偽装商人
二十七日、出発当日。
俺たちは定刻の朝、ギルド前の広場に準備万端で集合した。
広場にはすでに五台の馬車(一台増えた)が用意され、偽装貨物が積まれている。各馬車には御者と商人・護衛役の〈森の疾走者〉メンバーが三・四人が乗り込み、俺たちは二人ずつに分かれて三台目・四台目に乗り込む。それとは別に、四人が周囲を馬に乗って同行・警戒する。
ちなみに鼠車でないのは、盗賊団の襲撃を考えてのことだそうだ。輸送用のオオダンレツネズミ(群れが固まっていたり、移動する時に列を作る「団列ネズミ」という種類を魔法で大型化改良したもの、だそうだ)は、訓練されていても臆病で、いきなりの大きな音や衝撃が加わると、その場に丸くなって動かなくなる。そのため、盗賊が鼠車を襲うときは、いきなり大きな音を出す仕掛けを鼠車の前に転がし、鼠を気絶させてから襲うのが常套手段だ。
なので、鼠車は基本、盗賊の危険性がほぼない安全な地域で使われ、都市間を行き来する長距離輸送では訓練された馬や「大型騎鳥」サカフ鳥が使われるのが普通である。
今回、俺の相方はシェラ。マシュさん&リリエラさんは先頭、俺たちは三台目。四台目にはビュスナとナオ。大丈夫かなあの脳筋ペア。
何で五台目に警備役を乗せないのか?と聞いたら、「ある程度以上の隊商は最後尾は最悪捨ててもいいものとして扱う」ものなんだそうな……つまり、それに盗賊が食いついている間に前は逃げると。荷物も捨ててもなんとかなるものを中心に積んである。トカゲノシッポ保険か……87へー。
総勢二十八人は、隊商としては中規模程度らしいが、その人数で荷車五台は少ない。普通なら荷車一台に商人の御者と交代が一名、プラス護衛が一台に一人の三人いれば十分で、この人数なら九台はいるべきである、とされている。
もっと大規模で長距離を行く隊商だと、三百人以上、百台超なんてのもあるらしい。ちょっとした村がそのまんま動く感じだな。遊牧民が草原と水場に合わせて村ごと移動するのと同じレベルで長距離を旅するとか。
わが隊商は、「少ない荷馬車に高級品を大量に載せているため人数編成を変えている」ということになっている。
俺らは普通に護衛冒険者っぽく振舞っていればいいとのこと。「隊商自身が戦えるから護衛は最小限で、安い若手に任せてみた」感じでいくらしい。
本格的な警戒域は三日目から五日目。それまでは町や村を経由していくが、三日目から五日目は立ち寄る村もない森の中の街道をひたすら進む。
途中の村で小さい市を開き、町では仕入れを行う。そうでなくてはこの規模の隊商っぽくないからだ。
というわけで、商売用の積荷をいくらか積んで、偽装隊商は出発する。
冒険者ギルドは商業ギルドも兼ねているから、すでに出発時点から商人としての偽装は始まっている。盗賊団が周辺の町に偵察を潜ませて、襲撃対象としての隊商を見定めていた場合に「この隊商は罠だ」と気付かれないようにするためだ。
〈森の疾走者〉は皆、商業ギルドにも登録した商人でもあり、商人としての経験や常識的な知識を持っているという。盗賊団相手だと商人に偽装するケースが少なくないから、だそうだ。確かに、全員が見るからに冒険者然としてたら、偽装もへったくれもあったもんじゃないわな。そんな偽装隊商をわざわざ襲う盗賊団はいない。
今日の目的地はリッパスの町。昼過ぎには到着するので、町中で情報収集と、仕入れの手伝いをする予定。
途中の町で市を開くには、まず商業ギルドに申請。売り物を登録、ギルドへの場所代と、町へ市の出店税を支払い、許可証を発行してもらい、それから店を開く。商業ギルドは手続きが早く、だいたい三十分とかからず終わるので、街に来たその日にすぐ出店して商売ができる。
商業ギルド支部がないような小さな村では、村長の許可をもらえばすぐにでも開ける場合も少なくない。その場合は、村に場所代を支払うだけでいい。辺鄙なとこの村だと、「商売をしてもらえるなら場所代は不要」なんてとこもある。
そこそこの規模がある街なら、どこにでもあるようなものではなく、地方の特産品を扱った方が人目を引く。逆に小さな村ではあまり商人も来ないので、食料や塩・香草など調味料、生活用品の方が売れる。場所によって売れそうなものを選んで変えるのも、商人の常識である。
……同じ馬車の御者役のケートマンさんから、そういった話を聞きながら、今は静かな街道を進む。
ジシィ・マーダの主要街道は、国の北東部から西南西へやや曲がって抜ける、国を横断する主要街道があり、そこから南北に支道が生えている形になっている。国のメインストリートと言えるのはこの「東西主要街道」と、ククリグから南へ向かう「南部都市街道」の二本が、国境まで延びている。
このあたりはまだ交通量が多く、しょっちゅう荷馬車や荷鼠車、荷物を背負った旅人、農作業に出かける地元の人間らが行き来する。
「首都マーダは人も多くて交易の中継点だからな、首都近くはもっと交通量すごいぞ。俺たちみたいな規模の隊商なら、毎日百以上が行き来する。一台二台程度の個人商人なら、その五倍や十倍は出入りしてるな。
市も首都の北広場と南広場の二箇所で常設されていて、南北で扱うものをある程度分けている。日常の食いものはどっちでも買えるが、布地や食器だったら北、武器防具だったら南、といった具合に地方や国外から持ち込まれる特産品の取り扱い場所を決めて、南北の市場に特徴を持たせているんだ」
俺は興味深いのでケートマンさんの話にいちいち相槌打ちながら聞き入っていたが、シェラは馬車の後ろでヒマそうに欠伸してる……少しは先輩から話聞こうぜ? こういう何気ないコミュニケーションが先輩との仲を取り持つんだよ。
――予定より早く、昼過ぎにリッパスには到着。
リッパスは人口一万五千、ククリグほどではないがそこそこ大都市である。周囲に開拓村が多かったため、開拓拠点として発展してきた経緯もあり、周辺の村や町の中継点となっている。開拓域が広がるにつれ、ここも周辺との人の行き来が多くなり、自然とこの規模になっていった。ただ、南部都市街道の分岐点としてククリグがそれ以上に発展しているので、ここの市長とククリグの市長はあまり仲が良くないらしい。
俺たちはまずは商業ギルドへ。ギルドの駐車場に馬車の置き場所を確保し、仕入れ担当は仕入れるモノの確認をする。ここでは今回は仕入れだけで店は開かないとのこと。俺たちは先に食事。とはいっても屋台で適当に、串焼き肉とかスープとか黒パンとか買って済ませる。
「……やっぱスープはケンが作った方がいいなぁ」
隣で、串焼きをもきゅもきゅ食べながらシェラが呟く。不味くはなかったが、そういうことらしい。
「せやな、それはうちも同意やな。これもまあ、んぐ、悪うはないんやけど」
ナオもまた、串から最後の肉片を噛みとって言う。ツン子さんは……あえて俺の件で持ち上げる意見言うようなツン子さんじゃないが、反論もないらしい。
だがそう言われるとなあ、俺も「よーしパパがんばっちゃうぞー!」みたいになるよな。おだてられてるだけかもしれんが。
〈絶対領域〉が料理に応用できれば話は早いんだが……まだそこまで研究進んでないんで。
包丁代わりにしようにも「斬れすぎ」て、まな板全滅しそうなんで、あの空中でシュパシュパン!ってやるやつしかできん。しかもあれやると、現実には「雑に斬った食材が全部地面に散らばるだけ」だし……マンガやアニメみたいに上手くはいかんものよのう。あ、でも挽肉なら量産できそうな。
だが今度は〈加熱〉も装備したし、煮物焼き物炒め物が楽になる。加熱温度も強火・中火・弱火と三段階。使用感としてはIHヒーターっぽい。
ステーキ肉が手に入ったら、ちょっと本格ステーキの焼き方も試してみたい……その前にコショウ手に入れないと。高いんだよあれ。醤油あればなおいいんだが、こっちにはそんなのないし……あれって麹が要るんだよな、確か。大豆みたいな豆はあるんだけど、それを発酵させるとかっていう知恵はまだない。最適な麹見つけるのには百年単位かかるかもしれんし……醤油はなんともならんかなあ。魔法でもなんとかならんかなあ。それより発酵屋を探すか育成しないとダメか……。
てな具合に、俺も「素人が作るよりはずっとマシ」な程度ではあっても、調味料の少なさにはちょっと辟易してる。それを「出汁」がとれる食材の組み合わせでなんとかしているわけだ。だがそれだけでも俺の知識は「プロの料理人」レベルになるらしい。料理全般の腕の方はまあ、そこいらの町の食堂レベルらしいが、それでも素人料理よりはずっといいという評価である。
なんせこういう世界では、「技術」というのは利益のために秘匿されるもので、できるだけ公開しないのが鉄則で、軍事剣術基礎教本とか料理レシピ本なんてものが売ってるわけもない。技術を知ってるというのはそれだけで生きていく上での強みになる。
確かに、食品の栄養成分とか「旨み成分の組み合わせ」なんて言われても、こっちの世界じゃ「旨み成分? なにそれおいしいの?」みたいな反応だし(注:おいしいです!)。ガストロノミーなんて全く頭の端にもなさそうだしなー。
海近くでは昆布みたいな海藻があるという話は聞いているし、魚を干して煮て出汁を取る、という「いりこだし」的な使い方もあるみたいだが……アアー鰹節欲しいー! 鰹節と昆布があれば無敵! 昆布だけでも是非に!
そういや酢と卵と植物油があればマヨ作れるはず……ただ生卵は注意せんとなサルモネラ。いつか試そう。
ああいや違う、俺、料理人ちゃうねん。そんなとこに力入れてたら、ステータスが「冒険者」とか「勇者」じゃなくて「料理人」になるやん! それはそれでちょっと面白いけど!
勇者になって、引退したら「勇者料理」として売り出すのもいいかも!
……いやだからそんなのはどうでも良くてだね。異世界グルメヒーローになる気はないから。食う方ならともかく。俺そんなプロの料理人違うし。趣味で自炊するぐらいだし。あと知識は基本グルメマンガな!
でもちょっと首都で食材探そう。コショウとかスパイス類。できれば醤油とかミッソーとか、その類似品でも。コンソメ的な出汁スープでも可。
別に料理人になりたいわけじゃないですよ?
日本人の魂が「旨いもん食いたい」って囁いてるだけなんですよ!
てれれれってってってー♪
『スキル:商売→レベル1を取得した!』
『スキル:料理→レベル2に上がった!(えぇ……)』




