすがに大鬼だって、単独でこの規模の街中までは入っちゃあ来ねえからな」
言うと共に、その姿と気配が薄くなって消えた――これは……幻覚系の魔法も使っていたのか?
「……なンだよ、あいつ……」
こんなところに、あんな化物みたいな奴がいる?
それとも、一人前の冒険者というのは、ああいうレベルの人間がゴロゴロいるのか?
「……ちょっとこれはマズかったかな――ボクら、本物をナメすぎてたのかもしれないね」
シェラが、腰のショートソードから手を離して呟く。
「オーガがさっきのあれ以上に気配消せたら、ボクらじゃ正直、手に負えない」
……俺らの中じゃ、一番冷静に戦力分析できるシェラがそこまで言うのだ。
確かに、俺の気功術も、本気で気配消す技術にどこまで対応できるかというと――正直、あそこまで効果がないとは思わなかった。いや、むしろ自分の気配感知に自信を持ちすぎていた、ということになる。
……ていうか、俺の気功術自体も、よく考えてみれば正しく修行したのなんて短い期間でしかない。年単位の修行して、この能力を得ていたらもっと警戒していたか、もしくは感知できたのかもしれないが……現実、あのレベルの冒険者を認識できなかったのだから、何を今更言っても言い訳にもならない。さっきのあのおっさんが敵だったら、俺らはモブのごとく、不意に首が地面に転がる役だったかもしれないのだ。
――ナオだけは、言葉こそ発していなかったが、悔しさも実力さも噛み締めているのは判る。
上には上がいる――それを心底思い知らされた夜だった。




