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  作者: 涼暮月
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団欒

 食卓に並べられた夕食は豪勢なものだった。若干、男子高校生に偏見があるとしか思えないが、そういう人種が喜びそうなものが食卓に豪勢に並べられている。

 山盛りの鶏の唐揚げが机の真ん中に置かれ、豚の生姜焼きとキャベツの千切りが一人一皿置いてある。湯気のたつ豚汁に、先に紬の母親が表明したように、お赤飯が炊かれていた。

「いやぁ、駿くんが来たと連絡を受けてな、残業を放り出して帰ってきたよ」

 豪快に笑いながら自分のコップに瓶ビールを注ぐのは紬の父親だった。駿の記憶の中にある彼よりも、白髪が増え、髪が後退している。四角縁の眼鏡をかけた彼は、良いお父さんという印象を与えた。

「いや、ほんと何というか、すみません」

 身体を縮めて駿は謝った。

「いいの、お父さん働き過ぎだからたまには早く帰ってこなきゃ」

「娘に嫌われてないようで何より。ところで駿くん、飲むか?」

 瓶ビールを軽く持ちあげた紬の父親に、駿は何と答えるべきか戸惑った。人生で初めて未成年飲酒を勧められた形だ。

「お父さん!自分の仕事も考えてから発言してください!駿くんは高校生なんですよ」

 キッチンから戻ってきた紬の母親が夫から瓶ビールを奪う。

「ああそうか、久しぶりに会って頼もしくなってるからつい忘れてしまうよ」

 紬の父親は名残惜しそうにビール瓶に視線をやった。

 全員がそろったところで、食事が始まった。

 唐揚げの衣はサクサクしていて、中の鶏肉は柔らかい。しっかりと下味がついていて、しかも歯触りがよい。豚の生姜焼きも、甘辛いたれを生姜が程良く引き締めていて、それに千切りキャベツの瑞々しさが際立った。

 忙しかった実の両親とはあまり食卓を囲むことのなかった駿は懐かしいものを取り戻した気分になっていた。

「そう言えば、駿くんは西に帰るのかい?」

 アルコールに顔を赤らめている紬の父親が尋ねる。

「はい、とりあえず今は」

 駿は紬の父の真意をつかみ損ねたが、正直に答える。

 彼の隣に座る紬の箸がぴくりと止まったが、すぐに何もなかったかのようにキャベツに伸びた。

「こっちに亡命しないかね」

 さらりと、何でもないように紬の父は言った。あまりにも自然だったから、ともすれば駿としても特に聞き咎めず頷いてしまいそうだった。

「お父さん!」

 答えたのは駿ではなく、紬の母親だった。

「駿くんにも西での生活があるでしょう」

「なに、冗談だ。ただ、東は住みやすいからな。若者が住むにはちょうどいい」

 壁の西側で三年間を過ごした駿からすれば、衝撃の発言だった。彼からすれば、西側の方こそが住みやすいのであって、自由のない東側、ひいては監視社会の東側、というイメージがあった。

 きっと腑に落ちない表情をしているのが分かったのだろう。紬の父親は穏やかな表情を浮かべて、諭すように話し始めた。

「君たち西の人間が東についてどんなことを言っているのかは知らないけどね、私からすれば自由というものは強い人間の論理だ。世の中の多くの人は社会に保護されてやっと生き抜くことができる、弱い人間なのだよ。おっと、弱いというところに過剰に反応しないでくれよ。あくまでも強いの対義語として使っているだけであって、ニュアンスとしては普通というのが近しい」

 きっと大島家ではよく出る話らしく、紬も紬の母親もあきれ半分、駿への同情半分といった表情であった。

「東は確かに社会主義的な側面がある。それは間違いない。けれど、それは同時に弱者への分配を手厚くするシステム、働く人が生き生きと生きていけるような仕組み、そういったものを作ろうとしていることに過ぎないのだよ。君たち西側の自由主義者たちはそういうことをすると経済の仕組みが壊れるから良くない、というのだけどね、私からすれば経済の仕組みのために人間が生きているのではなくて人間のために経済の仕組みがあるべきだ。だから、残念ながら落ちぶれる人は落ちぶれる自由を甘受しなければならない西側より、東側の方が生きやすいし、派手ではないが安寧な人生を送れるだろう。自由なんてしょせん正義だ。正義というものは一見どこまでも正しいように見えて、その正しさの後ろにある醜悪なものから眼を逸らさせてしまう。自由も、そういった類のものなのだ」

 紬の父は饒舌だった。東側の理想を語る彼は生き生きとしていた。彼の話し方には人を惹きつけるものがあり、駿も思わず聞き入ってしまっていた。ただ、おそらく紬や紬の母親は聞き飽きたのかはなから興味がないのか、無感動に箸を勧めている。

 駿は初めて東側の正義について聞いたことになった。彼は壁によって隔てられて以来三年間、西側の正義については様々な場面で耳にすることができた。だが、当たり前のことながら、東側への罵倒こそ聞いたが、称賛であるとか主張であるとか正義であるとか、そういったものはついぞ聞いたことがない。

「駿くん、酔っ払いは放っておきましょ」

 ついにしびれを切らしたのか、紬が口を挟んだ。

「ひどいなぁ、紬。父さんは悲しいぞ」

「駿くんは私の彼氏なの。お父さんのものじゃないでしょ」

 彼氏。果たして三年間、全く会えずに連絡を取り合うこともできずに、そして、東へきたもののやがて西へと帰る駿のことを指して、本当に彼氏と思っているのだろうか。多分、今までは思っていてくれたのだろう。けれど、今後はどうなのだろうか。結局、駿は西で生きようと思っているのに。

 彼氏、という単語が出てきた時の、紬の父親の表情の微妙な揺らぎを、駿は見逃さなかった。きっと、娘に彼氏がいるのは父親として複雑な心境になるのだろう。

「駿くん、明日遊びに行こう。どこか行きたいところある?」

「紬、あんた学校」

「休むにきまってるでしょ、お母さん。学校と駿くん、どっちが大切だと思ってるの?」

 紬の母親はため息をついて、ほんの少しだけ駿に非難がましい視線を送った。

 駿はますます縮こまって、無言の非難を甘受しなければならなかった。もともと、駿の知っている紬は成績が良いとは言えないが、かといって決して不真面目ではなかった。まさか男にうつつを抜かして学校を休むと言いだすような娘ではない。

「ね、駿くん、どこ行きたい?」

「……ちょっとその話をこの場でするのはつらいものがあるかなぁ、ははは」

 駿は力なく笑った。ほんの少しだけの罪悪感と、胸いっぱいの温かさを感じながら。

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