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幕間 attract & gramarye

※魔術師メアレン視点

 お世話になっているリヨンの妹君が王位継承のゴタゴタに巻き込まれて……訂正、巻き起こしているので、どうにかするべく出立して、それから三日が経った。


 遠視魔術で覗き見したところによると、妹君一行(を乗せたウドゥドゥ)は大陸中央、ハイダル地方へと向かってきているみたいだ。

 理由は不明。捜し人(ユーゼス)の手がかりを掴んだのか、あるいは手がかりを探しているのか。いずれにせよ、彼に辿りつけるとは思えないが……。


 勿論、根拠はある。

 私と彼は旧知の間柄だ。だから知っていることも多い。


 ユーゼスは特別な力を持っていた。

 今の私は年齢に似つかわしくない体、所謂いわゆる"若々しい"体をしているが、これもその力の恩恵を受けたことによるものだ。

 彼の力は人の容姿を自由に変えられる、という単純なものではないものの、彼自身の容姿を変えるのに不足はないだろう。

 彼はきっとその力で身を隠している。そんな彼をどうやって見つけられる?


 妹君の現状をまとめるとだ。見つかるはずのない捜し人を捜し続ける間、見つけるかもしれないと焦燥に駆られた仔獅子連合が刺客を差し向けてくる事態となっており、それがあまりに不憫でならない。

 妹君の身に何か起こる前に、捜索を諦めるよう仕向けないとね。



 で、今は妹君の元へ向かう道行きの途上。

 野宿を嫌い宿で泊まるために、レークスという国に立ち寄っている。

 ここも仔獅子連合の一国で、獅子王の仔を王に据えた都市国家だ。

 しかし、同じく仔であるリヨンの国と比べると色々と拙さが見て取れた。


 例えば治安の悪さ。

 今歩いているのは大通りなのに、柄の悪そうな連中が十にも満たない少女を囲んでいるのが見える。そして彼らは少女を引きつれ、路地裏の方へと入っていった。

 衛兵にきちんと巡回させていれば、こんな光景は早々見られないだろうに。


「って助けないと」


 己の感情的な側面(人の好さ)に嘆息しつつ、彼らを追って路地裏へ。

 そこで目撃したのは、思っていたのとは全く違った光景だった。


「ウウ……」「い、イテェ……」


 這い蹲り呻き声を上げる男たち。

 立っているのは連れていかれた少女ただ一人。つまり当事者が撃退したらしい。


 今気づいたが、少女の服は詰め襟から膝丈まで体に密着している、いわゆる東国(東の方の国)の武人服で、武術に通じていてもおかしくないことが察せられる。

 それにしても複数の男を相手に、それもごく僅かの時間で撃退など普通ではないが。

 年齢も年齢だ、幼い少女に如何ほどの力が出せるだろう。不思議な光景だ。


「ん?」


 おかっぱ頭の少女が、その黒い双眸で私を捉えた。

 気づかれたみたいだが、こういう時は何と声をかけたものだろうか。

 それとも黙って立ち去るべき?

 そんな私の思いとは裏腹に、向こうから声がかかる。


「助けてくれぇ! 急に絡まれて――」


 その声は彼女のものではなく、蹲る男の懇願だった。

 その声は最後まで届かない。


「黙れ」

「ヴッ!!」


 少女が男の股間を一蹴。

 驚いた。躊躇いなく蹴ったこともそうだが、粗雑な蹴りではなかったことに目を見張らざるをえない。彼女の流麗な脚撃は、洗練された武術家のそれだ。


 少女は男を撃沈させると、こちらに顔を向けた。


「そこの女、誤解してくれるなよ」

「え?」

これはある人物の所在について訊ねていただけだ。こいつらは知っていると答えておきながら、教えないだのとのたまってくれたので吐かせていたまでよ。結局知らなかったがな……」


 歩いてこちらに近づきながら、今の状況について説明してくれた。

 この子、年齢に反して随分と大人びた話し方をする。なかなか苛烈な性格でもあるようだ。

 それに『是』とは、自分の正しさを誇示する一人称だったと思う。昔でも早々お目にかかれず、今は完全に廃れた言葉遣いである。変な子なのは間違いない。


 その子は今、私の何の変哲もない旅装を見ている。


「……旅をしているのか。ならば知らないか? クフィル・ライオネスがどこにいるのかを」

「えっ?」


 ここでそれを聞かれるとは露ほども思っていなかったため、驚いた。

 武術に通じる子が何を目的に妹君の所在を訊ねているのか。

 真っ先に思い浮かんだのは、刺客の存在。


 こんな幼子が刺客だなんて信じがたいと思っているし、刺客でない可能性の方がむしろ高いのに、どうしてだろう、その可能性を捨てきれない。

 "彼女が人を殺めても不思議はない" 改めて少女を見て、そんなことを思う。


「なぜ探しているの?」


 断定するにはまだ早いと、そんな気持ちで訊ねてみると、


「……お前、知っているな?」


 どういう訳か、こちらが妹君を把握していることに勘づかれてしまった。

 剣呑な目つきとなっているが、どうしよう。

 あくまで疑念であって確信は無いはずだ。……ここは知らない素振りで。


「何のこと?」

「吐け」


 刹那、胃が持ち上がり、「うぐっ」嘔吐しかける。

 見えなかったが、痛みが訴える。腹に一撃見舞われたのだと。

 膝を折りたたむように足を引く相手の動作から、足蹴にされたのだと。


 とぼけたのは失敗だった。少女は確信を持って私に問うていたのだ。

 もう覆せない。既にこの子は敵対者となってしまった。

 仕方ない、力尽くで取り押さえよう。


 まず、少女の耳を【遠握ファーグラスプ】。


「む」


 相手はすかさず耳を払った。握ったと同時にだ。見事と褒めてもいい。

 だが、そこに私の手は無い。よって払われない。


 魔術全般を統括する星見の塔、その創始者にして最古の魔術師であるゼオート――またの名を睥睨するアレ――は、塔に魔術の知識を残した。

 いわく、この世界は言語でできており、我々の知覚するあまねく事物・現象は記述として綴られているのだと。


 例えば私が握る際、まず世界に【握る】という記述が綴られる。綴られるからこそ握るという現象が起きる。こうして記述する力を言理と言い、現代では魔力と呼ばれている。


 <握る>魔力あってこその、記述としての【握る】。

 そこには客観的事実がある。たとえ命令式で魔力に論理的誤謬を与え、握る位置を自身の掌から少女の耳に変えてやろうと、たとえそれが物理法則を無視することになろうと、私が【握った】ことは世界が保障してくれている。

 対して少女は耳付近の空気を払ったに過ぎない。よって私の手は払われない。


 そんな訳で、握った耳を思い切り下に引っ張る。

 相手の姿勢を無理やり崩し、そのまま舗装された石畳に横転させた。


「がっ⁉」

「痛かった? これでおあいこ。さらにおまけで――」


 続けざまに、地面についた相手の両手足四箇所をこちらの片足一本で、


「――【四点遠踏フォースファーストンプ】」


 踏みつけ、地面に縫いつけるように拘束する。


「ぐっ! これは、魔術師!」

「御名答。暴れないで」

「お、重いッ」


 少女は自分の体を持ち上げようとするが、私の足が取り外し不可能な重しとなって押さえ込んでいる。大人と子供の力の差は比べるまでもない。これでもう動けないだろう。


「一応確認しておくけど、クフィル・ライオネスを殺すつもりでいるの?」


 それに対し、彼女はにやりと口角を歪めた。


「その通りだ。お前から居場所を聞き出した後でな」


 瞬間、少女の姿がふっと消え――「がっは!」背中に痛烈な衝撃が伝わった。

 吐血するほどの重い一撃は、大人の自分を優に六フィーテ(腕6本分)は飛ばしてくれた。

 不格好ながらも踏ん張って転倒を避けると、即座に振り返り追撃に備える。しかし追ってこなかったので、血で濡れた唇を肩布で拭いながら疑問を口にする。


「どうやって魔術を振り切って後ろへ?」

「ミアスカ流回避術だ」


 悠然とした態度で相手はそう言うと、今度は正面から襲い掛かってくる。

 ミアスカ流? 初めて聞く流派だが、純粋な武術でないことは確かだ。

 でなければ魔術を破るなど到底考えられない。

 どういった種なのか明かしたい気持ちはあるが、私欲は後回しだ。まずは向かってくる敵を無力化する……!


 有効と思われる攻撃を瞬時に模索。うなじを撫ぜる風を感じ取って、これだという手段を見つけた。あとは実行だ。


 難易度の高い魔力抽出――<移す>魔力を引き出し、魔術神経を通して命令式を書き込む。

(<移す>三重加トリプルアッド-空間置換/直交座標固定/座標変換)

 そして<移す>魔力は【移す】記述となり、記述は現象となる。


「――【転移テレポーテーション】」


 自室のビーカーに栓で密閉されていた調合気体を敵手の接近ルートに転移、風下に拡散させる。

 凶暴な猛獣さえ一瞬で無力化できる神経毒である。吸入すればたちまち体が痺れ、ピクリとも動けなくなるはずだ。


「――ウ」


 まんまと少女は吸った。細く小さい身体は弛緩するように倒れる。

 やったかと安心したところで、倒れた体がピクリと動く。


「ミアスカ流克復術」


 次の瞬間にはすっくと立ち上がり、何事も無かったかのようにまたこちらへと向かってくる。非常に非常識極まりない。

 やはり純粋な武術ではないのだろう。魔術を破り、神経毒をも耐える者であれば、候補は特異魔力保有者か邪視者じゃししゃのいずれか二択。


 彼女の自己中心的ふるまいから察するに、恐らくは邪視者じゃししゃ――。

 それも、見つめる世界を変貌させる邪視者ファシネイターではなく、自らを見つめ自らを変貌させる邪視者アトラクター


 邪視者は確固たる独自の世界観を持っている。妄執と言いかえてもいい。

 高じた妄執は<見る>魔力に深刻な誤謬を犯させ、間違った記述を綴らせる。

 固有の世界観で既存世界を塗り潰し、認識領域を支配するのが邪視者の本領。 


 そんな邪視にはより強固な世界観を持った邪視を以って対抗するのが一番なのだが、力の多寡以前に私は邪視者ではない。なれもしない。邪視者とは言わば、異なる現実を見ている妄想狂。論理を尊ぶ魔術師は邪視者の資質が著しく乏しいのだ。


 しかし嘆くことは無い。熟練の魔術師にとって人間の邪視者など取るに足らない存在である。

 世界を映しだすたった二つの視界を奪えば、邪視は発動できない。

 即ち、眼球を潰せばいい――のだが、気が引けるので眼球圧迫による血流阻害を狙う。両目を絞る様に握ってやれば、一時的な失明を引き起こせる。


「【二点遠握ダブルファーグラスプ】」

「――ミアスカ流眼球硬化術」


 硬い石を握っている感覚しかしなかった。

 徐々に、いや駄目だ、一挙に力を強める。


「無駄だ。ミアスカ流は全てに対応する万能兵法。小手先に頼る魔術師などトントロポロンに等しい」


 まだ幼い少女が魔術師を雑魚呼ばわりだ。それを不遜と呼ぶには、彼女の邪視はあまりに強すぎた。

 『ミアスカ流は何にでも対応できる』という絶対的な確信が、視覚の綴る記述を変幻させ、実際に何にでも対応している事実を作り上げている。

 どのような環境で育てばそのような確信が得られてしまうのだろうか。異常な環境なのは間違いない。


「あなた、どういった境遇で――」

「ミアスカ流脚撃術」


 会話に興じる気は無いらしい。

 体感時間を引き延ばす思考加速魔術で主観時間を遅滞させてもなお、反応するのがやっとの脚撃が飛んでくる。

 格闘戦は正直苦手だ。とはいえ、魔術師は魔力把握のために身体操法を知り尽くしている。一流を自負する魔術師なら、例え苦手であろうと一流の武術家と同じ動きができる。


「はぁっ!」


 薄布のスカートを大きく舞わせて蹴り脚を繰り出す。初撃を難なく捌くと、即座にもう片方の足で手加減無しの下段蹴り。元々の身長差もあり、必然的に少女の腰上に足がいく。

 防御しにくい部位への攻撃に相手はどう出るのかと思えば、私の足の上を体を横向きに跳躍して躱して見せ、その体勢で蹴りを放ってきた。身のこなしが軽い!

 いなすようにそれを受けるが殊の外強烈な一撃で、速さは言わずもがなだ。足業はまた次の足業へ移り、二手三手交わす間に劣勢に追いやられていく。体格差ではこちらに分があるはずなのにだ。


「いつまで凌げるかな?」


 余裕の笑みを浮かべる少女は一流以上の武術家であった。

 天賦の才によるものか、邪視の力かは分からない。だが結果としてこちらが翻弄されてしまっている。


 間に合わぬ防御。その蹴りは剣閃と何ら変わらぬ鋭さでパックリと肉を裂いた。

修復レストア】で何とか持ち直すものの、このまま格闘勝負につきあっていれは早々に敗北するだろう。やはり魔術師は魔術を以って敵を退けるべきだ。


 恐らくは、いける。いって……‼


「【転移テレポーテーション】」


 ふっと少女の姿が消える。

 私の手で消した。転移、成功……!


「ふう……」と疲れに息をつく。

 相手がとても幼かったことが功を奏した。25クロームという重さ制限さえクリアできていれば、人間だろうと転移魔術で飛ばせる。遠ざけられるのだ。遥か遠い別の場所へと。

 今で制限ぎりぎりだった。次に少女と会うことがあれば多少なりとも成長しているはずだ。もうこの手は使えないだろう。


「もう会いませんように」

「また会えたなごきげんよう」


 驚きに息を吞む時間すら無かった。背後から二度目の痛打を受ける。


「がはっ!?」


 そんな、どうして――⁇

 手応えはあった。確実に転移は成功したはずだ。


「ミアスカ流帰還術。是はまだ居場所を吐かせていない」


 邪視による絶対の対応。転移に対する再転移。

 こんな理不尽な存在がいようとは……。

 どうやら、本当の本当に我が身が危うくなってきたらしい。


 私には人生を懸けた目的がある。

 こんな全く関係ないところで危機に曝されるわけにはいかない。

 それに、危険なことはしないとリヨンに約束もしている。


 もう手加減なんて危険な真似は止めだ。

 私は決めた。幼い少女の眼球を、私の勝手な都合で切り裂く覚悟を。

 全てを切り裂く架空の剣で――――。


「【転移アポーツ】」


 手に握るのは、地位(守護者)を代償に猫騎士ティッタン・タッティンから得た、猫剣グリファルマルカ。父母、そして妹を玩具のように弄んで害した八王竜が一体、矛盾竜ロワスカーグへの復讐の切り札。

 出番はまだ先のはずだったが、嬲られるわけにはいかない。使わせてもらう。


「剣など出したところで……フ」


 少女の嘲りが今は有難い。彼女は油断している。邪視による全能感がそうさせている。実際は無敵でないことに気づいていないのだ。


 これまで彼女は、私に意表を突かれることが多々あった。結局は対応しているものの、向こうが予想だにしない先手の一撃は必ず通っている。

 その先手の一撃で眼球を破壊できれば無力化できるはずだ。

 眼球を硬化して守っている様だが、幸い猫剣グリファルマルカはどれだけ硬かろうと斬ることができる。


「抗う気でいるようだが、果たしてそれは正しい選択か?」


 ――来る。一振りの剣を手に身構えると、相手を迎え撃つべくこちらも一歩踏み出そうとして――その時、思いがけないことが起こった。


「喧嘩は駄目よ!」


 私と少女との間に身を滑り込ませてきた存在。

 女性のような口調だが、男性特有の低い声。悪無オネエだった。

 元は少女にされて蹲っていたはずの男。球を潰されていたのか。


 ――悪無オネエ。男性が持つ(l'oeuf)を失ったその存在は、画一的に善という理念に基づいて行動する正義の代行者。人当たりも良く、市井では愛すべき隣人として受け入れられている。喧嘩の仲裁も善行の範疇というわけだ。


「邪魔だ!」


 ミアスカ流の少女が闖入者を横に蹴飛ばす。体を壁に打ち付けられる悪無。

 ――これは使える。

 その一瞬で、私は大事な猫剣を少女のもとに優しく放り投げた。


「どうぞ」

「⁉」


 少女の眉間に険が出来る。私が敵に武器を寄越すという行動が理解できず、戸惑いが見てとれた。

 そして剣は掴まれる。横から伸びてきた悪無の手によって。


「な」

「遅い」


 私は悪無の体を使い、腕を横一線に振り抜く。

 猫剣の切っ先はスッと両目に断裂を走らせた。


「ぐゥう!!!」


 唸る少女。

 やったわ――私が言うと、悪無の口から「やったわ」と低い声がした。


 アストラル投射による人体乗っ取り。私は今、悪無の中に入っている。

 悪無が魂なき存在であるためにできる芸当である。


 そう、限られた者しか知らないが、悪無になった者は魂を失っている。にもかかわらず動いている。

 伝え聞くところの、猫の国のオネエとは完全に異なる、行動を模っただけの現象。


 悪無は人と語らい、泣き、笑い、心があるように振る舞うが、胸の内では何の感情も抱かない。

 世界に記述するのではなく、されて(・・・)動く肉人形。

 風が吹くのと同じように、物理的に人同然に動く物体。


 猫の国の言葉で哲学的ゾンビと呼ばれる存在に成り果てている。


 それゆえに容易く乗っ取れる。人体を操作する魔力の上位レイヤー、魔力を操作するアストラル体――魂とでも言うべき感覚体を投射することによって。


 だが、基本的に他人の体は合わない。絶えない違和感に人は耐えられない。

 即座に元の体へと戻り、自身の目で世界を見通す。


 少女の閉じられた両瞼からは血が流れ、頬を伝っていた。

 まだ幼いのに失明なんて酷なことをしたと思う。常人では手に負えない刺客だったので、妹君のことを思うと放置できるわけもなく、こうするしかなかったのだが。


「命だけは見逃してあげるから、もうクフィル・ライオネスに関わらないで」

「……ク。クフッ、それはそれはお優しいことだ」


 少女は、「だが」と言葉を続けると、


「是は見逃す気など無い。ミアスカ流再生術」

「――――嘘」


 開かれる瞼。無傷の眼球が爛々と私を射抜く。


「見てくれの目は然して重要ではない。是には心眼がある」


 視覚以外の四感を研ぎ澄ませて物を視ている、という話ではない。

 邪視を発現するには必ず視覚でなくてはならない。

 つまりそれは、少女が眼球以外に視覚を有していることの証左。


「こ、心に視覚があるとでも……?」

「是は只人とは違う」


 人間は目と言う感覚器を通してでしか<視る>魔力は使えない。他の感覚器では代替できない。それが常識。ましてや心など無形の代物でしかない。

 しかし常識外の存在もごくまれに存在する。

 特異魔力保有者――本来持っているはずのない、他の生物の魔力を有して生まれた者たち。


 体から火を出せるパイロキネシスト。

 空間座標の誤謬、空間のゆらぎを観測できるゲートルーラー。

 生物の心を掌握できるテイマー。

 常人には干渉できない不可思議のエネルギーを操るジェダイマスター。エトセトラエトセトラ。

 そこに心の目で視る者が並んでいても不思議はない。


 仮に少女がそうであるとして、いや、そうであることは間違いないとして、物理的に破壊不可能な目を有した邪視者アトラクターということになってしまう。

 打倒する術は、皆無。その事実は、一切の容赦を捨てるには十分だった。


 即座に少女の頸椎を魔術で【捻り】、ねじ切る。首が不自然な向きに傾き、少女は無惨な骸へと変じた。が、まだ足りない。一応と肺、心臓を潰し、そしてこの場を全力で離れる――。


「ミアスカ流再生術」


 後ろからそんな声が聞こえてきたが、今は振り返っている時間すら惜しい。逃げおおせなくては。

 私が今やるべきは、あの少女に妹君の情報を渡さないことだ。情報を渡しさえしなければ、居場所の特定に時間を費やしてくれるだろう。

 その内にクフィル・ライオネスの元に辿り着いて説得を完了する。それでこの件は終わりだ。


「――ミアスカ流脚撃術」

「【転移】」


 背後に接近した脅威を空間ごと切り取って別の場所へ飛ばした。

 座標は人間の活動領域外、宇宙空間。

 極限の環境下において人体は瞬く間に酸素欠乏と凍結を起こし、死に至る。

 期待はあまりしていないが。


「ミアスカ流帰還術」


 ほらね。また飛ばす。


「【転移】」

「三度目は無い――ミアスカ流回避術」


 座標指定マーキングを避けられた。ミアスカ流は何にでも対応してくる。


「逃れられんぞ」

「手足を捥がれても逃げ切って見せるから」

「それは見ものだ」


 私は死に物狂いで、都市に並ぶ家々の屋根を駆ける。強化された脚力は、蹴った赤瓦を砕くほどだ。だが――。


「フン!」


 少女はいとも容易く追いついてみせると、スリットから大きく露出した脚を豪快に伸ばして私の右腕を裁断し、次に左腕、両足を立て続けに飛ばしていく。あっと言う間に出来事になすすべもなかった。


「だるまの完成だ!」


 夥しい量の血を四肢の欠損部から出しながら自然落下。

 地面に仰向けで叩きつけられ、受け身などとることもできずに後頭部を強打。

 五体不満足。まさに死に体。体中余すところなく痛い。意識も朦朧としてくる。


「さあ、居場所を吐け。吐くならば、ミアスカ流縫合術でお前の体を元に戻してやろう」

「……く……ウッ……」

「考える時間は無い。十秒後には出血多量で死ぬぞ。九、八……」


 こんな幼い少女が、こんな冷徹な目を、死にかけの私に向けている。


「七、六……」


 彼女の言っていることは真実だ。

 すぐに止血しなければ循環系は機能を止め、死ぬだろう。


「五」


 彼女は直前で助けてくれるだろうか。分からない。


「四」


 霞ゆく視界。


「三」


 薄れゆく意識。

 ここが限界点。


「死ぬ気か」

「いいえ、【転移】」



***



「ウゲエエエエーー!!!」


 視界が移り変わった途端、騒がしい声が耳をつんざいた。


「スプラッタ! ゴア表現! アールジューハチ!」


 真っ先に魔術で止血を済ませると、ひとまず騒音は無視して状況整理だ。


 ここはカリドゥウドゥドゥ背部に設置された建造物内部――のどこかの一室。

 人体欠損、失血により<移す>魔力の重量制限25クロームをクリアし、自分自身をクフィル・ライオネスの居所へと転移することに成功した。

 そして、あの少女はこの場に現れていない。


 ミアスカ流は何にでも対応するが、こちらから働きかけなければ対応以前の問題になるからだ。受動的にしか対応できないことは、これまでの行動から推測できた。確信はなかったが、実際にこの場にいないということは、そうなのだろう。


 半ば狂気の賭けとなったが、上手くいってくれてよかった。

 四肢欠損を誘導したとき、簡単に引っかかってくれたのは本当に助かった。

 駆け引きの面は年齢通りに未熟らしい。


「おい? おーい? し、死んでる……」


 おっと、反応しなくては。

 だるま状態だが何とか首を持ち上げると、声の主に話しかける。


「いきなりごめんなさい。血肉になる食べ物が欲し……い……うん?」


 誰もいない。部屋には私と、私の周囲をコロコロと忙しなく回る謎の球体があるだけだ。


「あの?」

「お、おう⁉ よくワカンねーけど血肉になる食べ物持ってくりゃいいんだな⁉ トントロポロロンズ持ってくるからちょいと待ってな‼」


 謎の球体から人の声が発せられた。

 そして球体はコロコロと部屋の扉へと向かい、ぶつかる。


 ガン!――勢いよく開かれた扉。

 跳ね返されるかと思いきや、見た目に反して凄い力だった。

 そして球体はコロコロと扉の向こうへ転がっていった。


「……何あれ」

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