夢の絆
「ホントに聴きに来るの?」
「ゼッタイ行く」
「でも、僕は俊くんを美術室に案内する約束があるから、一緒にいてあげられないんだよ?」
承知してるよね? とさらに確認すると、彼は仏頂面で頷いた。
「わかってる。だから祐司を誘った。芳弘も一緒だから心配しなくていい」
「祐さんまで来ちゃったら、メンバー全員になっちゃうよ!」
僕は文化祭の軽音部ステージの客席を想像して気が遠くなった……。
「で? あそこに陣取ってるってか?」
遊歩道脇のベンチから健吾が身を乗り出した。
植木越しに覗く先には、広い中庭に設置された野外ステージがある。保護者や生徒たちが入り交じって座るパイプ椅子エリアの最後尾の一角に、三人は陣取っていた。
明らかにそこだけ浮いている。
ちなみに俊くんは合流を避け、学校では小倉蒼雅の姿があまり知られていないのをいいことに、同じベンチに座る僕の隣で売店のたこ焼きをつついている。
個展から一週間、日々は慌ただしく過ぎ、無事に文化祭を迎えていた。今日はその最終日、一般や保護者に学校を解放してのイベント開催日だ。
「いくら拓巳さんと真嶋さんがホントに保護者だからって、サングラスかけただけであんなところに並んで座ってて大丈夫なのかよ……」
「祐さんが一緒だと、声はかけられないからいいんだって」
確かにこうして観察していても、黒の上下――黒のタンクトップに薄手のジャケット、下はデニムパンツ――を身につけ、ソフトリーゼントにサングラスで決めた祐さんが、長い足をゆったりと組んで拓巳くんの右側に座っているのを気にしてか、騒いだり声をかけてくる勇気あるモノはいないようだ。
けれども左側に座る真嶋さんには、保護者らしき奥様方が、やはりサングラスをかけ、こちらはごく普通のプリントシャツにジーンズ姿の拓巳くんにチラチラと目線を投げながら挨拶の声をかけている。――人徳だろう。
「そうだ和巳。凱斗さんの前住んでた場所、わかったぞ」
「本当?」
浜田凱斗とは、野外ステージの準備で二、三度顔を合わせたりした。
背景ボードの取り付け作業中、『よぅ、元気か?』などと意味ありげに声をかけてはくるものの、常に他の部員と行動していたせいか、ある種の緊張感を保ったまま事なきを得ていた。
「どこだった?」
「中目黒だか上目黒だったらしいよ」
俊くんが顔を上げた。
「目黒? そんな近くに住んでたのか」
目黒区には、彼が平日に使うマンションやGプロ本社がある。
小倉蒼雅姿に慣れてない健吾は赤面しながら説明した。
「それが、どうも親の離婚で二年前には横浜に移ってきてたみたいで。でも学校は変えずに通ってて、バンドも渋谷を拠点にしていたんだそうです」
「渋谷か。その〈ヒューズ-スカイ〉ってやつか」
「はい。向こうで凱斗さんはデビューもささやかれていたはずなんですけど、ボーカルをチェンジするときにモメたとかで、うまくいかなかったんだそうです。なんでも暴力沙汰になったんだとか」
「ああ――ありがちだな」
「そうなの?」
僕が聞くと俊くんは説明しだした。
「実力に差があると、どうしてもバランスが悪くなる。そうすると、コンテストで知り合ったグループの中で、実力の見合った者同士が合流したくなって分裂するんだ。残されたヤツのタチが悪かったりすると、結構ハデなことになる」
「け、経験あるんですか?」
健吾がおそるおそる聞くと、俊くんは頷いた。
「拓巳を見つけたあと、おれは本気でプロを目指したから残りのメンバーの実力にはこだわった。祐司が揃うまでは、参加したり抜けたりで、結構エラい目にも遭ったな……」
何を思い出したのか、声が陰りを帯び、眼差しに虚ろな色が混じりだした。
「大丈夫だ、和巳。もう昔の話だから」
微笑みを浮かべた俊くんに手を握り返されるまで、僕は自分の両手が彼の手を包んでいたことに気がつかなかった。
「健吾ならわかると思うが、バンドにとって、個々の実力が見合ってるかどうかで音に天と地の差が出るだろう?」
話を振られた健吾はナゼか耳までまっ赤にしながら頷いた。
「ホ、ホントですよね。だから凱斗さんのここへの転入は、佐伯先輩の誘いも関係したみたいです。祥さんも実力のあるボーカリストなんで、凱斗さんを自分のバンドに迎えられたお陰で予選クリアして、今度横浜でやる全国ロックコンテストの決勝大会にエントリーされました」
俊くんがそれに反応した。
「Yホールでやるやつか?」
僕も健吾に尋ねた。
「十一月のはじめにあるコンテストのこと?」
「そうだよ。和巳も知ってたのか?」
「二十周年、ってことで俊くんたちがゲストに呼ばれてるんだ」
「〈T-ショック〉がゲストっ?」
ますます見に行かなきゃだぜ、と息巻く健吾に俊くんが尋ねた。
「そこのバンド名は?」
「〈クラッシュゲート〉です」
それを聞いた俊くんは、ベージュにホワイトを散らしたロングワンピースの裾を払って立ち上がった。
「よし。おれもそろそろ覗いてくる。和巳は時間があるならここで待っててくれ」
「一緒に行かなくていいの?」
「浜田凱斗のいる空間に、おまえを近づけたくない」
十五分で戻る、と言うと、俊くんは食べかけのたこ焼きを串に差し、僕の口の前に差し出した。僕がパクつくと残りを頬張り、美しく化粧した顔に艶やかな笑みを浮かべ、拓巳くんたちのいる体育館の方角へ去っていった。〈クレスト〉スタッフの手からなる初夏の新作でキメた姿が見えなくなった途端、健吾が僕の両肩をつかんだ。
「おい。おまえ、雅俊さんとなんかあったろ」
「えっ?」
雅俊、と聞いた途端、あの夜の情景がよみがえり、僕は瞬く間に赤面して狼狽をさらけ出してしまった。
「やっぱりっ! どこまでいってしまったんだ。中級か? 上級か?」
えーっと……。
「ま、まさか……」
健吾は蒼白になると額に手を当てた。
「一気に有段者の仲間入りかっ!」
何と答えたらいいかわからず視線を横に逸らすと、健吾は頭を両手で抱え込んだ。
「なんてことだ……俺は先を越されたのか……?」
――いやマテ。
「ゆ、優花はダメだよっ! 真嶋さんに射殺されるよ!」
「つまり、拓巳さんにバレたら雅俊さんが射殺されるようなコトが、二人の間で起きてしまったわけだな?」
僕は拓巳くんの反応を思い浮かべ――首を横に振った。
「違うと思う」
「違う? どういうことだよ」
そこが僕にもよくわからない。なので、俊くんの言葉を思い返してみた。
「だからその……俊くんは慰めた、と言ってたよ」
傷ついた心への慰め――僕が説明すると、健吾はもどかしそうな表情になった。
「じゃあ、和巳が雅俊さんを選んだからそこに踏み込んだ、ってわけじゃないのか」
「色々ありすぎて、そんなこと考える余裕もなかったし……」
これは一種の治療みたいなものだから――そう言われてしまった。
「俊くんも、『おまえを手に入れたとか自惚れるつもりはない』って言ってたし。だから健吾が考えるのとは違うんだと思う」
僕自身は、蒼雅先生に惹かれるものがあった、と思うんだけど。
「僕と俊くんじゃ、健吾たちみたいに対等じゃないからよくわからなくて。今回みたいに守られて、面倒みてもらってるだけじゃ、なんか違うよね」
すると健吾は困り顔になった。
「でもさっきのおまえの様子は、十分雰囲気あったと思うんだがなぁ……。今日の雅俊さんがいつもよりずっと綺麗に見えるのだって、おまえのそういう心を感じてるからじゃないのか?」
僕は少し俯いた。
「それは僕だって色々思うことは……でも俊くんが欲しいのは、あんな程度じゃないと思うんだ」
健吾はそれを聞くと、以外にも納得した様子になった。
「なるほど。つまりおまえは一歩進んだわけだ。だから雅俊さんはキレイになったんだな」
「進んだ?」
「だって以前のおまえには、雅俊さんの本気を感じ取ろうとする気配すらなかった。けど今は違う。『あの人が欲しがる自分』ってやつまで考えてる。それがわかるから嬉しいんだ」
健吾の目が意味ありげに光った。
「俺も体験したから次の展開が手に取るようにわかるぞ。覚悟しとけよ」
「覚悟?」
「欲しい相手が自分を意識している――そう思った求愛者が次に出る行動ったら、決まってるだろ?」
な、なんだったっけ?
健吾はベンチから立ち上がると、腕を組んで僕に宣言した。
「むろん、押しの一手だ。攻勢をかけてくるぞ。――さぞかしあの人の押しは強いことだろう」
「――!」
衝撃に震えていると「そしてな」と健吾は僕の頭を両手で挟み、体育館とは逆方向に回して続けた。
「ライバルがいる場合、大抵それは相手にバレるんだ。だからダブルで来られることになるな」
彼はそう言って僕の頭から手を離すと、肩をポンポンと叩き、やはり体育館のほうへと去っていった。
残された僕の目には、こちらに向かってくる稜先輩の姿が映っていた――。
〈Ⅵ〉
「では三日後、休み明けに待ってるわ」
美しい細面に嵌まる薄茶色の瞳が潤んで光り、額にうっすらと滲んだ汗が、夜のライトに煌めいて彼女をいっそう艶やかに見せる。
「はい。時間は五時までです。よろしくお願いします」
そんな彼女の前で、僕はなすすべもなくただ願うのみだ。
「本来なら、許せないところよ……」
――それは困る。奉公が待っているのだ。
彼女の指先が僕の顎を捉えて仰向かせる。僕はさりげなくその指を絡め取って握るふりをしつつ、そっと外して懇願した。
「お願いです、稜せ……稜さん。文化祭の後片付け、別の日もやりますから」
「……いいわ。最後まで約束を守ってくれたから」
ダンスタイムが終わるまで、「稜さん」と呼ぶこと。それが彼女との約束。――危うくハズすところだった。
僕も額に浮いてきた汗をぬぐおうと手を上げた。彼女のは踊って動いたためだろうが、僕のは間違いなく冷や汗だ。
袖口が額に当たる寸前、彼女から伸ばされた手が僕の腕をつかんだ。
体がビクッと揺れる。
「ダメよ、袖が汚れてしまうわ」
ハンカチで僕の額をぬぐいながら、彼女は切なげな吐息を漏らした。
「前髪の張りついたさまがなまめかしいわね……やっぱりこのあとの三役反省会に連れていこうかしら……」
「イエ、そういうわけには……っ!」
僕は蒼白になった。なぜなら僕の後ろには――。
「いい加減、ウチの息子を返せっ。迎えの時間はとっくに過ぎてるぞ!」
僕の保護者がオトナゲなく吠えた。
時間はすでに夜の九時を越え、校門の片隅に立つ稜先輩と僕の後ろには、本日の保護者メンバー、つまり〈T-ショック〉が全員顔を揃えていた。そして、その周囲をファンの生徒が遠巻きにしていた――。
「和巳! 須藤稜の言いなりになるのはよせ」
向かい合って座る拓巳くんが、目の前の自家製ウインナーをフォークでグッサリと刺した。僕は、好物の茸入りコンソメスープをスプーンですくいながら即答した。
「ムリ」
「なんでムリなんだっ」
ウインナーを噛みつくようにして頬張る拓巳くんに僕は説明した。
「学校は閉じられた上下社会です。稜先輩は副会長。ランクでいったら、美術部の幽霊部員で生徒会もロクに貢献していない僕なんてただの下僕。あちらは女王さまです」
僕、学校生活は棒に振りたくありません、と付け足すと、拓巳くんは不満顔で憐れなウインナーを噛み千切った。
ここは、僕の住むマンションの道向かい、その奥の路地にひっそりと立つ隠れ家的レストラン、すなわち健吾のお父さんの店だ。
文化祭の最終日は帰宅時間が遅くなるため、保護者の迎えが義務づけられている。そのまま夕飯が食べられるように、と予約しておいたのだけれど、祐さんまで揃ったということで、祐さんのギターに心酔する健吾がロックを愛するお父さんを口説き、店を貸し切りにしてくれたのだ。
人目を気にせずに絶品のコース料理を食べられるとあって、拓巳くんの隣に座る祐さんも、僕の隣に陣取る俊くんも満足げにくつろいでいる。ちなみに拓巳くんの反対隣に真嶋さんを残し、優花は健吾と奥の自宅でおばさんと食べている。
「で、あの浜田ってヤツをどう見た?」
ワイングラスを手にした俊くんが質問を投げると、拓巳くんと祐さんが顔を見合わせ、真嶋さんが口を開いた。
「あの子のドラム、僕はそんなに特別には思わなかったけど……」
「いや」
祐さんが首を横に振った。
「あれは半分も本気を出してなかったな。実力はあんなものじゃなさそうだ」
「おれもそう思う。だが、それよりも気になるのはヤツの目だ」
――目?
隣に目を向けると、祐さんを見つめる俊くんの横顔には真剣な表情があった。
「ありゃ、まともな育ちじゃないぜ。早いうちに経歴を調べたほうがいい。身内に裏世界の関係者でもいるかもしれない」
フォークを置いた拓巳くんが薄い色の目を向けた。二人の視線が交錯する。
「出会った頃のおまえの目に少し似てるな、拓巳」
「………」
僕は驚いて二人を交互に見た。俊くんは目を伏せてグラスを傾け、拓巳くんは表情を消している。
僕の中の浜田凱斗は、人を惹きつける魅力がある反面、その陰りは隠しようもなく、まるで暗闇の中に燃え残る燠火のような存在だ。油断して近づけば思わぬ火傷を負わされそうな、気の抜けない恐ろしさを秘めている。その凱斗に、俊くんが出会った頃、つまり中学生の頃の拓巳くんが似ている……?
「……ろくなヤローじゃないってことだな。和巳、俺たちが調べ終わるまでヤツには絶対近づくなよ」
拓巳くんは目を半眼に閉じ、手元に置かれたワイングラスの中身を一気に飲み干した。何を思い出したのか、その顔には殺伐とした表情が漂っていた。
「あーあ、出来上がっちゃって……」
ワインのカラ瓶が林立するテーブルに、真嶋さんのため息が降り注ぐ。目線の先には、突っ伏した拓巳くんと俊くんの背中があった。
「まあ二人とも、そんなに強くはないからな」
その横で、燻製摘まみセットを前にした祐さんが苦笑した。彼の手元にはいったい何本目になるのか、ウイスキーのボトルが山積みの氷とともに置かれていた。彼は稀に見る酒豪で知られる人なのだ。
あのあと、なんとなく重苦しい空気が流れそうな雰囲気だったのを、「ほら、好きだろ?」と俊くんが拓巳くんにワインを勧め、自分も空になったグラスに継ぎ足して飲み始めた。するとナゼか話題が浜田凱斗から稜先輩の対策へとズレていき、ある意味、二人で盛り上がっていた。先日から、話で知るだけだった先輩に何度も触れた二人は、今にも取り込まれそうな僕の様子に危機感を募らせたらしい。
未だロック界に名を轟かすバンドのリーダーとボーカルが、グラスを傾けながら熱く語る内容がコレ(←息子を奪う女子への対策)では、ファンも浮かばれない。
時折、傍らに座る祐さんに「だろ? 祐司!」と絡むので、そのたびに「そうだな、まあ飲め」とグラスを満たされた二人は、完全なオーバーペースになった。
「ヤメなさい祐司。マズイでしょ」
真嶋さんがたしなめたものの、「たまにはいいさ」とかわしつつ、手元のウイスキーを真嶋さんのグラスにも足し、
「芳兄さんも、さあ」
などと勧めたりして、今日の祐さんは、あえてみんなのタガを外しているように見えた。もっとも、さすがは遺伝子を共有するだけあって、そうして満たされたグラスを律儀に飲み干す真嶋さんには乱れる素振りもない。
そんな様子を見て、僕は思い切って二人に質問してみた。
「あの、拓巳くんも、誰か裏世界の人と関わりがあったの……?」
二人は顔を見合わせ、やがて祐さんが「潮時だな」と口を開いた。
「和巳は、芳兄さんが拓巳の後見人だったことは知ってるな。なぜだかわかるか?」
「……お父さんが、拓巳くんを虐待のようなひどい扱いをしてたから、引き取ったって……」
僕の答えに祐さんは眼差しを僅かに細めた。
「そうだ。拓巳の父親は、自分の店を繁盛させるために、拓巳の容姿を利用して裏世界の連中に売っていたんだ」
「お父さんが?」
驚いて聞き返すと二人は頷いた。
「拓巳の父親――高橋要はホストクラブのオーナーでね。それも少年が中心の、男性客相手の違法店」
真嶋さんが静かな声で語りだした。
「そしてそのころ雅俊は、母親が再婚して入った小倉家で、当主の私物として夜の相手をさせられたり、客を取らされていたんだ。拓巳の父親にも買われたりしたらしいよ」
「えっ!」
「綺麗で賢くて、しかも特異な体の持ち主……雅俊の義理の祖父になった当主は、倒錯した趣味を持つ小倉一族の支配者で、裏世界の実力者だったんだ」
「………」
(おれは慣れている。色々な経験を積み重ねてきたから)
あれは、こういう意味だったのだ。
「でも雅俊には、彼を愛し、慈しんで支えた小夜子という義理のお姉さんがいたから、心までは壊れずに済んだ」
「それは、俊くんにアトリエを残してくれた人?」
「そう。けれども拓巳には誰もいなかった。だから心を保つすべもなく、壊れた状態でいたんだ」
真嶋さんは切なそうに目を伏せた。
「じゃあ、拓巳くんが受けた虐待って……」
「……十三、四歳の少年を欲望の対象にする大人どもに息子を提供し続ける親――これ以上の虐待があるだろうか」
地を這うような暗い声音に背筋が震えだった。
「僕は、誰がなんと言おうとあの父親だけは許せない」
ゆっくりと目線を上げた真嶋さんから激しい怒りのオーラが迸る。それは、普段の穏やかな様子からは想像もつかない姿だった。
「芳兄さん」
真嶋さんの肩を、祐さんが宥めるようにつかんだ。
ハッとした真嶋さんが恥じ入るように目を伏せる。祐さんは静かな眼差しで僕を見た。
「和巳。おまえはあの二人にとって、戦いの途中で思いがけず手に入れた夢の存在なんだ」
「夢……?」
「そうだ。二人には与えられなかった、幸せな絆の夢。おまえの安全や安心を自分たちが築き上げ、親愛を受け取ることで、欠けたままだった心が満たされていく」
普通の家族なら当たり前に持っている、でもあの二人には手に入らなかったそれ――。
「特に拓巳は今、おまえを介してそれを受け取っている最中なんだ。だから俺たちも過去に触れることには慎重にならざるを得ない。おまえも色々辛いだろうが、もう少しだけ我慢してやってくれ」
祐さんはグラスを取り上げて飲み干すと、今度は戒めるような眼差しで言った。
「不用意な行動はするなよ」
僕はこちらを見つめる祐さんと真嶋さんに、神妙な思いで頷いた。
次の日から三日間、学校が休みに入り、僕は拓巳くんたちへの付き人をして過ごした。
祐さんの手によってアルコールの許容量を見失った二人が、二日酔いに見舞われることはわかっていたので、真嶋さんの要請に従って俊くんも連れて帰り、まとめて面倒を見た。
「なんでキサマまで……うちで世話してもらってんだ……」
「伴侶の里帰りに……ついてきたからだろ……」
頭痛に苛まれながら、憎まれ口を叩きあう姿が憐れをさそう。
「はいはい、ケンカする元気があるなら、あとは自分たちでやってね」
ソファーに突っ伏す二人に背を向け、そばのローテーブルに素っ気なく水の入ったグラスと薬を置くと、
「「和巳ぃ~」」
怪しい二重唱を響かせ、それぞれが僕の服をつかんでくる。そんな平凡(?)な一日を手に入れるために、この二人はいったいどれだけの努力を積み重ねてきたのだろうか。
幸せな絆への夢――。
その言葉に、僕の心は震えた。
生まれた状況は切なくても、今この時、二人の夢とまで言われ、必要とされている。
その想いで胸の中をいっぱいに満たし、奥に刺さる杭を包み込めば、拓巳くんが約束してくれた日までの残りあと三週間を耐えられる――そんな風に思った。
僕を取り巻く状況が、すでに動き出しているとも知らずに。




