結び手(前)
その男に出会ったのは、ウーゴ・ブオールからパン・セリンへのルートを選定して、一週間後には国を出る予定であった頃。
モーントニーから国境の町・シュランベルへ向かう途中の小さな町で、今日はここで宿を取ろう、と中央通りを歩いていたところ。
「なあなあ……あれ」
ナオが、道端に座り込んでいる「人間の男」を見つけた。
乞食だろうか? それにしては身形はいい。薄汚れてはいるものの、どこかの商人と言われればなるほど、と頷けるような服装である。多少長旅でボロくなっているようだが、旅商人が着ているような服よりは上等に見える。
ただ、乞食なら「お恵みをぉ……」とか何か訴えたり、板に窮状を書いて情に訴えて金を無心する……といったのが普通なのだが。
「……旅費を貸してほしい?」
この男の前にあった板には、乞食とはちょっと思えない理由が書いてあった。
「私は遠い東国の商人です。先日、山で盗賊被害に遭い、商品と帰りの旅費を全て奪われ、路頭に迷っております。
皆様にお願い申しあげます、私に旅費をお貸し頂けませんでしょうか。
お貸しいただければ、国に帰りました際には、私の商会より倍額をお返しいたします」
……なんというか、乞食にしては「よく書けたストーリー」だとは思う。
が、この程度の「演技」は、乞食なら誰でもやってのける。
しかし、所詮乞食は乞食で、日本のホームレスのように大学を出て一流企業に就職したのにホームレス、なんて転落ではない。本当に「なるべくしてこうなった」乞食ばかりである。
彼らにも同情すべき点はあるとは思うが――シェラやビュスナには「簡単に彼らに恵んでやっちゃダメ」とは言われている。シェラは乞食役をやったこともあるそうで、その本性を知っているから、ビュスナは両親から旅の途中の「乞食にたかられた」エピソードを聞いていたからである。
……だが、ナオが見事に釣られた。
こいつは情に訴えられると、とてつもなく弱いという欠点と言うか、弱点がある。
もうほんと、釣り針を前にしたクマーみたいに、簡単に引っかかる。
「なあ……少しぐらいやったらええんちゃう?」
「ナニ言ってんの。あんたそうやってすぐ引っかかるんだから」
「うぐ……しゃーかて、気になるやん……」
「ダメだよ。ああいう手合いは、儲けるのも損するのも全部自分の責任でやってるんだから。乞食になるのも自己責任。親戚でも知り合いでもないのに、関わったところで何もありゃしないんだから。第一、商会ったって本当にあるかどうかも解らないんだよ」
ビュスナとシェラからダメ出しをされたナオだが――
「……あんた、腹は減ってるよな」
俺が、その男に声をかけた。
「ちょ、何してんの!」
「ケン、あのねえ――」
ビュスナとシェラの言葉を、俺は手で制する。
「話を聞くついでに、こいつに飯食わせるぐらいはいいだろう。
それで、話に俺たちが納得すれば、ゴネルは貸す。損するのも、飯一回分ぐらいだ。飯代は俺が出す。ならいいだろ?」
渋い顔をしていたビュスナとシェラだが、ナオが「それくらいやったらええやん?」と口添えしてくる。
そして、「我関せず」のシェルニーとコーチであったが――「自分のゴネルなら好きにしろ」でおしまいである。
実のところ、何で俺も、こいつのことが気になったのかは解らない。
だが、「何かある」――と、俺の勘と、「気」が告げているのだ。
「こいつは只の乞食じゃない」と。
だから、とりあえず話だけでも聞いてやろう、という気になったのだ。
気功術を体得してから、なぜかこういう勘が非常に冴えてきているのが解る。
……それにしては、ビュスナがこいつに反応しなかったのが気になるところではあるが、それはこいつから話を聞けば解るかもしれない。
「……話聞くだけだからね」
ナオの縋るような目と表情に、ビュスナが折れた。
おまえほんとにナオに甘ぇな……シェラは一人だけ反対してもしょうがない、と肩をすくめて了承。
「というわけだ、おっさん。
飯食いに行くぞ」
……男の目に、生気が戻っていくのが解った。
「いやあー、旨かった。改めて礼を言わせてもらうよ」
男の名は、カミオロ・デルマリット。
都市国家地域の商業国、セルバイヤのデルマリット商会の三男だという。
一頻り食う物も腹に入れて(大半がスープだったが)、男もやっと調子を取り戻したようだ。
「デルマリット商会……聞いたことあるね。セルバイヤの大店だったはず。都市国家地域じゃかなりの有名商会だったかな」
早速、シェラの重要人物データベースに該当者があったようだ。
「おお、坊ちゃんはご存じかい? もしかしてどこかの商会の? 違う? もしかしたら取引のある貴族の坊ちゃん? それも違う。うーん、ではどこかでうちと取引をしたことがあったんでしょうな、機会がありましたらまた我がデルマリット商会をよろしく」
……すらすらと商人的トークが出てくるあたり、商人というのも嘘ではなさそうだ。
そして、思っていたより若い。まだ二十歳過ぎぐらいで、俺が「おっさん」と思っていたのは、小汚い格好に無精髭、さらに腹が減りすぎて憔悴していたからだと知って、「おっさん」というのは止めたが。
「ところでカミオロさんといったか。
あんたなんで、こんなところで野垂れ死に寸前みたいになってたんだ」
「おお、それを聞いてくれるかね?
ちょっと長い話になってしまうがいいかい? できるだけ手短に? ははっ、そりゃそうだ。時は金なり、ってね。これブライト・ワルダーから聞いたんだけど、確かにそうだ、時間は金属ほどに貴重だ。
ではざっくりでお話しようか」
……カミオロは、セルバイヤのデルマリット商会の三男として生まれ、店を継げないことから、番頭修行をしばらくした後、将来はどこかに支店でも出してそこの支店長になるか、他の商会か下級貴族の娘でも捕まえて縁を結ぶか、独立して新たな商会を興すか――そのどれかを選ぶのが現実的、と考えていた。
そこで、まずは支店か独立かを視野に入れ、商人としての腕と勘を磨こうと、修行がてら、行商人としてしばらくあちこち行ってみようと考えたそうだ。
それで、まずは西へ、ヤン・ドール・ザン、ライ・マースト、アークゥエウスミィ、パン・セリンとそこそこ巧く商売を転がしながら、それじゃあついでにと獣人国のウーゴ・ブオールにも行ってみようと、思い立ったのが運の尽き。
ウーゴ・ブオールの首都ブオールへ行って、珍しい獣人国の品を仕入れたまでは良かったが、その帰途、野盗に襲われて、買い付けた品は全滅。
同行者は殺されたり、野盗に捕まったりしたが、同じく捕まっていたカミオロは、盗賊の隙を突いて同行者や先に捕まっていた者たちと一斉に逃げ出し――二日かけて一人、この町へ逃げ込んで、そこで力尽きかけていた。
拾った板になんとか窮状を書いて、助けを求めようとしたものの――さらに三日も過ぎて、いよいよダメかと思ったところへ、俺たちが声をかけた、というところだったそうだ。
「本当に君たちには感謝してもしきれないが――真に申し訳ないのだが、私の現状は今話した通りで、完全にゴネル無しのスッカラカンなのだよ。
なので、もし良ければ、というか私を助けたことで礼金を、と目論んでいるのなら、私をパン・セリンまで連れていってもらいたいのだ」
……なんで俺って、こういった「私を**へ連れてって♪」的なイベントが多いんだろうね……。
ハイというわけで、決を採りたいのですが。
連れていくのでOKな人ー。
俺、ナオ――そしてビュスナも。
NO!と言える人ー。
シェラちん。
どっちでもいい人ー。
シェルにゃんとコーチ。
シェルにゃん言うなし? ええやんそれくらい。
で、シェラちん、なんで反対なん?
「普通に考えて、リターンも期待できない厄介事だからね。カミオロという名前も、商会の名前も、全部自称で何も根拠ないし。
正直、ボクがそう言い張っても同じことだと思うんだけど」
うん、まあそうだわな……理詰めで考えりゃ、その言い分には二理も三理もある。
だが、俺はこいつをパン・セリンに連れていくだけなら、リターンなしでもいいかと思う。
「理由は?」
まあそれこそ、俺の勘というか……「邪な気配」ってのがないから、かね。
騙そうっていう詐欺師的なそれじゃないんだ。
ビュスナが賛成に回ったのもそこらへんが理由だよな?
「……本当は賛成も反対もしない、自力で付いてくるなら勝手にどうぞ、って言いたいんだけど」
……ナオが、か。
ほんと甘いな……。
「正直なところ、ね」
カミオロがそこで口を挟む。
「私は話を聞いてくれて、食事を与えてくれただけで十分でもあるんだ。
とにかく、気力・体力の源が何もなくなっていたから、商人としての頭もはたらかない状況でね。
こんな状況では、最初のきっかけだけでも、他人様の力を当てにするしかなかったんだ。
パン・セリンの商業ギルドへ行けばデルマリット商会の名前で金が借りられる。
国境向こうのペルパイブンだったかね、そこで顔つなぎはしておいたから、首実験がしたいならそこまで行ってくれればなんとかできる。
ウーゴには、そこまでの商業ギルドの横のつながりがなくてね。あればもう少し、事が楽に運んだんだが」
ふむ……商業ギルドの証明がとれるなら、パン・セリンまで連れていく程度の労力は大したこともない。かかるのは宿代と食費ぐらい。
それにゴネルなら腐るほどある。ここまでウーゴ一回りしても、宝島の一件やらボールグ事件、オーガ絡みでの報酬とかも入って、実質減るどころか増えてるぐらいだしな。
てなところで、シェラちんも妥協案を出してくる。
「じゃあこうしよう。
パン・セリンの商業ギルドまでは送ろう。そこで身分証明ができたら、ボクらに対して、冒険者ギルドを通して謝礼を出してもらう。
それなら互いの身分も解るし、それでどうかな」
「ようござんす。こちらは助けて頂く身です、文句など有りようはずもごさいません」
それで、話は決まりだ。
「ときに」
と、カミオロが一つ聞いてくる。
「あなた方のお名前と、パーティ名をお聞かせ願えますかね。
謝礼のお支払い先が解りませんと、私としてもお礼のしようもございませんので」
そういやそうだ。




