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ルーツ~魂のすむところ  作者: 木柚 智弥
美女か? 麗人か? その前に自分か
3/14

美女か、それとも麗人か

「そこの端を押さえて、そう」

 指示どおりにボードを押さえながら、目の前の空白部分を指し示す。

「稜先輩、ここは?」

「そこはまだ塗らないからいいわ。ありがとう和巳君」

 僕はホッとして返事を返したあと、自分の作業机に戻った。

 ここ、美術室の壁には今、演劇部に依頼された背景用の大型ボードがところ狭しと立て掛けられている。畳一枚分の大きさの板がずらりと並べられたさまは圧巻だ。文化祭に向け、僕の所属する美術部は急ピッチで作業を進めていた。

 この学校は中高一貫校の習いに沿って、中等部と高等部が一緒に活動する機会が多々ある。部活動がその代表で、文化祭は頂点だ。音楽会を含めた三日間、毎年十月のはじめに行われる。

 美術部員はメインが六人、僕のような幽霊部員を合わせても十人足らずだ。普段は何の問題もないけれど、唯一、文化祭前だけは大わらわになる。正面玄関を飾る看板、演劇部の各種背景、そして野外ステージの背景ボード。特に軽音楽部の背景には気を使う。

(りょう)。この銀色、黒地にはジミに映らない?」

「そう言われれば……」

 今も、その軽音楽部から依頼された背景ボードを前に、美術部のトップ二人が睨めっこしている。

「そうね、佐伯(さえき)くんだったらもっと綺麗な――いっそ金を加えるべきね」

 稜先輩は隣の中谷(なかや)先輩に頷いた。

 須藤稜(すどうりょう)先輩と中谷美零(なかやみれい)先輩は、ともに高等部の二年生、美術部の部長と副部長だ。受験体制に入った三年に変わり、六月半ばに選出された。この二人の息の合ったコンビが、軽音部男子の厳しい要求に立ち向かう姿はいつ見てもアッパレだ。

 高等部の軽音、つまりロックバンド部は学園内でも人気が高く、文化祭では生徒の注目が野外ステージに集まる。勢い、部の方々のコダワリも強くなるのだ。しかも……。

「よう、須藤。少しは進んだか?」

 顔を出したのは偶然にもその軽音部の部長、曽根原(そねはら)(たけし)だった。

 身長約百八十センチ、がっしりとした体格の曽根原も、稜先輩たちと同じ高等部の二年生だ。しかし、その見てくれはどう見ても二十歳より上、柔道家を思わせるようなコワ(モテ)だ。ヘタすれば俊くんより歳上に見える。

 その、高校二年とも思えない容貌で曽根原は戸口から身を乗り出した。

「そろそろ全体像を見せてくれよ」

 中谷先輩が頭ひとつ以上、高い位置にある曽根原の顔を振り仰いだ。

「まだできてないわ。早すぎよ。あんたの目的は背景画の出来じゃなくて稜でしょ?」

「うるせえよ」

 曽根原は突っかかった。

「別にいいだろう? 見に来るぐらい。どうなんだよ」

 言いながら、稜先輩を窺い見るところが内心を滲ませていてバレバレだ。

「いいわ、どうぞ」

 稜先輩は気に留めるでもなく返事を返した。すると曽根原は扉の外に呼びかけた。

「いいってよ。凱斗(がいと)さんも見ましょうよ」

 するともう二人の男子生徒が廊下から姿を現した。

 一人は佐伯(さえき)(しょう)。軽音部の副部長でボーカルのイケメン男子だ。そのあとから入ってきたもう一人は――。

「あら、浜田(はまだ)君。軽音部に入ったの?」

 中谷先輩の質問に答える素振りも見せず、その人はゆっくりと部屋に入ってきた。僕の目は一瞬にして彼に吸い寄せられた。

 大きい……。

 僕より確実に十五センチは上だろう。祐さんと同じくらいにも見える。ただ大きいだけでなく、人を圧する迫力があった。

 体格でいけば、厚みのある曽根原のほうが威圧的に見えても不思議はない。けれどもネクタイを緩め、ワイシャツの襟を開いた姿から漂う雰囲気が他を圧倒している。すらりとした体躯はバランスがよく、少し長めの前髪が立ち上げたトップからこぼれ落ちて、彫り深く高い鼻梁(びりょう)を隠している。やや面長の顔に納まる鋭い眼差しはとても高校生のものとは思われない。現に曽根原の態度は上位者に対するそれだ。けれども中谷先輩の様子だと同学年のようでもある。いずれにしても初めて見る人だ。

「和巳君」

「はい」

 我に返り、僕は呼びかけてきた稜先輩のほうを向いた。

「もう一枚この横に並べるわ。一緒に押さえていてくれる?」

「……はい」

 僕は内心でため息をつき、手元の作業を中断して再び稜先輩のもとへ行った。

 美術の好きな僕が幽霊部員でいる理由は二つある。ひとつはむろん拓巳くんと俊くんのため。そしてもうひとつが、僕を息切れ気味にする、もろもろの一端……。

「稜、ボードぐらい俺が支えてやるよ。そいつは呼ばなくていい」

 曽根原の申し出を稜先輩は素っ気なくあしらった。

「ガサツなあなたに触れて欲しくないわ。私は和巳君にお願いしたいの」

 次に彼女は振り向いてこう言った。

「さ、和巳君。そこを押さえて。ね?」

 女神の微笑みが注がれている。それを見た曽根原が僕を睨んだ。

 ――これだっ。

 何が困るといって、男子生徒、それもコワ面の硬派もなびくような超人気正統派美女、女子からも憧れの眼差しを向けられるステキ先輩な人から、分不相応にラブコールを送られる(それも結構ハッキリ)ことほど困ることはないだろう!

 生徒会副会長をも兼ねる才媛(さいえん)、須藤稜先輩は、狙いを定めた僕を〈手伝い〉と称しては呼び寄せ、なにくれとなく相手をさせるので、僕は彼女に恋い焦がれる男子たちの嫉妬をモロに受ける羽目になっている。

 けれどもイチャモンをつけてくる生徒はいない。以前、僕に腹いせをしようとした男子たちが、稜先輩の〈制裁〉を受けたからだ。

「これなんだけど、まだ半分よ」

 僕に手伝わせ、脇によけてあったボードを先ほどの一枚に並べてから、稜先輩は曽根原に向き直った。

 それは、真っ黒に塗ったバックにエアーブラシで吹き付けた銀色の太い曲線が舞う、シンプルかつ大胆なデザインの背景だった。完成すればきっと素敵だろう。

「なんかジミだな」

「そうね。だから佐伯君に合わせて、金を散らそうと決めたところよ」

 稜先輩が佐伯祥に顔を向けると、「そのほうがいいな」と彼も整った目元をほころばせた。

「どうっスか? 凱斗さん」

 曽根原が迫力の男子――浜田凱斗(はまだがいと)なる生徒に呼びかけると、彼は興味無さそうな素振りで顔を向けてきた。そのとき、ボードを支える僕と目が合った。すると。

「――!」

 突然、彼の黒光りする目が驚いたように大きく見開かれた。

「おまえ……っ」

 間髪を入れず、こちらに距離を詰めてくる。

 な、なに? 僕、なにかしたっけ。

 ボードを離せずにまごついていると、彼はおもむろに僕の二の腕をつかんだ。しかしすぐにその動きが止まる。見ると、稜先輩の握る差し金が、横合いから彼の額に向けて寸止めされていた。眉間まであと五ミリだ。

「……よせよ」

 眉をひそめる凱斗に稜先輩が即答した。

「腕を離すのが先よ」

 凱斗の背後から威圧的な気配が立ちのぼった。しかし稜先輩も女性としては長身な体をグッと伸ばすと、美しい細面に縦ジワを寄せて睨みつけた。彼女がそういう顔をすると誰かに似ている。

 そうだ、スネた拓巳くんだ。コワい。

「生意気だな、おまえ。モテないぜ」

 腕を離す気配もなく凱斗が言うと、稜先輩も受けて立つように返した。

「別に構わないわ。この人の心さえ手に入れば。いい加減、離さないと突くわよ」

 薄茶色の眼差しから気迫が吹き上がる。彼は少しだけ気を呑まれたように顎を引き、ようやく僕の腕を離した。が、そのまま長身を傾けてこう聞いてきた。

「おまえ、なんて名前だ」

「えっ?」

「名字は戸部(とべ)ってんだろ? 親はまだGプロにいるのか?」

「戸部?」

 戸部って誰?

 僕が首を傾げると、凱斗が驚いたように言った。

「違うのか?」

 すると、後ろから佐伯祥の声がした。

「違うよ(がい)サン。コイツはあの〈T-ショック〉のタクミの息子」

 ぜんぜん似てねぇけどなー、と曽根原が笑うのに、佐伯祥も受け合う。

 別に拓巳くんに似てないのが悲しいわけじゃないけど、僕の立場をやっかむ先輩たちから「親子って義理じゃねーの?」とか「母ちゃんの連れ子だろ?」などとよくからかわれるのでちょっと嫌な気分だ。

 ところが凱斗はさらに激しい反応をした。

「タクミの? コイツが? そんなはずはねえだろ!」

 そんなはずはないって……っ。

 そこまで言われるとさすがに言葉が出ない。

 曽根原も戸惑いぎみに説明した。

「いや、ホントッすよ。凱斗さんは四月に転校してきたばっかだから知らないかもしれないけど、結構有名なんで」

 それには答えずに、彼はしばらくの間、何か思い出すように眉間に皺を寄せていたが、

「わかんねぇ。……どういうことだよ」 

 と腑に落ちない様子でつぶやくと、(きびす)を返して出ていった。

「……何あれ」

 中谷先輩がささやき、稜先輩は険しい表情で凱斗が去ったドアを見つめている。僕は何がなんだかわからないまま、あの陰りのある表情だけが印象に残り、不安を覚えながらその場に立ち尽くしていた。



「じゃあ、本当に彼とは今日が初対面なの?」

 曽根原たちが凱斗を追いかけるように立ち去ったあと、稜先輩は僕を隣の準備室に連れ出し、あれこれ質問してきた。でも僕にはあの人に会った記憶などない。

「はい」

「そう……。でも、なんだか気になる態度だったわ。あなたは不用意に近寄らないほうがいいかもしれないわね」

 稜先輩も同じ不安を感じたのか、ひとつため息をついた。

「あなたに絡む男どもが増えて困るわ。罪な人ね」

 いやあの、その原因の半分以上はアナタが作ってマス……。

 須藤稜先輩は、すらりとした長身、さらさらの長い髪、美しい容姿で知られる学園の顔だ。少し拓巳くんに感じが似ている。

 家が棒術の道場を開いている関係で、本人も師範の免状を持つエキスパート、長いものを持たせたら右に出る男子生徒はいない(多分)。そのため憧れを抱く男子は、下は中等部一年から上は高等部三年まで数知れないにもかかわらず、射止めようと行動に出る生徒は意外と少ないらしい。

 その、男子たちが牽制の輪を築きながらアツい眼差しを注いでいた稜先輩が、何を血迷ってしまったのか、二年の春に中途入部した僕を(彼女が言うには)見初め、夏に差しかかる頃に(こく)ってきた。男子たちがいきり立ったのは言うまでもない。

 もちろん稜先輩のあれこれを聞き知っていた僕は慎んでエンリョし、美術部の後輩でいることを望んだが、彼女は「すぐに落ちないところがますます燃えるわね」などとのたまうと、行動に出ていた勇気ある少数派男子に向かって宣言した。

「私はこれから求愛行動に専念するので、みなさんとはお付き合いできません」

 その結果、昨年の文化祭で、僕は煮え切らない高等部の男子二人に物置へ連れ込まれた。

 あわや殴る蹴るの暴行を受けそうになったが辛くも逃れられたので実害はなかった。が、男子二人はその後、稜先輩から棒術で厳しい制裁を食らった。それ以降、彼女は僕の身辺に敏感になった。

 あの夢が始まったのも、それからだったっけ……。

「もうすぐ文化祭がやってくるわ」

 折しも、稜先輩から声がかかった。

「今年は、私に付き合ってくれるかしら」

「すみません、僕は……」

 文化祭の三日間はかなりの自由行動時間がある。勢い、カップルが増える。

 そんな行事、あのヒトが見逃すワケないんだよね。

「あの美しい方……小倉蒼雅(おぐらそうが)先生ね」

 稜先輩は眉根を寄せ、ため息をついた。

 小倉蒼雅(おぐらそうが)――すなわち小倉雅俊、俊くんのことだ。

 蒼雅(そうが)とは、俊くんの雅号を指す。

「蒼雅先生は、近い日に個展がおありだけど、今年もいらっしゃるのね?」

 稜先輩が確認するように聞いてきた。

「はい。確かに忙しいですが、文化祭は個展のあとなので間違いなく来ます」

 僕、断る勇気ありません、と付け加えておいた。

「蒼雅先生には借りがあるから、譲らざるを得ないわ……」

 昨年の文化祭で、連れ込まれた僕を先に救ったのは、お忍び女装姿の俊くんだった。

 俊くんは、数年前から蒼雅でいるときは女性の姿で通している。

 きっかけは、以前、個展会場の混乱を避けてほしいと会場運営者から懇願され、ふと試してみたら大成功したからだ。中性的な美貌の俊くんがしとやかな女性(←一見)に変身した姿には、さしものマースファンも面食らったようで騒ぎには至らず、運営者からは感謝され、自分も気軽に出歩けることがわかったので、僕と外出するときもだんだん女装が増えてきた。

 お忍び女装姿とは、もともと僕の小学生時代、有名人ゆえに引き起こされる混乱や〈衝撃の美貌〉による教師への被害を防ぐため、学校側から保護者参観の自粛(じしゅく)を求められたウチの拓巳くんが、半ば意地になって編み出した変装技である。が、そこにナゼか三年前、俊くんが参加しだした。

 中等部に移ってからは、「ちゃんと控えめな格好をしてくれたら」の条件付きながら、拓巳くんはようやく父親としての参観が許可された。ところが入学式に拓巳くんと俊くんの二人で来たら大騒ぎになり、

「二人はヤメてください」

 と学校側から懇願され、

「俺は父親なんだから、参加したいならキサマが女装しやがれっ」

 憤慨した拓巳くんの要求で俊くんが犠牲になった。もっとも、ナニごとにも高いクォリティーを追及する俊くんは女装にも手を抜かず、結果としてそれが蒼雅に生かされたわけだ。

 そもそもなぜ俊くんが来るようになったのか。

 それはどうやらアトリエの鍵を受け取ったことに関係しているらく、俊くんは、

「伴侶だから」

 の一点張り。拓巳くんまで、

「仕方ない……」

 と、俊くんを止めることを諦めていたので、今では学校で保護者を迎える行事があると、来るのがフツーになってしまった。けれどもそのお陰で、去年の文化祭では事なきを得たのだから文句は言うまい。

 一方で、稜先輩はもともと、偶然にもデザインアートの画家、小倉蒼雅の崇拝者だった。そのため文化祭で僕の急変を知らされ、救いに駆けつけたとき、すでに助け出された僕と、そばに立つ女性の姿を見てすぐに正体を見破った。彼女にとって、女性の俊くんこそが小倉雅俊なのだ。

 ちなみに普段の姿は〈T-ショック〉のマースで、ロックが好きでない彼女は、マースにはまったく興味がない。

「悔しいわ……相手があの方でさえなければ、あなたを譲るなんて屈辱、黙って受け入れはしないのに……!」

 稜先輩は心底悔しげに唇を噛んでいる。そこに僕から断られる、という発想はナイ。

「でも、最後のダンスタイムは生徒のみ。それはいいでしょう?」

 ダンスタイムは文化祭のフィナーレ。夜の体育館は、手作りミラーボールの煌めくにわかクラブハウスと化す。カップルには外せないイベントだ。

「去年は台無しだったけど、今年こそはお願い」

 ね? と微笑む正統派美女。去年もこのパターンだったっけ。

「それともまさか、誰か他に」

「それはありません」

「じゃあ決まりね。そうね、蒼雅先生がいらっしゃるのに、あなたが他の子に目がいくはずはないわね」

 ライバルはあの方だけね、と稜先輩は薄茶色の瞳に闘志を滲ませた。

 ちょっとマテ。

 僕は自主性を奪われそうな心に渇を入れながら逆に質問した。

「どうしてライバルが蒼雅先生だけなんですか? 僕は目移りしないんでしょうか」

 半分ヤケになってるかもしれない。

「それは、ムリでしょう」

 稜先輩は僕の葛藤を笑顔で粉砕した。

「あんな風に一途に想いを寄せる方がそばにいたのでは、そのヘンの生徒如きにあなたの心が動かせるとは思えないわ。現に、あなたは何人もの女子にお断りしてるでしょう?」

「それは、たまたま出会いに恵まれてないだけでは」

「いやね、わからないの?」

 先輩は人差し指を立て、言い聞かせるような仕草をした。

「和巳君くらいの年の男子なら、普通は妥協するわよ。あなたにはそれはできないでしょう?」

 うっ、そのとおりだ。

 クラスメートの男子たちはよく、

「まだ(好きかどうか)わかんねーけど、かわいいから付き合ってみる」

 とか言って、平気でカップルになっている。でも僕には考えられない。

 しかし僕は食い下がってみた。

「それは僕のもともとの性格では?」

「性格は環境が形作ると言うわね。あなたの場合、それは明らかよ」

 先輩は譲らずに言い切った。

「蒼雅先生に真剣に愛されてきたから、いい加減な恋愛はあなたにはできないのよ。だから夢見がちなかわいい子たちは視界に入ってこないはずよ」

 なるほど。そういう心理が働いてたのか。

 稜先輩の理路整然とした分析に、僕はつい納得してしまった。

 いや、だからマテマテ!

「どうして、蒼雅先生が僕に真剣だとわかるんですか? 僕は弟子、しかも十八も年下の男ですよ?」

 稜先輩は目を見開いた。

「それが、人を想うことと何の関係があるの?」

「関係……」

 面と向かって聞かれると、なんだか僕のほうがおかしい気がしてきた。

 イヤイヤ、気をしっかり持つんだ。

「あの、先生は女性の姿をなさってはいても……」

「性別のこと? そこも私は関係ないと思うけど」

 わかって言ってるのか、やっぱり。

 嘆息していると、先輩が切り込んできた。

「あなたは怖いのね? 蒼雅先生の想いに絡め取られそうな自分が怖いんでしょう。だから、そんなたいした意味もないことを理由にして心を止めようとしている」

 たいした意味だと思うんですけど!

 僕の煩悶をよそに、先輩は「私もうかうかしてられないわね」と一歩迫ってきた。

「私ではだめ? わかり合えると思ったのは私だけ?」

 稜先輩は真剣な眼差しで僕を――見下ろした。ぶっちゃけ先輩は僕よりも五センチほど背が高い。けど彼女は意に介さない。まあ年齢差十八歳に比べればモンダイにもならないか。

 僕はやはり、何と答えていいかわからなかった。

 稜先輩のことは嫌じゃない。彼女には、今までの女の子たちには抱いたことのない何かを感じる。

 けど、これが健吾の言うものと同じなのか、と考えると違う気もするし……。

「すみません、先輩。僕にはまだ自分の心がつかめません。わかっているのは、先輩は僕にとって他の女子たちとは違う、断る気になれなかった初めての人だ、という事実だけです」

 そう、自分でも不思議なことに、僕はどうしても断る気になれず、「後輩でいたい」などと曖昧な表現をしたのだった。ゆえに今もまだ、中途半端な〈後輩以上、彼氏未満〉で過ごしている。でも先輩は「断られるよりいい」と言って僕を引き止めるのだ。だから今もはっきりした返事を返せない僕に、彼女は柔らかい笑みを浮かべて答えた。

「いいわ。では、ダンスタイムは決まりね?」

「はい」

 こうやって、稜先輩には先手を打たれてばかりいる。だからますます自分の気持ちがつかめなくなってもどかしい。

 だけど今日、ひとつ理解したぞ。

 どうやら僕は、綺麗な顔をした、強引な物言いで僕を翻弄するタイプの人に弱いらしい。――間違いなく育った環境のせいだった。



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