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4・暗き海の支配者

「 ゚̡̨̩͔᷁ͦͮͪͭ̍҈߳̀߯ͥL̷̨̫͙҃̊̎̈́߬ͥͬ᷅͒̃᷆ͨ᷀߭᷄̚͡͞ 」


 聴覚が汚染されそうな謎言語が、すぐ後ろを疾駆する巨体から発された。

 レース開始早々、何か仕掛けてくるようだ。


「ラスカリオンの名において命じる。眷属たちよ、我が下に馳せ参じよ!」

「何っ⁉」


 謎言語は召喚魔術だったか!

 決闘で仲間を召喚するだなんて、奴にプライドは無いのか⁉

 いや、奴は『命を賭した戦い』と言った。全身全霊、何をしてでも勝ちにくる覚悟なのか。


 そして、奴の周りには何体もの竜が現れ――ない。影も形も無い。


「一体も来てねぇじゃねーか!」

「じきに集まってくる」


 なんだ、その場で現れる形式じゃないのか。

 空間が割れて出来た次元の狭間から、ズズズと姿を現す感じだと思うだろ普通。

 それが実際は、遠くの仲間に呼びかけただけって……。

 『俺んち集合!』って友達にメール送るのとあまり変わらない気がする。


 ――って、ノンキに構えてる場合じゃねぇ!

 敵が増えたら妨害は必至だ。邪魔のある俺たちと邪魔の無いラスカリオン、どちらに分があるかは一目瞭然! まだ来ていない内に距離を稼がないと!


「うおおおおお!!!」

「既に最高速度だろう? いくら気合を入れようと無駄だ」

「ぐっ」


 ぐっ、とか言っちゃうあたり完全に図星であった。

 当然 差は広がらず、このままでは拙い。何か手段を講じる必要があるが、速度を上げる手立てがパッと思いつくはずもなく……いや、逆転の発想だ。


 ――奴の速度を落とす!


「これでも喰らいな!」


 ボヘッ!

 尻からボヘ砲を発射。威力はフルで。どうだ!


「…………む?」


 微妙な反応。かろうじて攻撃されたことに気づいたって感じだ。

 俺たちの攻撃は蚊に刺される程度ってか? 正直言ってショックです。


 ――だが、思いがけないメリットを見出した。


「僅かだが、ボヘ砲は速度のブーストに使える……!」


 空気抵抗の無い今、噴射ボヘの反動は加速を手伝ってくれるみたいだ。

 ならば連続で――ッ!


 ボヘボヘボヘボヘボヘボヘ(以下繰り返し)


「ハッハー! ブーストブーストォ!!」

「何ッ、速く!??」


 グングンと両者の距離が空いていく。パッと見は離れてないが、それは奴が大きすぎるせいだ。まだ後ろから壁が迫ってきている感覚は拭えないものの、距離にして3kmは離せただろう。


 一瞬でも止まれば挽回される距離だが、止まりさえしなければこの差はデカイ。

 そして、まだまだ距離は空いていく。


 奴は追いついてこない……何だか拍子抜けだ。

 レースを持ちかけてきたクセに、まさかスピードに伸びしろが無いなんてな。

 あの巨体をあの速度で動かしているだけで十分無理をしている……のか?


 今以上に速くなれないのなら、奴が勝つには俺たちの速度を落とすしかない。

 ああ、そのために援軍を呼んで妨害しようって腹か。


 じゃあなおさら、今の内に差をつけないとな! 先いかせてもらうぜ!


「ユーゼェエエス!!!!」

「一人で鳴いてな。あばよとっつぁん」


 後ろで吼えてる竜は放っといて、ただひたすらに直進していく。




 そして俺たちは、一足先に次のステージへ移ろうとしていた。

 視線の先、大地が途切れた向こう側には、一面に広がる大海原。


「墨汁みたいな海だな……」


 呟く間に大地とはオサラバし、海上を疾駆する。

 眼下に映る景色は、どう見ても真っ黒なのだった。


 そう、この世界の海はやたら黒い。

 メチャクチャ汚いとしてもこうはならないだろうから、多分デフォで黒いのだ。

 ヒューマンどもが日々摂取する水はそれなりに澄んでいるのに、おかしな話だ。


 なぜ海水だけ黒いのか。聞いた話によると、ハザアレのせいとかなんとか。


 ――狭間に棲まう大いなる者《haz-alle》。

 本大陸と亜大陸を結ぶ海路の、ド真ん中にたたずむ海魔。

 海の支配者といって差し支えない巨大生物だ。


 海に面した村々の者たちは、ハザアレを死の象徴として崇めている。

 海水が黒いのは、ハザアレと接することで水が死んでしまったからだという逸話もあるが、それが本当かどうか定かではない。


 どんな姿かは見たことないので分からないが、遥か先に海面からせり出している何かが見える。

 恐らくあれがハザアレ――このレースの折り返し地点!


 まずはあそこを目指さなくては。

 ――と、その前に。


「GaA、ナンダアレハ⁉」


 前方。横合いから通せんぼするように、眷属竜が単騎で出現!

 俺たちの姿(↑)を見て驚いているようだが、このまま振り切れるか?

 いや、奴もドラゴン警察だ。領空を飛行する不審物を易々(やすやす)と見逃すはずもない!


「減速せずに倒すぞ!」

「「「(ぷる!)」」」


 幸いこの竜は一般的な校舎サイズだ。いける。

 トントロポロランスでドテッパラぶち抜いてやる!


「ゴッドバードアターーック!!!」

「ナッ⁉」


 青い光子を撒き散らす穂先ソードエッジが竜の腹を穿つ!

 ズブッ、体内に入り込むと視界が血の海。グロすぎて豆腐汁が漏れ出る。

 またズブッ、今度は青々とした空が広がっていた。脱出成功‼


「ゴバァアアッ!???」


 ドッパァアアン! 俺たちの後方で黒い水しぶきが上がった。

 腹と臓物と背に穴があいた竜は海面へと墜落したようだ。落水! LOSER(ルーザー)


「見たか、これがウチらの力や!」


 最強種と謳われる竜をこうも容易く屠れるなんて、俺たちは強くなりすぎたようだな。フフ……。


 ――などと調子に乗っていた矢先。


 ドッパァアアン! 同じところでまた水しぶき。

 は? 何で二度も…………まさか!!!


 予感は的中、跳ね上がる水しぶきの中から先ほどの竜が現れた。


「GoアAAaAA----!!!!」


 倒したはずの竜が、体の穴を塞いで復活‼


 ふざけんなよマジで。まあスピード的に俺たちには追いつきそうにないが。

 サヨウナラー!

 でも、俺たちが折り返し地点に行ってまた戻ってくる時にぶつかるだろうなあ。

 なので俺は吠えた。


「次は殺す! 覚えていろ!」


 なんか負けた方の捨てゼリフみたいになってしまったが、とりあえず宣言はしておいた。

 次に対峙した時は頭をブチ抜こうと思う。




 さて、特にアクシデントもなく順調に距離を稼げたおかげで、迫りくる壁のようだったラスカリオンは1ピクセルのドットにしか見えなくなった。

 逆に、あやふやだったハザアレの全景がくっきりとしてきた。


 ハザアレさん、ヤバイわ。山の如きラスカリオンより二回りはデカイ。

 その見た目はというと、つなのように結われた赤茶色の肉塊が横に広がっており、肉塊の両端がまるで手のように、二つの晶眼を海面より上に持ち上げている。

 これまで見てきた木っ端モンスター共のどれにも当てはまらない、明らかに単一の種だ。


 ホント生態系めちゃくちゃすぎて笑える。

 まあ宇宙からいろいろ降ってきてるっぽいから、こういう生物がいても何らおかしくないけどな。


 で、あの晶眼――結晶のように無機的で、透明な被膜に覆われた眼球なんだが、何だか瞳がこちらをタゲっている気がする。

 マズい予感しかしない。だが引き返すわけには――ああ、マズいっ、


「邪視が来――」



 ――瞬間、世界が凪いだ。



 海原を揺れ動いていた波はピタリと静止し、ついでに俺たちも静止し、まあ、端的に言えば、時が止まった。止められた。


 そんな中で、ハザアレの右側にある晶眼の被膜だけがボコボコ、ボコボコと沸騰するように泡立っていた。


 なるほど。ハザアレの目は動くが、目に映る領域は動かない。理解した。

 時間停止じゃなくて、視界内の運動を停止させる邪視か。


 これ、もし俺たちが豆腐じゃなかったら、心臓とか神経活動とか止められて即座に死亡ゲームオーバーだったやんけ。豆腐の神スペックに助けられたわ……。


 海が黒い理由も分かった。それは――いやそんなこと考えてる場合じゃねぇ!


 どうやら邪視の範囲外は普通に動けるようで、ハザアレとは反対側からラスカリオンが飛んで来ているのが見えた。それも群れをなして。

 俺が一度倒した竜を含め、十体はいる。


 奴らは邪視の範囲内に入ってこず、そのもっと手前、普通に波が立っている場所で止まった。ハザアレの邪視を理解している……。

 

 そして竜どもは、全員が魔術(多分)で海水を操り、黒い槍を生成した。

 元が海水なのに、見るからに硬そうだ。

 さらに、各々が自らの爪を溶かし、その竜の爪で槍の表面を加工、完成。


 完成した槍をこちらに向けて投げつけてくるが、それは俺たちには届かない。

 槍は停止領域に入った瞬間にピタリと止まり、宙にストックされる形となった。


 さりとて、竜共に悔しがる素振りは微塵も無い。

 そうなって当然という態度で、また新たな槍を作っては投げつけてくる。


 何がしたいんだ。無駄なのに。

 どんどん作って……どんどんストック……どんどんストック!!?


「             」


 DIOの時止めナイフみたいな真似はやめろォーー‼ と叫ぼうとするも声が出ない。

 音は振動、すなわち運動だからな。この領域内において運動は全て停止される。声も出んわ。


 や、声はどうでも良くて、竜共の狙いが分かってしまった!


 もはやこれは確信だ。邪視が解かれた瞬間、宙にストックされた何本もの槍が俺たちを貫かんと飛来してくるだろう。

 停止領域に触れた槍の先端部が止まっているだけで、外側には運動エネルギーが残っているからな。今は一時停止ボタンが押されているみてーなモンだ。


 完全に止まってしまっている俺たちは、邪視が解かれたと同時に飛来する槍を、邪視が解かれたと同時に防御か回避しなくてはならない。もし間に合わなければ豆腐の体は崩れ、レースへの復帰は絶望的になる。


 俺たちが再生に時間をかけている間、ラスカリオンはハザアレに察知されないように大きく迂回して折り返し地点をクリアすることができる。


 ラスカリオンはワザと俺たちを先行させてたんだな。

 邪視という罠に嵌め、こうして攻撃するために!


 嫌な予感はあったのに、レースで急かされてたせいでやられちまったぜ。

 心理を上手く突いた見事な作戦といえよう。敵ながらあっぱれだな。


 だがまあぶっちゃけ、あの槍程度なら余裕で防御できるだろうとは思っている。

 正念場は防御の後。ハザアレの邪視に再び囚われないよう脱出しなくちゃだな。 


 …………。


 さて、まだ邪視は解かれない。

 ハザアレも俺たちが死んでないのが分かるんかね? まだ目をボコボコしてる。

 一方ラスカリオンだが、さっさとグルッと範囲外を周ればいいものを、その場でたたずんで待っている。


 タダたたずんでいるワケではない。

 眷属竜どもに、宙にストックされた槍の柄尻をトントン叩かせている。


 何がしたいんだ。ええ?

 SOSのモールス信号打つみてーに何度も叩いて……あ、ああっ!!?


「             」


 クラフト・ワークの物体固定&運動エネルギー蓄積コンボみたいな真似はやめろォーー‼ と叫ぼうとするも声が出ない。


 あれだけ叩かれてはアホみたいな運動エネルギーが槍にストックされていることだろう。槍は相当丈夫らしく、壊れる気配は無い。

 ということは、邪視が解かれて貯まった力が解放されるとき、それは加速に変換されて凄まじい速度で槍が飛来することなる。

 果たして俺たちは……それを躱せるのだろうか?


 また、速度が高まれば威力も高まる。

 滑折歪曲で凌げる威力とはとても思えない……。


 ああ、俺はようやく、豆腐の肌に染みて理解した。


「            」


 この勝負、こちらも命を賭けなくちゃあ負けるッ‼ と叫んだのに声に出なかった。

 カッコつけることすら許されない――それがハザアレの邪視領域……!!!

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