一秒前の自分にさようなら
記憶が蘇り、一気にいろんなことが変わってしまった……いや、変えなくてはならなくなった今日が終わろうとしていた。
夜、微かな月明かりを浴びながらテラスで楽しそうに会話するネルとアランの姿を横目で見ながら、私はその場を黙って通り過ぎる。
そして、庭の隅で鍛錬真っ最中のとある人物の姿を確認し、私は声をかけた。
「アリシア。今ちょっといいかしら?」
「……リオナ様。ああ。問題ないですよ」
後ろでひとつにきっちりと結わえられた長い群青色の髪を揺らしながら、アリシアはこちらを振り返ると私を見てフッと微笑む。
彼女もまた攻略対象キャラのひとりだ。女ながらにこの国一の強さを誇る騎士である。といっても男不足のせいもあり、国の騎士団はもうほとんどが女騎士だ。アリシア以外、目立つ強さを持った女騎士は未だにいない。今戦争なんて起きるものなら――クリシュナは終わりだ。
私がそんなことを考えている間に、アリシアが芝生の上に丁寧にシートを敷いてくれ、私をそこへ誘導してくれた。私が腰かけるとアリシアはどかっと芝生に直で腰かけ、隣で喉を鳴らしながら水を飲み片手で汗を拭っている。
アランよりも男らしく見えるアリシアに一瞬見とれながらも、我に返った私は口を開いた。
「ねぇ……アリシアはどう思う?」
「どうって、なにがです?」
「アランのこと。彼、アリシアにも結構話しかけていたじゃない。アリシアはアランのことどう思ってるのかな、って」
アリシアは「あぁ……」と呟いた後、真顔で言い放った。
「興味ないです。自分より弱い男には」
「……っ!」
か、かっこよすぎじゃない!? アリシアのイケメン発言にみるみると何故か自分の顔が赤くなるのがわかる。
女なのに無駄にかっこいい声。切れ長の強そうな猫目。だけど伏せると睫毛が長くて――。自分がゲームをしているときは、男勝りのキャラが得意でなかったからそこまでアリシアに興味がなかったのだけど、改めて実際見ると簡単に惚れてしまいそうだ。
それにアリシアルートのアランは確かに強くてかっこいい男だった。それでどんどんアリシアも女らしくなっていくのよね。
「リオナ様はどうなのですか」
「え?」
「あの男が現れたとき、リオナ様に動揺が見えましたので」
「……すごいわ。アリシアにはお見通しなのね」
「好きなのですか? あの男が」
顔色ひとつ変えずストレートに聞いてくるアリシアに、私は少し微笑んで首を横に振った。
「いいえ。だって彼は、私の運命の人じゃなかったのよ」
私がそう言うと、アリシアは驚いた表情を一瞬見せ、またすぐにさっきの真顔に戻る。
「……そのすっきりした顔を見ると、悲しんでるようではないですね。安心しました。少し、心配していたので」
「心配って? アランがネルといちゃいちゃしてるから私が嫉妬してるとでも思った?」
「まぁ……はい。というか、あの男に一ミリも興味ない私からしても最近のあの男とネルは目障りでしたし。鍛錬の邪魔です」
アリシアの正直すぎる発言に私はプッと小さく噴きだした。アリシアもあの男呼ばわりしているアランに惚れる世界線があることを言ったら、物凄く歪んだアリシアの顔が見れそうだ。言わないけどね!
「アリシア。今からでも、私もあなたみたいに強くなれるかしら」
「……それは精神的ですか? 肉体的にですか?」
「うーん。どっちも?」
もしこの先奴隷にされる未来が待っているのなら、精神的にも肉体的にも尋常じゃない強さが必要になるだろう。現にゲーム内で、弱いままでいた私は死んでしまった。このまま黙って奴隷になる気はさらさらないが、最悪の事態のときのこともちゃんと考えて、一日一日の行動を大切にしていかないと。
「リオナ様がどうして強くなりたいのかはわかりませんが……そうですね」
アリシアはすくっと立ち上がると、私に手を差し伸べて言う。
「強くなろうと思ったとき既に、一秒前までの自分より強くなっているんですよ」
にっと笑うアリシア。……ああ、彼女は何度そう思い、何度一秒前の自分を超えていったのだろうか。
私はアリシアの手を取った。触っただけで、たくさんの傷やマメがあるのがわかる。しかし握り返された手は温かく、そしてその柔らかさは女性特有のもの。
そのまま私は自分の気が済むまで、クラウス対策のためアリシアから護身術を習ったのだった。
◇
朝、体験したことのない筋肉痛に悲鳴をあげ目を覚ました。
今日は約束通りエディと街へ出かける日だ。エディに変装用の服を用意してもらい、私は早速それに着替えることにした。
無地のグレーのロングワンピース。裾は広がらずシルエットはストンとしている。長い髪は後ろでおだんごにまとめられすっきりと。更にその上に顔がわかりづらいように大きなフード付きの深緑のコートを羽織らされる。
いつも着ていた肌触りの良いものと違い、少しゴワゴワする。でもそれは前世で着ていたものの感触と同じで、なんだか懐かしい気持ちにもなった。
「いいですかリオナ様。くれぐれも騒ぎにならないように……」
「わかったってば。それよりどこに連れて行ってくれるの? あ、私久しぶりに商店街に行きたいわ!」
「でしたら、僕がいつも行っている――あっ」
城周辺から出るのが久しぶりなこともありわくわくしていると、エディがなにかに気づいたように声を上げた。視線の先にいたのは――はぁ。またアランか。
「おはようございます。アラン様」
エディは丁寧にアランに頭を下げる。
「エディ! おはよう! ……隣にいるのは、リオナか?」
「……どーも」
エディとは正反対のそっけない返事。早くどこかへ行ってくれと心で願っているのに、こんな格好をしている私が珍しいのかアランはじろじろと私を見ている。
「どうしたんだよリオナ。エディみたいに地味な格好して」
「あなたには関係のないことだから」
すっと早足でアランの横を通り抜けようとすると、アランが私の腕を掴んだ。突然の出来事に驚き振り向くと、アランと視線がぶつかる。
「あのさ、リオナ」
「……なにか?」
掴まれた腕が地味に痛い。気まずそうな表情をするアラン。言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ! 私には時間がないんだから!
「オレ、お前になにかしたか?」
私は正面からアランに向きなおすと、掴まれていた腕を振り払いにっこりと微笑んでアランに言う。
「いいえ。なにも」
そうよ。アランはアホでマヌケでむかつくけれど、別に悪いことはしてないわ。だってここはギャルゲーの世界。あなたは攻略対象の中でネルを選んだ。そのせいで私は大変なことになっているけど、それが全部アランのせいってわけではない。
「よしっ! 行くわよエディ!」
私はおどおどしながら私とアランを見ていたエディに飛びついて、そのままエディの背中をぐいぐいと押しながら歩き出した。
「……そういえばリオナ様。街へ行く一番の目的は何なんですか?」
私に押されながら振り向いてそう言うエディに私は即答する。
「ただエディとデートしたいの!……あ、ついでに男漁り」
「デッ、デー……!? お、男あさっ……!」
「最後の一文字までちゃんと言いなさいよ」
「リオナ様がまたおかしなことを言うからです! まったく、王女の口から発せられる言葉とは思えませんよ」
エディから軽くお叱りを受けながら、私はエディと共に城の門を抜けた。




