4・常闇と光明
連続投稿2話目
ギョアアアーー!
室内には声にならぬ絶叫が震え響いていた。
「すごいぞ、マロゾロンド!」
俺たちは今、姫さんにハグされている。
少し、いや、かなり強めにギョアアアーー!
「これ以上は崩れちまう……‼」
「おお、すまなんだ。夢のような体験ができてはしゃいでしまったぞ」
「そ、そうか。それは良かった」
俺を部屋へ連れ込み何話すのかと思ったら、脱がされて襲われちまってた。
やっぱ顔が良いってのは得だよな。姫さんがブサイクだったら俺殴ってたもん。
「やはりトントロポロンなのだな。触感で分かる……」
ぷにぷにと俺たちの体を触りながら姫さんは呟くように言った。
やはり俺の見立ては正しかった。
姫さんはトントロポロロンズだけでなくトントロポロンへの深い造詣も持ち合わせている。俺たちトントロポロンにまでその愛が及んでいるのだ。
巷じゃ害獣扱いなトントロポロンだが、もともと両者に大した差は無い……食われるか食われないかの差しかな。
それを分かってくれる姫さんを俺は大事にしていきたいと思う。
「もっと触れてよいか?」
「ああ、俺の体は自由にしてくれてかまわないよ。顔の中央にいるのが俺ね」
「マロゾロンド……おお、愛しい存在よ」
ずいっと姫さんの顔が近づいてきた。かと思えば、そのまま衝突した。
ズキュウウウン! お、俺のファーストキス~~!
「はむっ」
キスなんてチャチなものじゃあなかった。
顔担当の俺は、なんと姫さんの唇で食まれていた……‼
馬鹿なッ、トントロポロンの味は人の味覚とは相容れぬはず‼
「マズくないのか⁉」
「不味いぞ。だがクセになる味だ。軽く食む程度ならな」
「なんと……!」
被食の魔力をこの身に宿すまで誰にも愛されないと思っていた。
だが違った。こんなにも美しい少女がはむはむしてくれたのだ。
う、嬉しい! こんなにも……嬉しいのか。
今でさえこんなに嬉しいのなら、美味しく食べられることになったら嬉しさで死んでしまうのではなかろうか。
そうか……そうか!
食べ物にとって食べられることは使命ではなく、ただただ幸福なことなんだ!
俺は悟りをひらいた。ひらきついでに提案した。
「もし良かったら、みんなにも同じようにしてくれないか」
「良いのか? ではそうしよう」
嫌がる素振りが微塵もねェ……豆腐界隈に舞い降りた天使だぜ。
許可を頂いたのでマロゾロンドの体をばらけさせると、団員たちが群がるように姫さんの元へ殺到していった。
「アッハハ! こんなに人なつっこいトントロポロンは初めてだ!」
「こいつらみんな、食べられたいって気持ちを持ってんだ。野良のトントロポロンだってそうさ。ちょいと暴力的なのは少しグレてるだけなのさ。なのに害獣扱いされるからよ、何とかしてやりたいって思ってる。魔術ならどうにかできるかもしれないらしいが……」
「はむっ。概念魔術のことか? はむっ」
なっ⁉
「知っているのか、雷オネス!」
「少しだけならな。なんとも胡散臭いものだが……はむっ」
「何でもいい。教えてくれないか」
「知っていることであれば幾らでも話そう。といっても、はむ、そう多くはない」
ワラワラと団員に囲まれた姫さんは、豆腐を口に添えながら語る。
「その昔、"睥睨するアレ"と呼ばれた魔術師の始祖が、モノの仕組みや在り方――すなわち概念を世界単位で変える魔術を振るったという。はむっ。それを概念魔術というらしいが、しかし――」
しかし?
「本人以外の誰もがそうした術が行われたことを認めておらんので、はむっ、本当に概念魔術が存在するか分かったものではない。仮にあったとしたら、おかしいと思わんか? なぜ全生物の大敵たるパンゲオンが今の世でも野放図にされている? なぜ睥睨なるアレは死を拒まずにこの世を去った? 概念を自在に操れたなら、これらは解決できたはずだ…………はむっ」
「――なるほどな。あるというには証拠がないのか……」
概念魔術なら食べられる豆腐になるという目的を叶えられそうだが、実在を疑うレベルだという。目的に近づいたのか遠ざかったのかよく分かんねぇな。
「その知識はどこから得たんだ?」
「昔父上に仕えていた魔術師から。はむっ。今は……もういない。これ以上の情報を得たいのなら別の魔術師をあたるしかないが、奴らは表に出てこんからな……はむっ……居所は冒険者ギルドくらいしか掴んでいないのではないか? は――むっ! こやつは⁉」
次の団員を手にした姫さんはその団員を見て驚いた。
「模様が違うぞ! ユ、ユニークトントロポロンではないか‼」
顔が違うやつ、ユニークトントロポロンて呼ばれてんのか。初めて知ったわ。
それにしてもすごい興奮してるな姫さん。
「そいつ以外にもいるぞ。ほら、そことかそことか」
「お、おお!? おおお!!?」
「珍しいのか?」
「珍しいなんてものではない! 私とて初めて見たわ! 各地を回る冒険者ですら、そのほとんどが一度も遭遇できずに生涯を終えるという目撃例の少なさだぞ。遭遇できたとしても、常軌を逸した逃げ足がため一丁も討伐されたことがないのだ」
はぐれメタル的な認識されてんのね。いや、はぐれメタルは意外と簡単に遭遇できるからもっと稀有な存在なのか。
「……くれぬか?」
「えっ」
姫さんは今手に取っているユニーク豆腐戦士をくれと言った。
「欲しいのか? う~ん……」
[◔◞౪◟◔]「(ぷる!???)」
俺が悩みだしたことに焦るティドロソフ。おおいに焦ってくれ。
団員ナンバー006.ティドロソフは一言でいうと怠惰な奴だ。基本動かない。
マロゾロンドの腹の中担当ゆえに何も動く必要がなかったのが運のツキ、コイツはサボるということを知ってしまった。
みんなが動くから自分一丁くらいは動かなくてもいいだろうというフザけた考えが根付いてしまっているのだ。
しかもサボり方が尋常じゃあない。
分離して依頼をこなす際、毎回負傷してすぐ集合地点に帰ってくるやつがいて、俺は「しょうがないね」と安静にしているよう指示していたのだが、それが全てティドロソフだと気づいたのは奴の顔が変わってからだった。
――サボるために自作自演で傷を負っていたのだ、コイツは!
名前の由来は映画「ホワイトアウト フローズン・リベンジ」の登場人物、イエティ愛好家のドロソフから来ているが、詳しいことは映画のネタバレになるので心に留めておこう。
[◔◞౪◟◔]「(ぷる? ぷる⁉)」
冗談だよね? 冗談だよね⁉ と姫さんの手の中で震えておられる。
ああ、冗談だよ。
「悪いがくれてやることはできない。大事なマロゾロンドの一部なんでね」
「これもマロゾロンドだというなら貰うわけにはいかんな。食むだけにしよう」
はむっ。
[◔◞౪◟◔]「(ぷるぷる)」
歓喜に震えてらっしゃる。良かったな?
そんなこんなで翌日になってヤッベ冒険王捜索プランなにも考えてねェ――などという、いかにも低能主人公のやることじみた展開だけは御免だと、俺は姫さんの部屋を早々においとました。
マジ完璧なプラン立ててやっぜとルンルン気分でウドゥドゥハウスの外に出る。
時刻は夜。
ウドゥドゥの広い背から天を仰ぐと、ちょうど太陽がクラインフィニティの胎盤に覆い隠されたところだった。
周囲から一切の光が失われてゆき、訪れたのは常闇の世界。
月明かりに照らされることのないこの異世界で、常闇の中を自在に闊歩できるのは夜の住人をおいて他にいない。例えば豆腐とか、ね。
人間じゃあ松明に火を灯して行く道を照らしても、せいぜい二、三歩先が見えるくらいだろう。光源の集まった場所でないとまともに歩くことすらできやしない。
それくらいめっちゃ真っ暗なワケだが、俺たちは全然平気で、むしろ闇に包まれるとあらゆる感覚が冴えてくるくらいだ。
考え事をするにはもってこいの環境――てなわけで、ちょっくら名案考えやす。
ポクポクポク……ん? なんだあ、ありゃあ?
三メートル頭上、何の変哲もないはずの空間が変に揺らいでいるように見える。
ジッと見るが、一向に揺らぐままだ。
――ハッ⁉ 俺はハッとした。
もしや、お、お、おば……
「ヒャアアーーー!!!」
絶叫しながらスイ~。すぐさまハウスに逃げ帰るとマイルームに閉じこもりプルプル震えながら夜を明かした。
「おばけ怖いおばけ怖い……」
明朝。
ふう、もうおばけもいなくなったに違いねぇぜ!
「太陽サンサンサンシャイン!」
俺たちは意気揚々と部屋から出た。
お、広間にチラホラ野郎どもが集まってんな。
ヤッベ冒険王捜索プランなにも考えてねェ。
よし今すぐ考えよう3秒で決めよう。拙速というやつだ。
ポクポクポクチーン。
俺の青色の脳細胞が導き出したのは、『空を飛び地上を見下ろして捜索する』という答えだった。
きっと昨晩聞いた睥睨するアレとかいう中二ワードが引っかかったに違いない。 アホな答えになってしまったな。これじゃ皆から総ツッコミだ。
ぶっちゃけ俺たちは舞空術を体得しているが、それはそれ、空には天空竜ラスカリオンとその眷属竜が縄張り意識バリバリで巡回しているというのに。のに……
ビガガーン!
俺の脳裏に稲妻が迸った。超力招来である。
「ハッハー! 閃いたぞ!」
捜すんじゃない。捜させりゃあいいんだ。竜に。
よしよし、組み立てよう。
まず竜をおびき寄せる。これはタクシーを呼ぶより簡単だ。空を飛ぶだけで駆けつけてくるからな。天空竜か、あるいはその部下か、どの竜がくるかは飛んでからのお楽しみ、さしずめ竜ガチャだな。[SSR天空竜ラスカリオン]だけは引いちゃ駄目だ。名付きの竜には今のところ勝てる見込みがなさそうだから。
さて、そして呼んでからだが、竜に決闘を申し込む。敗北させりゃあ誇り高い竜のことだ、俺の願いを聞き届けてくれるに違いない。そりゃあもうすさまじい早さで見つけ出してくれるに違いないぜ。いや見つけるだけじゃなくて、冒険王のもとまで運んでもらうのもセットで頼むか。ハッピーセットだ。
見つける目と駆けつける足を両方手に入れちまうナイスな案だな!
なお、それは勝負に勝てる前提の話である。
「それは無理だ。死ぬだけだ」
皆に話したら案の定ツッコまれた。
まーまー俺たちに任せなって。
ニヤリと俺は笑った。あくまで感覚的に。




