ウノマシナの森
ウノマシナの森に通じる北側の道は二本。
俺ら一家が使ってる東寄りの道と、今俺たちが立っている、西側の道。こっちが軍の仮駐留所に至る経路だ。東側からは森の中をぐるりと回って軍の駐留所に至るが、遠いので滅多にそこを通ることはない。狩りの際は、その道のいくつかのポイントから、脇に獣道を通って森の中へ入っていくが、西側のルートまでは行かない。
町の中心から近いこともあって、冒険者らは西の道を使い、軍の駐留所に泊まりで滞在している。二・三日ごとに宿に戻ってくるぐらいだ。町の依頼で来ている連中は森の中メイン、自分から噂を聞いてやってきた連中は町の宿を拠点にして行動しているようだ。
森の中の駐留所は石造りの頑丈な建物で、二十人ぐらいは入って泊まれる大きさがある。軍の巡察も大体それくらいの規模だからだ。練兵場が併設されているので、周囲の見通しもいい。オーガが近くに潜んでいたとしても、昼間から堂々と襲ってくることはないと思われる。
今日もすでに二パーティがそっちに泊まりで行っている。俺も案内がてら、ナオ、シェラとそこへ行ってみることにした。一応地元の人間として、冒険者に多少差し入れをするつもりで、食い物・飲み物をいくらか持ってきた。
森は静かだった――いつもなら聞こえた、鳥たちの鳴き声がほとんどない。
「静かすぎるね」
シェラがぼそっと指摘する。
「いる――よな、これは……」
「動物には解るんやろな」
「……まあ、この周囲にはいなさそうだがな」
一応、俺も全力で周囲の「気」を探ってはいる。さすがに、もしオーガみたいな巨大なのがいれば、一発で解る。気功術の気配感知は、「生命の存在」を感知するものであって、「そこにいる気配」を察知する武術家や暗殺者なんかのそれとは一線を画する。アンデッドであっても「負の気配」でその存在を知ることができる。
なので、俺の感知に引っかからなければ安全ではあるのだが、だとしてもここら一帯の動物が逃げるぐらいの怪物がいる、という事実は変わらない。
そして、万が一「気配を感知されずに近寄る」ような事態にも、一応は備えておかねばなるまい。
こんなところで突然襲われたら最悪だな、と思いつつ、少し登りになった道を進む。
……そのまま十五分も進んだろうか、丘の上の開けた平地に出た。そこに石造りの、一部二階建ての駐留所があった。ここが軍の巡回駐留所だろう。ちょっとした合宿所みたいなものだろうか。そういえばここには来た事がなかったな。
そして、ここには「人の気配」が複数あった。
「――おう、おまえらも鬼退治か?」
入り口前で槍を振るっていた中年冒険者が、俺らを見つけた。
「ええまあ――俺、マシナ出身なんですけど、たまたま戻ったらこの騒ぎなんで」
「そうか、故郷の一大事じゃ黙ってられんわな」
中に何人かいるから、何か情報があったら交換してみるといいと言われ、俺達は駐留所に入る。
――中には八人ほどの冒険者が、武器の手入れをしたり、テーブルで何か話してたりしていた。
「ん?――お前らもオーガ退治か?」
入り口横で「金属剣」を布で拭っていた男が、俺らを見て訊ねてくる。おお、昔は見慣れた素材なのに、今じゃすっげえ珍しくも懐かしい光沢! ちょっと触らせて……ダメですよね。金属って貴重品だし。
「……見たところ、冒険者になりたて、って感じだが、オーガのことは聞いたことないのか?」
「ああいえ、俺ら確かに冒険者の新米ですけど、地元なんで、様子見で」
差し入れを渡し、ちょっと情報交換。
「地元ならここいらの地理は詳しいな」
と、テーブルの拳士らしいゴツい男が、差し入れたパンを一つ早速齧りながら、こっちに顔を向ける。
……俺が記憶を頼りに、テーブルに広げられた地図の上で、狩りに使っていた獣道や、狩猟の際の野営ポイントを指し示していく。狩りのエリアやルートは大体決まっていて、そこを大きく外れることはあまりないが、地形は覚えている。
「目撃されたのはこのあたり、このあたりだ」
拳士のおっちゃんが指し示したのは、一つがうちの狩場に入っていた。親父は多分入らないだろうけど、誰か無理に入って食われんとも限らんしな……まあオーガのいる森に入る馬鹿なんて、外から来た連中だけだ。
「さすがにはぐれオーガが町を襲った、なんて話は聞いたことがない。マシナの規模になれば、オーガもさすがに自分らが近づけない規模だと判るらしい。ましてや単独じゃ、村でも返り討ちに遭う可能性がある。だからこの周辺で、少数でうろついてる奴が一番狙われやすい。特に夜は危険だ」
オーガは夜行性が多い。大型の獲物を狙うのに有利なことと、やはりあの巨体、昼間だと目立つ。
だが昼間でも全く活動しない、というわけではない。
飢えたり、昼間でも簡単に狩りができるような場所であれば、奴らも昼夜関係なく動く。
特にこんな山中の駐留所みたいなところに、人間が少数いれば、オーガには格好の「エサ」と言える。
だから冒険者たちは、あえてここで待機しているわけだ。
……が、今のところ、オーガがここにカチコミかけてきたって話は聞こえてない。
なんだろ、冒険者数人なら殺れるぐらいの化物のくせに、やけに警戒心強いっていうか……野生動物にもこういうのがいる。巣穴を知られないために、地上から木の枝に飛び移って足跡消したり、足跡を途中で消すために、自分の足跡をバックしながら辿って、途中で進路変えたりとか。クマでもそういうことをする。そこそこ知能のある動物だとそういう小細工ができるらしいが、オーガならそれよりは頭はいいだろうから、より手の込んだ潜み方している可能性がある。
あとは、可能性は低いが、この近辺から離れてどこかへ行ったとか……それならそれで構わんのだが、他へ行ったかどうかの確認がこれまた非常に難しい。
ああでも、よくよく考えてみれば、今もここいらうろついてる奴って相当な「年寄り」のはずだから……そりゃあ用心深くもなるな、って話ではある。人鬼大戦の頃みたいに無茶もできなくなってるだろうし。
とはいっても、むしろ出てきて、始末できればその方が早いのだが。
「……俺らからしてみりゃあ、軍が出張ってくる前に出てきて、そんで始末できれば一番いいんだがな」
「オーガと戦ったことは?」
「昔二度ほどな。群れの対応だったんで、レギオン戦になったがな」
この人の最初の対オーガ戦は、冒険者になって三年目のことだったそうだ。味方は総勢二百名近く、オーガは八体の群れ。
結果的に全滅はさせたが、死者二十名以上、負傷者過半数というとんでもない大被害を被った。
二度目は、十三体の大きな群れで、八年ほど前。西方パン・セリンで戦ったという。そのときはオーガにブン殴られて、生死の境を彷徨ったとか。
……それでよくまた戦いに加わろうとか思うよな。メンタル強ぇー。俺なら確実に骨以外も折れるね。
まあそれでも生き残って冒険者やってるんだから、このおっちゃんも頑丈だよな……やっぱり体力かー。
「あれに比べりゃ、一体だけなら五・六人も中堅どころがいれば十分勝てる」
「※ただし経験者に限る」ってやつだけどな。
「戦った感じ、どんな相手です?」
俺が訊ねると、冒険者のおっちゃんは微妙な表情をした。
「正直に言えば、二度と戦いたくはないな。下手に正面から突っ込んでも、あのパワーに蹂躙される。かといって遠距離魔法は効果が薄く、弓を使っても表皮が頑丈すぎてなかなか通らない。
唯一有効だったのが、魔法拳士が近接で魔法を直接ブチ込むって戦法だった。それで膝か足首をブチ砕いて動きを封じて、という戦法をとっていた」
……うわぁ……聞くんじゃなかった。いや、聞いといて良かったというべきか。
親父様の情報と合わせて、より具体的な戦術が想定できるな。
俺の〈絶対領域〉はともかく、ナオの戦法も有効だということ。なら、上手く行けば少しは溜飲を下げることもできようというもの。
戦ってはみました、でも全く通用しません、じゃさすがに可哀相すぎるからな……。
なので、まずは遠距離からビュスナが仕掛けて、俺とナオが前衛、シェラが不意打ち担当。最悪、俺が肘や膝を狙って行動を止めて、止めはナオに刺させる。そんな布陣ならいけそうな気がしないでもない。
もっとも、俺らのパーティだけで遭遇したら、の話だが。ゴブリンキング戦を参考にすれば、有象無象のゴブリンを相手にしないで、全力でゴブキンさんに対峙してたら――もう少し対等に戦えただろうか。それをオーガでやったら、どうなったか?
……うーん、ゴブキンの十倍、とは言わんまでも、五倍ぐらいは強いと想定して……四人なら倒せる、か? いやいや、魔法はともかく、物理攻撃がちょっとパワー不足だ。俺のスクリューバレットを除けば、だが。
多分、今回のなら他の冒険者と共同で対処することになるだろうし、ナオが一発でもいいの命中させて、倒すのに貢献できたらそれでよし、とするのが合格ラインかな。
さすがに止めまで刺せるところまでは保証しかねる。それが目的だったら俺が刺すから。
安全第一でお願いします。
……安全とは。




