ボランティアとティア
前回のあらすじ:ボランティアのばぁばに連れられ黒木は、火災現場から人を救った。彼はボランティアではない。
黒木 十一郎は、世の中の人間の大半は偽善の塊であると思っている。
彼の思想は簡単に言えば「行動には必ず理由がある」という彼が中退した高校の体育教師の言葉に近いだろうか。付け加えれば、その理由とは自身にメリットがあるという意味に繋がるのだというのが彼の考えだ。
「た、助けに来ました、ティアです! 大丈夫ですか!?」
例えばそう。ばぁばが何処かへ走り去ってしまい目的も無くなったため帰るかと考えた彼の、その近場で起こった事象か。不良二人が女性を無理やり何処かへ連れて行こうとしている最中に、何者かが助けに入っているこの現場もそうだろう。
不良二人の理由は多々あれど、この助けに入った中年男性の理由は明確だ。彼女を助けたいと本心から想い行動しているわけではないだろう。
わざわざ自分がボランティア……現代では略されてティアと呼ばれることが多いが、その単語を叫んでいること、そして手元に持った撮影ができるスマートフォンがそれを明らかに示していた。
『ーーというように、火災発生の数分後には人命救助を終わらせてしまうティアまで現れ始めており、ティア動画は更なる発展を遂げることでしょう』
男性の行いをビデオサイネージの動画が皮肉にも持ち上げていた。動画再生数による収入。スマートフォンの普及により動画は企業の広告媒体へと変貌した。
再生数の多い動画にはそれだけの対価を、そうしてビジネスへと発展した動画文化は一般人にも広がり、エセボランティアなるものが増加したのである。
ーーアホが。夢物語じゃないんだ、何もしてこなかった奴が突然強くなるわけがないだろ。
中年男性は明らかに喧嘩慣れしている様子はなく、お腹のまん丸を摘まれ、綺麗なスーツごと地面の水たまりへと蹴り飛ばされていた。
なんだぁ、ティアか? 赤髪と緑髪を黒髪と半々に分けた目立つ格好の二人は男性の出現になんと言わず。
「はっは! こりゃいいのが釣れたぜにぃちゃん! こいつで動画撮ろうぜ『雑魚ティア、殴り倒してみた!』」
「あぁ、ちゃんと顔を映してボコボコにしろよ。そっちの方が高値で売れるからな、カメラ持っとけ!」
ひぃぃぃぃぃ!! と、中年男性は頭を抱えて彼らの側で頭を下げる。これでは、誰がボランティアなのか分からない。彼らはティアという存在を餌にした所謂『犯罪動画専門の仕事屋』だ。
ーー偽善で動いた人間の最後に良いことなんざねぇな、やっぱ。
自業自得だと、黒木は冷めた目で男性を見ていた。それもそうだろう、この男は自分の夢見る名誉のために何の根拠も準備もせずわざわざ問題に首を突っ込んだのだ。殴られようが、犯罪動画のおもちゃにされようが仕方がないことだ。
黒木はもう見るのをやめ、彼らの様子を動画で撮影し始めた野次馬の中から抜ける。
「あっちでティアが殴られてるらしいぜ、早く撮りにいくぞ」
後ろから響く鈍い音と、何かが倒れる音に振り返ることもなく黒木は自身の開く携帯を取り出し耳に当てる。電話先はばぁば、『ぬぅ!? 誰かが助けを呼んでる声がする!?』とマッシュルームカットの頭をふらふらと揺らしながら屋根伝いに何処かへ去っていったあの老婆をここに呼び寄せるためだーーが。
「出ねぇ……あのクソババァ、人に手伝い頼んでおいて勝手にいなくなんじゃねぇよ」
思わずガードレールを蹴った。簡単にくの字に折れ曲がったそれを驚きの顔で見る周囲の人間を無視して、彼はぶつぶつと文句を垂れながら最寄りの駅まで向かった。
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この世のティアとは、人のためだと謳いながら自分の利益のために行動する人間のことである。
『ボランティアという言葉は今、その意味を変化させました。奉仕を行うNPO法人の活動のことではなく、個人で人を助ける正義ヒーローの呼称、つまりティアへと進化したのです』
などと思っているのはあくまで黒木だけだと、世間の認知が伝えてくる。正義のヒーロー、そんな綺麗事に隠れた人間の欲に誰も気付いていないのかと。
「……ちっ、やめだ」
ふっと、黒木は近くの自販機で牛乳を買うとつけられたストローを刺した。思考を止め、自身を落ち着かせる。
路地裏でまたボランティアがやられてるってよ!
なんか女連れて逃げたらしいな、撮れば金になるかもしれない。
周囲の人間が、慌ただしく横切って行く。金に執着するのは嫌いじゃないが、内容があまりにも滑稽に見えてしまうのは黒木の思想に基づくものか。
ーー仕方ねぇ、先に店に戻って開店準備を……
「あぁ?」
そうして、駅に向かおうとふらっと向けた視線の先。その先で見えてしまった景色に、思わず過言な声を出した。
ビルとビルの間にある路地裏に入っていく四人の男女である。数は三対一。女性一人を男達が囲んでいる、所謂ナンパというものだ。
犯罪動画撮影ではないだろうが、それに近いだろう。ニヤニヤといやらしく笑う男達の一人に女性は肩を掴まれ押されていた。辺りを見渡せば事件に出会す……なんてことは普通起こりえないのだが、今日に限って黒木の目線によく止まるものだと他人事のように牛乳片手に目線を逸らせばいい。
はず、だが。
黒木は飲み干した牛乳の紙パックを握りつぶし適当に放り投げるとタバコに火をつける。火がついたにも関わらず何度も何度もカチカチと音を立てた。
苛立ち。頭に沸騰するように登った血が、彼の指を走らせ、地面を一度強く叩いた。
「今日は厄日だ……クソッたれ」
状況は、先ほどと同じはずだった。女性が路地裏に連れ込まれ、トラブルに巻き込まれようとしている。であれば、彼にとっては無関係。先ほどと同じように他人事として無視してしまえばいい、
そう、黒木自身も思っているのだが。
『事件発生率が上がった、それは認めましょう。しかし、ただそれだけです。安心してください、その大半はティアによって解決されております! 何度でも言います、ティアは正義、ティアはヒー』
バコンッッッ!!!
高らかに宣言するビデオサイネージは高く舞いが上がり、地面に残骸として散らばった。タバコのカスをその場へ放り捨てながら黒木は、路地裏へと向かうのだった。
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人の行き交いが激しい中のその1つ、賑わう中央から少し離れた場所の古びたビル二つの間、路地裏でそれはもうよく見る光景があった。
「可愛いじゃん。お金は全部俺たちが出すからさ。お茶、するよね?」
「……。」
壁を背に半円上に女を囲み、チャラチャラとした格好の男たちが下品な笑みを浮かべている。日の光が届かず苔が生え、ビルの壁を伝うようにして生えた草と何日前から捨てられているのか分からないゴミ袋からの刺激臭がする路地で、
「大丈夫だって、少し動画に映るだけでいいから。ね、いいでーーショッッッ!?」
一人は突然の背後からの衝撃に意識を失い、
一人は「誰だ、テメェ!」と振り向いた直後に顔面を殴り飛ばされ、
一人は「お前、まさかティーー!?」と心底苛立たせる誤解を言う前に下顎を持ち上げられ壁と手のサンドイッチをプレゼント。
彼らはわずか数行で、特に個性も発揮する時間すらなく地面に倒れるのだった。
「……。」
黒木は特に息を切らす素振りもなく、ナンパされていた女性を見た。背丈百六十ほどの、どこかの学生服を着た若い女性だ。世間的も珍しい銀色の長い髪を風に揺らせた髪色以外は至って普通の女子高生ーー
彼女は、黒木の振り上げた蹴りを片手で抑えていた。
「お前、ふざけんな」
「……。」
彼が手加減をした、というわけではない。不良達と同じように一撃で沈めることを狙った全力の一撃を表情一つ変えず受け止めた彼女はただ無表情にぼーっと黒木を見上げている。何をするとも問わず、痛いの一言も言わず、彼女はじっと見つめた後、
「……お前じゃない、真冬」
昔から馴染みのある名前を口にするのだった。その透き通った声は、黒木をさらに苛立たせる。彼女は片目を瞑った程度で特に暴れも怖がりもしない。その表情を全く動かさないまま、黒木と目を合わせて話している。
元々天才子役として活躍し十八歳になった現在はただ一般人となっている真冬がその口を少しだけへの字にしながらそう言った。
「……裏路地で不良に絡まれて……助けたらかっこいいらしい。……。」
「少女漫画とかである奴か」
「予想以上に残念だった」
「テメェ今俺を見て言ったな、何が残念だったか口に出してみろよ蹴り飛ばしてやるから」
「止めるから、平気」
「……ちっ」
行動が、すでに結果を出していた。この女より強い人間を彼は知らないのだ。黒木はもう諦めてその手を彼女の髪から離すと路地裏を出た。
「どこに、行くの?」
「関係ないだろ、いいからほっとけ」
「……少女漫画、読むの? おすすめあるよ」
「ほっとけって言ってるだろうが!?」
一度落ち着くために取り出そうとしたタバコも底をつき、黒木は後ろ髪をかきちょこちょこと後ろを着いてきた真冬へ振り返る。
「なんだよ、お前と関わる気は無いんだよ、ついてくるな」
「……どこ行くの?」
「帰るだけだ」
「暇なの?」
「お前に言われたかねぇんだよ」
路地裏でわざわざ絡まれていた彼女よりは少なくとも暇では無いだろう、その皮肉にも彼女は表情を変えなかった。ぶっきらぼうに返しても、突き放すようにその場から早足で離れたとしても、それでも付いてくる彼女は着いてきた。
「付いてくるな」
「……ぁ」
もう振り向くこともやめた。彼女が手元の携帯を確認する間に姿を消そうと早足で駅へ戻ったものの、
「……ねぇ」
ついて来る彼女に、彼はもう言葉も返さない。彼女が問いかけても、何も答えない。彼女とは極力関わらないと決めている。
「……ボランティア、しよ?」
しかし、この言葉だけは彼の足を止めた。彼女のその言葉に我慢が限界を超えたのだ。
「事件が起こったって……助けに、行こ?」
「……。」
「ねぇ」
「いい加減にしろ」
反射だった、後ろを付いてくる彼女の肩を突き放すように押した。
「俺はボランティアじゃない。どこで誰が困ってようが知らねぇ」
「……。」
「分かったらもう話しかけてくんな」
「……。」
真冬を突き放し、青年は帰路につく。幼馴染などただ昔同じ場所にいたというだけだ。それだけの関係でしつこく付きまとわれるのは意味が分からないと。
制服の上着を背にかけ、乱暴に髪をかく。人混みに打つかる肩に舌打ちしながら未だ頭に残る雑念を振り払うかのように、
ーー……かったりい
スマホが普及し、見ることも減った閉じる型のガラケーを開くと通話ボタンを押し、
「みぃぃぃいつけたぁぁああああ!!クソガキ、手伝なぁぁぁあああああ!!」
「おばばぁぁああああああああああ!!?? またかこのクソババァァァアアアア!!!」
その瞬間剛速で現れたばぁばの大きな腕に捕まれ地平線の彼方へと向かうのであった。
長く書いてますが、
・ボランティアは有償が当たり前
・ボランティア動画みんないっぱい見てるよ。
ーーというだけです。時代は現代ですが、そういう世界線があったら?という感じで進めていきます。




