5・侵入者
それは突然のことだった。
自室でコロコロと転がっていると、手足の欠けた血まみれ女が目の前に現れたのだ。
「ギョエエエエエ!!!」
俺は思わず叫び、そこから先はよく覚えてない。
気が付けば眼前には、涙を浮かべている女と、その女の口にトントロポロロンズを押し込みまくるアールちゃんの姿があった。
「まあるいたいちょーの命令なのです。ほらほら、もっと食べるのですよー」
「ほが、ほがが」
そうだったそうだった。突然現れた死にかけ女が、死ぬ間際にトントロポロロンズが食いたいとか言うから、持ってきて食わせてやってるんだった。
球となっている俺たちに持ち運びなど出来ようはずもないので、部屋の外にいたアールちゃんにお手伝いをお願いしたのだ。
「まだまだあるですよー」
「ほががほがー!」
女は涙を流してほがほが喜んでいる。
最期にトントロポロロンズを口いっぱいに詰めて逝けるなんて、こんなに幸せなことはないだろう。
ウルっときたが、汁気がないので涙は流せない。
俺たちの体が完全復活するにはまだしばらく時間がかかりそうだった。
「ほがー!」
「ぎゃあ?!」
突如、額に手を当ててのけぞるアールちゃん。
俺はコロコロと駆け寄った。
「どうした⁉」
「おでこを攻撃されたのです」
「なっ、テメー、何しやがる!」
俺は死にかけ女に怒鳴った。
対して向こうは、高速で口の中をモグモグ、ゴクンと飲み込み、吠えた。
「こちらの台詞ゥーー!!!」
なに逆ギレしてんだコイツは。
「本気で死ぬところだった……!!」
「ああ、死ぬところだろ? だから最期にトントロポロロンズを食いたいって、あんたが……!」
「そんなこと言ってない! 死なないために栄養が欲しかっただけ!」
「え? じゃあ何で泣いて……」
「あんなに一気に詰め込まれたら息ができないでしょ!」
なるほど。俺はコロリと腑に落ちた。
「悪い、気付かなかった。てっきり嬉し涙かと」
「あ、あんなに必死にもがいてたのに……信じられない」
それは四肢の痛みによるものかと思ってよ。
だから美味しいトントロポロロンズで紛らわしてやろうとしたんだ。
あれ、俺悪く無くね? だって善意だもんよ。そうだ、悪くねぇ!
「俺、悪くないよ!」
口に出して俺は開き直った。
けっ! こっちを悪者にしようと恨みがましい目つきで見やがって、なんて太ぇアマだ!
「認識の相違があったようですが、それはそれ。よくもおでこを、このっこのっ」
アールちゃんが床に寝ている女をポカポカと殴りだした。
俺の援護か? いいや違う。自分のおでこの恨みによるものだ!
しかし、ポカポカなのでノーダメージである。もっと腰を入れないと。
「ふう、スッキリなのです」
ポカポカ殴ったあとの彼女の顔は、これ以上ないほど晴れやかな顔だった。
その顔を見てなんだか俺もスッキリ。
「良かったな侵入者。アールちゃんを傷つけた罪はたった今贖われた。まだ侵入の罪が残っているがな」
「なんなのあなた」
「俺か? 俺の名はクレイジーボール」
「クレイジーボール……成程」
クク、なに納得してんだか。それは世を忍ぶ仮の名。
貴様が俺たちの真名を知ることはない。
「たいちょーはマロゾロンドなのでは?」
「あっ、ちょっ、」
アールちゃん⁉ 部外者には秘密だって皆で話し合ったじゃん!
俺言ったよね⁉ マロゾロンドは正体不明だからこそカッコイイんだって!
「マロゾロンド?」
「そ、そんなことより、おいあんた何者だ?!」
誤魔化し気味に訊ねると、ぎぃい、女が答える直前に部屋の扉が開かれた。
「私にも聞かせてもらおうか」
我がマスター、ライオネス。
なんてカッコイイ登場の仕方だろう。
ずっと扉の前でタイミング計ってただけはある。
***
俺の部屋になだれこんできた、シュさん他多くの護衛騎士たちが見守る中、姫さんによる尋問が始まった。
「名は何と言う」
姫さんが問うと、床に仰向けに寝そべっている女は臆することなく答えた。
「私はメアレンといいます。このような姿で拝謁することをお許しください、ライオネス王女殿下」
「ほう、私が誰か知っているのか。ここに現れたのは偶然ではなさそうだ」
「はい殿下。聞いていただきたい話があるのです。ユーゼス=アルスタの所在について……」
「「「 !!! 」」」
皆が前のめりに反応する中、部屋の片隅ではそれに全く興味を示さないアウトローたちがいた。
アールちゃんとリロイ三兄弟と俺たちである。
「へいパス」
「パスなのです」
「甘い。ホイとった」
「がーん!」
我々はもはや話を聞く体勢に無かった。
強いて言うなら『猿回し』というボール遊びに興じていた。
ルールは至って単純だ。猿役を囲むように立つ回す役が……って説明めんどくせえ。やめた。そもそも俺は誰に説明してるんだ。
とにかくボールを足で転がして遊んでんだ。ボール役は俺たちが担当している。
無論、ただ遊んでいるわけじゃない。ロジックは全く分からないが、転がれば転がるほど体の治りが早くなるっぽいのである。
それが分かっているから、姫さん容認のもと転がされているっつーわけだ。
おしゃべりしながら転がされるのが通例だったが、今は姫さんたちの話を遊びついでに聞きたいので、黙って転がされているという状況である。
「ふむ。冒険王の所在か。それは興味深い。だが、物事には順序がある。まずは貴様の身元から話してもらおうか」
「これは失礼しました。私は殿下の兄君であらせられるクフィル・リヨン様の元に客分として身をおいている、魔術師です」
魔術師という言葉が出た途端、護衛騎士たちは瞬時に腰の剣に手をやっていた。
姫さんが「よい」と止めても彼らの手は柄を握ったままだ。
四肢が捥がれていようと魔術師というだけで警戒に値するらしいな。
俺の方はというと、モーションをかけずに静観を選んだ。
少し前の俺なら「じょ、情報ヨコセぇエ‼」と慌てふためいていたろうが、今や概念魔術がどうこうと面倒くさいことに囚われる必要が無くなっているためそうはならない。
姫さんと話し合って判明した新事実により、食べられる豆腐になるためにやるべきこと、進むべき道が、明快な一本の線に定まったのだ。
解決策を得る――ために魔術師を探す――ためにSランク冒険者になる――ためにいろいろする、などというアホみたいな遠回りは、もうしなくていい。
「誤解無きようお伝えしますが、リヨン様は殿下の身を案じておられます。私がリヨン様の意に反し、殿下を害することはありえません」
「……それが真実かはさておき、リヨンの狗が如何してかような姿でここに現れた」
それは俺も気になっていた。どうして死にかけで現れたのだろう。
「ここより南方にあるレークスで、偶然殿下の命を狙う刺客と相対することになったのですが、その者は無敵とさえ思える邪視を有していました。魔術師たる私でさえ力及ばず、こうして手足を落とされたのです――」
おいおい。その刺客やべぇな。
魔術師の強さがいまだにピンとこないから魔術師に勝ったその刺客の強さも全然分からんけど、とりあえずやべぇな。
「――その者はいずれ殿下の前に現れるでしょう。そうなる前に殿下と話しておきたいことがあり、特殊な魔術を使ってここに来たのです」
「特殊な魔術か。気になるが、先に本題に入るとしよう。その話とやらは何だ?」
「率直に申します。殿下の捜しているユーゼス=アルスタですが、彼を見つけることは不可能です」
女魔術師メアレンはハッキリとそう言い切った。
姫さんの眉間に皺が寄る。
「……何が言いたい?」
「ユーゼスはどこにも存在しません。今や別人となって、別の生を歩んでおります。既にいない者を探す間に、強大な刺客が迫ってきているのです」
「ほう……。要は諦めろと。そう言いたいのだな?」
「決めるのは殿下です」
「うむうむ。いいとも。捜すのは止めにしよう」
侵入者の諫言に、姫さんは寛大な態度で応えて見せた。流石は我がマスター。
だというのにメアレンとやらは眉根を寄せて訝しんでいる。
「何か言いたそうな顔だな」
「正直、簡単に応諾いただけるとは思っていなかったもので……」
「ははは! 確かに、狗なんぞのいう事を真に受けるなぞ私らしくなかろう」
「ならばどうして……」
「なぜか? フフ」
姫さんは嘲弄するように笑い、そして告げた。
「既に見つけているのだよ、彼をな!!」
一部の方の視線と、それに追従する視線が、転がるクレイジーボールに突き刺さった。
「うひぃ」
思わず変な声が出た。俺ってこういうとこあるから、直していきたいね。




