マシナの町 その1
ウノマシナの森。
マシナの町の北から北西に広がり、その向こうの山脈まで続く、かなり広大な森である。
マシナから北には、畑や軍の巡回偵察用の拠点があるだけで、人の住む村や町がない。街道も北東から南西方向、そして南に通っているだけ。北側には狩人が使う細い道があるのみで、俺の一家が狩りに行く時にもずっと使っていた。
実際、このウノマシナの森は、軍によってゴブリンのような危険生物がほとんど駆除されて、狩場としては非常に優秀である。
そんな森に、オーガのような一級危険生物が出たこと自体が非常に珍しいのだが――「オーガ狩り」に近隣の冒険者がわらわら集まり、今すでに八パーティ、三十八人がマシナに投宿している。俺らを加えれば四十二人。
これだけが一斉にかかれば、さすがのオーガも倒せる……と思いたいが、集まっている連中がどれくらいのものかが判らんので、何とも言えない。「口だけ番長」揃いだったら、その人数でも全滅……とまではいかないまでも、半分ぐらいは死ぬ可能性がある。
――という情報をくれたのは、他ならぬヴァロースの親父様である。
元冒険者の大先輩として、現役新米の俺たちは、挨拶がてらアドバイスをもらいに行ったところ。
「オーガの強さは反則級だな。
魔導士からすると、生来の魔法に対抗するだけの身体があるから、これほどずるい相手はないな。魔法は通常の半分も効かないと思っていい。《シールド》もなしに威力半減とか、全力でかからないとこちらがやられる。
ジェシカと私も行ければいいのだが、ジェシカは膝を痛めたのが引退の理由だからな……森に入ってオーガを相手にするには少々辛い。私も町の防衛を町長から依頼されているのでな」
現役から離れたとはいえ元は一流冒険者(白金級)、町の保険として頼られているってことか。
そして、オーガ攻略については。
「まず足を止める。これに尽きるな。
オーガは、ゴブリン並の機動力がある。あの巨体でだ。
自分の身長以上のジャンプ力もあるし、足元に冒険者が群がってきたらジャンプして踏み潰す、なんて芸当も普通にやってのける。しかも奴の足の裏は皮が特別分厚く頑丈で、剣や槍を踏んでも簡単には刺さらないほどだ。
だから、まず足を止めること。特に踵、爪先、膝を狙うといい。機動力を封じたら、次は肘か指、もしくは目だ。目を狙う時は魔法が有効だ。《光弾》ならピンポイントでも狙える。そうやって腕、足を潰して、最後に頭をやる。
要は『自分が小人にやられたら攻撃力を削がれてイヤな攻撃』をすることだ。
だが近づきすぎるな。近づけば、腕でちょっと振り払われただけで、人間など簡単に吹っ飛ぶ。全力で叩き潰されたら、そこで終わると思え。奴が武器を持っていたら、距離を保って攻撃するよう心がけろ」
……親父様、ものっそい脅しかけてませんか?
いやまあ解りますよ、一人娘がオーガなんぞと殺り合おうってんですから……ねえ? 下手したら殺されますもんねえ。
ですから、マジ危険だと思ったら、俺も全力で始末しますし。
ええもう、隠してなんていられませんよ、全力でズキューンしまっせ?
でも最初から全力で始末したりすると、ナオの奴がねえ……ビュスナもそれは解ってることだし。
他の連中に倒されたら、まあそれはそれでしゃーなしですけど、俺らは最低限のサポート&切り札に徹しますよ。
さて、これだけの危険生物を相手にするとなると、状況の情報収集も必要だ。
といっても、情報が集約されている場所はどこか?
大きな町なら冒険者ギルドがあるのだが、生憎ここにはそれがない。あればここで俺も冒険者登録してる。
……というわけで、こういう場合は酒場に行くのが定石だと思うのだが。
「おンや、帰ってきたと思ったら……こんなとこに顔出すなんて珍しいじゃないのさ」
……酒場といったら、ヴァロース治療院の隣、ビュスナのおっ母さんがやってる酒場、「荒野の跳ね馬」亭。隣の宿「宝箱の鍵」亭と組んでやってるから、酒場とはいっても食堂も兼ねている。
最初は宿を隣にしようとしたのだが、ツン子さんが「あっちの宿がいいわよ」って「ユニコーンの乗り手」の方へ案内したのだ。ちっとは親の仕事支援したれよ。
元冒険者のジェシカさんがやっているだけあって、冒険者の姿もある。テーブルに四人、五人の二パーティ、カウンターに二人。いずれも町に着いたばかりなのか、オーガの話などしながら、メシと酒で腹を満たしている。ウェイトレスとしてオバちゃん一人と若い町娘が二人、料理やジョッキを持ってテーブルとカウンターを行き来している。
そこに入ってきた俺らの姿を目ざとく見つけたジェシカさんが、笑みを見せる。
四十代半ばのはずのジェシカさんだが、見た目は三十代ぐらいに見える。濃い目の熟女スキーでなくても十分イケるんじゃないかと思うほどに若々しい。戦士現役時代から比べると筋肉も落ちたが、寧ろいい具合に女らしい感じになってるから……おっと、俺は人妻や熟女は守備範囲じゃないんだぜ。評価はするけどな。
……アレだ、ジェシカさんって気功師の村の出だから、そのおかげで肉体が若く保たれるんだろうか。波紋が疾走したりする一族と同じか?
「お久しぶりです」
俺はジェシカさんに頭を下げてみせるが、ビュスナはあまり来たくなかった様子で、渋い顔をしている。
……理由は知っている。ジェシカさんはビュスナを鍛えて、肉弾派戦士にしたかったらしいが、本人は魔導士の道を選んだのだ。だからあまり顔を合わせたくないのだ。
他人からみたら些細な理由なのだが、ジェシカさんは意外とビュスナに甘く、その甘さがビュスナにはちょっとイヤだったらしい。それで厳しくしてくれる親父様について魔導士になったのだ。
甘い母親より厳しい父親の方を選ぶというのも、なんかこの負けず嫌いな性格としては合っているとも思うのだが、ただ性格的には肉弾派戦士を選ぶのが正解だったと思うんだよな……まあそれはそれで、魔導士としても優秀なのだから、才能的には合っていたんだろう。
「悪いねえ、うちの娘っこの面倒見てもらってて。まあ元気でやってるようで何よりだよ」
ナオとシェラをジェシカさんに紹介して、渋い表情のビュスナとともに、俺らはカウンターの端に陣取る。
「里帰りしたってのにこんな状況だからね。この町の近くまでオーガが出るなんてねえ」
「そういえば、ゴブリンが出たのも何年ぐらい前でしたっけねえ。俺ら、チビの頃でしたけど」
「そうさねえ、確か……九年前だね。それ以降、怪物らしい怪物の噂も聞いてないし――ま、そのあたりはあんたの方が詳しいだろ」
そりゃそうだ、俺なんかしょっちゅう森に入って狩りやってたんだし、それで怪物の類には遭遇したことがない……一番の怪物は「覚醒」したときのヌシだったな。だけどあれも所詮イノシシの一種だし。
とりあえず、食うものを頼みつつ、オーガの噂についていろいろ聞いてみる。
「最初に目撃されたのが、二ヶ月ぐらい前だね。暗くなりかけて森から戻ろうとした狩人が、地響きとシルエットで見たのが最初だ。
その後、食い散らかされ獣の体の一部や巨大な足跡、そして獲物を取られた狩人の話まで出てきて、遂にはっきりその姿も目撃されるに至って確定したのが、十日ぐらい前の話だね」
それで町長が即座に、冒険者ギルドへ討伐依頼を出した、というわけである。
その頃、俺たちは――一仕事終えて、軍が到着するのを待っていた頃か。
もし一回帰ろうと思わなかったら、ここがこんなんなってるとは判らんかったかもな。
……で、ビュスナさんや。
あんた、黙ってないでさ、お袋さんに近況ぐらい話したらどうかね?
「……せや、ケン、あんた森には詳しいんやろ? ちょい、入り口あたりまで案内してくれんか」
ナオがそう声を上げ、目配せしてくる。
「そのあとでいいから、町の回り、ちょっとぐるっと案内してくれる? 町に被害出そうなところならある程度わかるし」
シェラも便乗してきた。
これは……乗るしかない、このビッグウェーブに!
食い物も一通り片付いたことだし、俺達は席を立つ。
当然ビュスナも立とうとするが。
「お前はここで待ってろ」
俺はビュスナを止めておく。
「なんでよ」
「少し話していけ。これまでのこととか」
「……そんなのあとでいいよ」
「あるだろ、話しておくこと」
ビュスナは眉間に少し皺を寄せたが、席を立つのを諦めた。
「ベレー・レイヴァー――知ってますよね?」
俺がそう言うと、ジェシカさんが驚いた貌になる。
「あいつに会ったのかい……どこまで聞いたんだい?」
「それはその娘っ子から聞いてください。一回りしたらまた来ます」
それだけ言い残し、俺たちは席を立つ。
「……ま、少しは話できるとええけどな」
ナオは、なんとなくあの二人の間の空気を読んだらしい。
「そうだな……むしろ親父様の方が話しやすいのかもしれんが」
話が終わった後も、あの父娘漫才がもう一度見られれば、と俺は思わずにはいられなかった。




