ナオの事情
ナオの実家は、西方パン・セリン君主国の開拓村であった。
開拓村――つまり、領主未定の、開拓者たちの自治村である。
パン・セリンでは今も、「西方大開拓政策」が進められ、年に百近い開拓団が結成され、開拓村設置が国家最優先政策となっている。国力を高めるには富国強兵、その「富国」をまず推し進めるためにも、居住可能地域を拡大していく必要があった。
……その開拓村の一つ・アデロッタは、人口二百ほどの、開拓から十年ほど経過した、それなりに栄えるようになった開拓村であった。
ナオはその開拓村の「開拓護衛官」の家に生まれた。
「西方大開拓政策」――パン・セリンは、国力増強の基盤としての、開拓地拡大を進めている。
人類居住圏最西辺境の国であるパン・セリンは、魔法王国ライ・マーストにはそれなりに近く、その恩恵を受けやすい国であるが、一方で辺境であるがために、南方の獣人国、北方のリザードマン勢力などの非人類勢力との最前線に位置していた。
また、パン・セリンの西方は「西方大森林」と呼ばれる、現在のパン・セリン領土の五倍とも十倍とも言われる、広大な森林地帯が広がり、その向こうに「西方大山壁」という「山の壁」が広く南北に聳えている。まさに前人未到の、手付かずの未開の地ではあったが――開拓民を悩ませていたのが、「生息する怪物の多さ」である。
「西方人鬼大戦」以降、減ったとはいえ、大森林には未だ多くの怪物が生息している。もちろん、オーガもだ。
そんな難易度の高い地域の開拓を進めるにあたり、開拓団は、「開拓農民+専任開拓護衛官」という組み合わせで結成されるのが普通であった。
開拓護衛官、というのは文字通り、開拓民を様々な危機から護衛する者たちである。
様々な危機――具体的に言えば、「怪物退治の専門家」である。
森には様々な怪物が潜んでいる――ゴブリンをはじめ、豚鬼(≒オーク)、吸血生物ブラッドマンモス、蜥 蜴 鬼、森 狼、角 兎等々、そして――「人食鬼」である。
これらの怪物は人類を敵視していたり、または「エサ」として見ている。そのため、開拓村が怪物に襲撃されるのはごく当たり前のリスクとして受け取られている。
この「護衛官」が、その任務の性質から積極的に様々な危険を狩る「冒険者」へと変わり、東方へ拡散し、やがて「冒険者ギルド」という存在が出来上がった、というのは冒険者なら誰でも知っている。
ナオの父親は、そんな護衛官チームをまとめるリーダーであった。
「発極拳」という武術道場で、魔法拳を含めて免許皆伝の腕を持つ優秀な武術家であったナオの父親は、その日、オーガ退治のためにやってきたという冒険者の一団を案内するため、森の先の開拓村へと朝から出かけていた。
ナオの父を含む熟練護衛官六人、そこそこ場数を踏んだという冒険者八人が組んでいるので、大抵の荒事には耐えられると、村の誰もが軽く考えていた。事実、それまでの十年、この村は様々な「事件」に全て対応して、村を守りきってきた実績があったからだ。
――その父親が、帰ってこなかった。冒険者の生き残り三人が、一人は片腕を失い、二人も傷だらけで魔力も体力も尽きかけていた状態で、やっとの思いで村に辿り着いた。
「オーガの……人食い旅団だ」
「人食い旅団」――オーガは通常、十体前後の群れを作って行動する。
だが、稀に二十以上のオーガが群れを作ることがある――それをパン・セリンでは、「人食い旅団」と呼んでいる。
通常の群れですら対処の難しいオーガであるが、この規模になると、百人単位の護衛官や冒険者でも倒しきれない可能性がある。
――ナオたち子供らは、母親や老人たちと、より安全な町へと避難することとなり、替わりにアデロッタ村はパン・セリン正規軍の拠点となり、「人食い旅団」を狩ることになった。
そして――二ヵ月後。
人食い旅団は無事殲滅されたものの、正規軍にも多大な被害を出した。
オーガに殺された護衛官も多数いた――その遺品の中に、ナオの父親の篭手もあったという。
「腕と共にこれが落ちていた」――そう聞かされたナオの母は、篭手を抱きしめて泣き崩れていた。
……そのときから、ナオは「自分の拳でオーガを全滅させる」ことを決心した。
武術道場へ行ける年齢になるとすぐに「関門弟子」――住み込みの内弟子となり、二年後には師範にも匹敵する腕を得て、「魔法拳」が使えるまでになった。
……が、そこでナオは道場主に諌められる。
「お前は何のために強くなろうとしておるのか、今のままでは人食鬼と対峙したところで、死体を一つ増やすだけだ」
それでもナオは、強さを求めたが――たまたま道場へ一夜の宿を求めてきた、東からの冒険者と手合わせを求めたところ、軽くあしらわれて負けた。
武術家としては、道場で若くして師範の次に強くなっていたナオは、そこで自信を粉砕された。
「嬢ちゃんは確かに強いが、実戦経験が全くないからなあ。それじゃあ怪物とやり合ったら、二・三匹殺したところで逆襲されて殺されるぞ」
ナオを容易く倒した冒険者は、そう言った。彼は冒険者としては中堅どころで、突出した強さもない魔法拳士であったが、それでもナオよりは遥かに強かった。パワーはともかく、スピードでは遜色なかったのだが、「実戦経験」はどうにもならなかった。
「経験値による強さが必要」だと気付かされたナオは、「あなたのように強くなるにはどうしたらいいか」と直截に教えを請うた。
「そうだなあ……だったら冒険者……こっちじゃ護衛官か、やってみるといい。道場の人間相手ばかりじゃ、ドギタナイ手を普通で使ってくる怪物に対応できないからな。実戦で怪物に対する勘どころを養うことだ」
そうアドバイスされたナオは、即冒険者へ転身した。
――だが、冒険者としてまともに仕事ができるようになるまでには、一年かかった。
まず仲間が集まらない。子供の、しかも女の拳士――プロである護衛官上がりの多い冒険者が、ナオと組むメリットはなく、相手にしてもらえない。
ナオは頭を下げ、初心者パーティに加えてもらい、少しずつ実績を積み重ねたが――それでも「プロフェッショナル」が多いパン・セリンではその実績も積みにくい。
そこで、外国で実績を積むことにして、東へ向かった。国外なら、冒険者に憧れる若者も増え、素人上がりなレベルでも登録すればすぐに冒険者を名乗れ、実績を自身で積むことができる。
――アークゥエスミィ、ライ・マースト、ヤン・ドール・ザン、都市国家とあちこちの冒険者ギルドや武術道場を転々としながら、ナオは三年、経験を積んだ。とはいえ、思ったほど怪物退治の経験が積めていなかったので、次に訪れたジシィ・マーダのククリグギルドで「パーティ申請」を出し――そして、今に至る。
「……それだけの実績があったら、もっと上級者のパーティと組めたんじゃないの?」
ビュスナの疑問はもっともである。
「そういうこともあったけどな。最初にやったやろ? 腕試し。相手の実力みるために、だいたいどこでも手合わせしたんやけどな――あれで簡単に勝ってまうとな、そのパーティに居辛くなるんよ。特に多少なりと実績、自信のあるパーティほどな」
そりゃなるだろ……新参が相手の自信をへし折っといて「仲良うやろうな」って。ビュスナみたいな奴がいればまだしも。
いや、それもダメだな。ビュスナと解り合ったてのが、俺にも信じられんのだから。
動機は判ったが……オーガ相手か。単独で相手するなら、確実にゴブリンキングなんぞよりも数段厄介だ。
俺なら倒せなくはない、倒せなくはないが――俺が倒したとして、ナオが納得するか?
……するとは思えん。ナオは「自分で倒す」ことを目的にしている。「誰か」が根絶やしにすれば目的が達せられるわけじゃない。
「で? ゴブリンキングにも苦戦するナオさん、一人でオーガに立ち向かっていってどうするつもりかね」
――俺があえて、そう突いてみると。
「……解っとる。自分が弱いなんちゅうのは、よう解っとるよ」
ナオの貌は――悔しさで満ち満ちていた。
「ケン」
シェラが囁いてくる。
判ってる、判ってるよ言いたいことは。
「……だったら、行くのはちょっと待ってなさい。準備してくるから」
ビュスナは、立ち上がってカバンを開く。
「今更一人でやるなんてナシだからね。それに、オーガの実物を拝むいいチャンスじゃない」
……今コイツトンデモねえこと言ったな。
希少生物の見物ツアーに行くんじゃねーんだぞマジで。
「……ナオ、お前、ゴネルいくら持ってる?」
俺の問いに、ナオは少し眉を寄せ――「三万ちょいかな」と応える。ギルドには多少預けてあるだろうが、手持ちならそんなもんか。
「よし、ならここにいる間、俺らの食費はお前が出せ。シェラの宿代もだ。それでこの仕事は請け負ってやる」「うん、それでいいよ」
シェラもそう言って微笑んだ。
「今更一人で、なんてのはナシよ。あんたは今、あたしらの仲間なんだから」
ビュスナは、言葉に少々の気恥ずかしさを混ぜ、そう言い放つ。
「……おおきにな」
はにかんだような笑みを湛え、ナオは小さく呟いた。
『ミッション:はぐれオーガ掃討を開始します』




