ゴシップ
「和巳。明日の撮影が一時間早くなった。大丈夫か?」
夕食を終え、ダイニングテーブルで宿題に励んでいると、その環境を作った原因の人が、帰ってくるなりねだるような目線で訴えてきた。
「四時半から、場所はこの前と同じだ」
拓巳くんは椅子に座る僕の背中に貼り付くと、甘えるように頭の上に顎を乗せた。肩に置かれた手を前に回したらおんぶになる。――重い。
「明日は水曜日で下校が早いから大丈夫……あ、部活の作業があるか」
「え~、頼むよ和巳……」
顎で頭をぐりぐりしながらおねだりする父親……あなたは幾つになりましたか。
「わかった、わかりました。ちゃんと行くから、頭への攻撃はヤメてね」
僕の返事に満足した拓巳くんは、顎を外して隣の椅子に座り、肘をついて自分の頭を手に乗せると僕を眺める体勢になった。
長いサラサラ髪がテーブルに弧を描く。
拓巳くんには、前からよくこうして僕をじっと眺める癖があった。
「あんな綺麗な顔した人から、あんな風にじっと見つめられたら、勉強なんて手につかなくなりそう……」
以前、この光景を目撃した優花につぶやかれたことがある。でも、僕は父親の癖をいちいち気にする子どもではなかったので、
「そう? ちょっとゴージャスな猫がそこにゴロン、ってしてるのと同じだよ」
と返したら絶句されてしまった。
でも他に言いようがないんだよね。
「その代わり、明日は全部終わらせてね。来週からは俊くんの個展の手伝いが優先になるよ」
さりげなく付け加えると、拓巳くんの美しい額に縦ジワが寄った。
「……まだ半月近くあるじゃんか」
「来週に入ったら、あと十日しかなくなるよ」
「………」
拓巳くんはテーブルに体を投げ出して伏せた。髪が散らばり、ノートの上にかかる。
うーん、妨害技できたか。
僕はひとつため息をついて宿題のノートを片付け、散らばった髪を背に戻してなでつけてから、投げ出された拓巳くんの手を取った。
「ほら、スネないで……ご飯まだ? 中沢さんが用意してくれてあるよ?」
中沢さんは、うちと、隣の真嶋家の家事を手伝ってくれるハウスキーパーのおばさんだ。
六十半ばを過ぎるベテランで、もうかれこれ十年以上の付き合いになる。以前は毎日のように来てもらっていたが、最近は腰痛のため、二、三日にいっぺんだ。でも僕も拓巳くんも他の人を頼む気にはなれないので、なるべく自分のできることはするようにしている。
「食べるなら温めるよ」
手を外して動こうとすると、拓巳くんの手がつかんで止めた。
「いい。番組収録のせいでヘンな時間に食べたから、いらない……」
「……そう?」
僕は椅子に座り直した。
「じゃあ起きて、こっちを向いて。ね?」
手に力を加えて少し引っ張ると、ようやく彼は顔を上げた。
母親がおらず、父親からひどい扱いを受けていたという拓巳くんは、真嶋さんに救われるまでの十三年間、愛情を知らずに育ったため、心のどこかが欠けてしまったのだという。父親でありながらこうして甘えてくるのはその反動で、一種のリハビリなのだそうだ。
僕は慎重に聞いてみた。
「僕が俊くんのところに行くの、そんなにイヤなの?」
「………」
拓巳くんは、ふいっと顔を逸らした。僕は、顔にかかる長い髪を指先で払って覗き込んだ。
「僕、ちゃんと帰ってくるよ。どこかへ消えちゃったりしないよ?」
「和巳……」
僕をつかむ拓巳くんの手が力を増す。
そう、彼は僕が出かけるたびに、そう感じることから逃れられずに苦しんでいる。理由はおそらく僕の姿。同じ姿の人を失った過去があるから。
「それとも、何か他に僕が拓巳くんを不安にさせてるの?」
「そうじゃない」
「拓巳くん、最近俊くんによく突っかかるよね」
「………」
「僕にはそれが少し悲しいよ」
ちょっとだけ声を低めると、拓巳くんは痛そうな顔をした。彼も、自分が不安の裏返しで俊くんに絡んでいるとわかっているのだ。
僕は立ち上がり、その顔を両手に挟んだ。けぶるような眼差しが僕を見上げる。
この目、この表情。切なそうな、でも、心底僕を想ってくれているのがわかる、緑がかった薄茶色――ヘイゼルの瞳。
これを見ると、僕はいつも喉まで出かかった疑問をぶつけることができなくなる。どれだけ苦しい思いをしてきたのかが透けて見えてしまうから。
悲惨な過去の記憶は拓巳くんに後遺症を残した。不用意に昔の話をすると、何かがキーワードのように作用して急に具合が悪くなるのだ。けれど……。
(戸部ってんだろ?)
あまりにも鮮烈なあの人の出現に何かが崩される予感がして、僕は一歩だけ踏み込んでみた。
「そんなに、似てる?」
「――!」
案の定、拓巳くんは目を見開いた。
「僕はそんなに似てるの? 僕の」
お母さんに――そこまで出かかって言葉に詰まった。
写真のあの人が脳裏をよぎる。
僕と同じ顔をした、明るい眼差しで笑うスーツ姿の人!
僕は本当にあの人から生まれたの? うちにあの人の写真が一枚もないのはなぜ?
アノヒトヲ、オカアサンテ、ヨンデイイノ?
(あの人はきっとお母さんの兄弟。だから親しそうなんだ)
そう思えるのなら、こんなに悩みはしなかった。たとえ瓜二つの双子だったとしても、この拓巳くんが、好きでもない人にあんな笑顔を向けるもんか――!
「和巳……ごめん」
固まったように動かなくなった僕の胴に、拓巳くんの腕が伸びた。
「俺がいけないことは、わかってる。おまえに伝えなきゃならないことがあるってことも……」
背に回った手のひらからぬくもりが移る。
「雅俊にも言われてるから……。あいつはおまえのこととなると容赦がないからな」
だからつい、突っかかっちまうんだよな、と拓巳くんはこぼした。
「もう少し、もう少しだけ待っててくれるか?」
僕は、胸に伏せる拓巳くんの頭を見た。それは、はじめて聞くちゃんとした答えだった。
「ごめんな。まだ自信がないんだ。おまえにちゃんと説明できるかどうか……。でも、おまえも知りたいよな。もう一人の親のことを」
もう一人の親。それが、拓巳くんの言い方。
「そんなに待たせないから、もう少しだけ待ってくれ」
くぐもった声で訴える拓巳くんは少し震えていた。だから僕はこう返した。
「いいよ。無理に聞き出したくはないから。でも、ちゃんと知りたいから拓巳くんを待ってる。俊くんや真嶋さんからは聞かない。だから安心して、俊くんと仲良く撮影してね」
拓巳くんは伏せていた頭を上げ、額に縦ジワを寄せた。
「おまえ――そういうとこ、ナンか雅俊に似てきたぞ……」
翌日の撮影は順調に進み、無事すべてを撮り終えることができた。
「よし、いいだろう」
俊くんからOKを出された拓巳くんは、アンティーク風の家具が並ぶセットの真ん中でホッとしたような表情を浮かべた。その肩を、横に立つ祐さんが軽く叩いている。
「まあまあだ。根性出したな」
隅のモニターで映像をチェックし終えた俊くんが、撮影セットから出てきた拓巳くんに言った。
「これでアルバムが出るまではいいだろう。年末の恒例コンサートまでは、たいしたイベントはない」
俊くんは後ろに続く祐さんにも労うように軽く手を上げてから、沖田さんを振り返った。
「ノリさん、今後の大まかな予定は?」
「十一月のはじめに、横浜のYホールでロックコンテスト全国大会のゲスト出演があります」
「ああ、アレか」
「ロックコンテスト?」
拓巳くんが聞き咎めた。〈T-ショック〉をゲストに呼べるコンテストなどそうはない。俊くんが説明した。
「覚えてるだろ? おれたちのデビューのきっかけになったコンテストだ。二十周年記念だから、って依頼がきた」
「ああ――」
拓巳くんも思い出したようだった。沖田さんが続けた。
「それまでに祐司君はギターのゲスト出演が四件、雅俊君は個展とアルバムのチェック、拓巳君は〈クレスト〉のショーが十一月十日に入っています。あとは取材や収録です」
〈クレスト〉は、拓巳くんが専属モデル契約を結ぶ、メンズブランドの名前だ。
もともとモデル出身の拓巳くんは、〈T-ショック〉を結成したあともモデルを続け、高い上評価を得ていた。けれどもバンドがメジャーデビューを果たしたあと、両立は難しい、と一旦は辞めたのだそうだ。
そのとき、その才能と名声を惜しみ、破格の契約で拓巳くんをモデルに留めたのが、アヤセ・インターナショナルの代表で、メンズブランド〈クレスト〉のデザイナー、アヤセ・トベ、僕にとっての綾瀬さんだ。
真嶋さんの親しい友人である彼女は当時、クレストとは別に拓巳くんをイメージした作品を発表し、高い評価を得ていた。後に〈アルガス〉と名づけられたそれのために、拓巳くんは綾瀬さんの依頼だけは受け続けたのだ。
以来、〈T-ショック〉のメンバーのステージ衣装もすべて綾瀬さんの手に任され、今もその関係は続いている。
ちなみに俊くんの女性姿、小倉蒼雅画伯の服も、趣味と実益を兼ねて彼女のスタッフが作っているらしい……。
「よし。しばらくおれは個展の準備に専念する。期間中は和巳を預かるが、いいだろうな? 拓巳」
俊くんのアーモンド型の瞳がきらりと光った。
「わかってる。そのことで話がある」
拓巳くんが俊くんをじっと見つめると、彼は探るような眼差しを向けてから頷いた。
「いいぜ。おれもおまえにはヤマほど言いたいことがあるが、まずは聞いてやるさ」
彼はジャケットを手に取ると僕を振り向いた。
「すまないな、和巳。おれたちは出てくる。今日は芳さんと一緒に帰れ」
いいか? と、道具を片付けている真嶋さんに俊くんが呼びかけると、「もちろん」と返事が帰ってきた。
「拓巳と何か話せたの?」
「はい。少しだけ」
家に向かう車の中、ハンドルを握る真嶋さんの隣で、僕は夕べのやり取りをかいつまんで話した。
「拓巳がそんなことを」
真嶋さんは茶色の目を少し細めると感慨深そうな声を出した。
「ようやく……よかったね、和巳。それなら、きっと近々話してくれるよ」
あの子は、一度言葉にしたことは違えないからね、と真嶋さんは笑った。
そのときふと気づいた。
そうだ。長い付き合いの真嶋さんなら、あの浜田凱斗の言葉の謎が解けるかもしれない。
(戸部ってんだろ? 親はまだGプロにいんのか?)
あの口振りからして、彼自身の身内にも以前、Gプロの関係者がいたのではないだろうか。
ちょっとだけ聞いてみようか。いや、でも……。
ぐるぐると迷っているうちに、車は自宅マンションに到着した。
ええい、聞くだけだしっ。
夕暮れの駐車場に降り立ちながら、僕は思い切って尋ねてみた。
「真嶋さん。今までに真嶋さんの知ってるGプロの人で、浜田さん、って人はいなかった?」
「浜田……? いや、聞かなかったと思うなぁ」
予想に反し、真嶋さんは首を傾げた。
「どうして?」
「あ、うん……」
真嶋さんが知らないのなら、違うか。
緊張していただけに、肩透かしを食らった気分だ。
「浜田凱斗っていう、高等部の二年に転校してきた生徒に聞かれたんだ。おまえの名字、戸部って言わないか」
ってね、と続けようとして、足を止めた真嶋さんの背中にぶつかりそうになった。
「真嶋さん?」
ギリギリで踏み止まり、首を仰向けると、真嶋さんの真剣な目が僕を見下ろしていた。
「初対面の転校生に、名字が戸部かと、聞かれたってことかい?」
妙にゆっくりとした口調に面食らいながら、昨日の学校での経緯を説明すると、真嶋さんは考え込んでしまった。
「どういうことだろう?」
やがてポツリと漏らした彼は、ハッと我に返ったように僕を見、取りあえず帰ろう、と再び歩き出した。
今にもマンションの壁に激突しそうなその様子に、(質問は帰ってからにしよう……)と僕は自分に言い聞かせた。
僕と真嶋さんの自宅マンションは隣り合っている。
真嶋さんも若い時期に離婚を経験し、優花と二人家族だ。それゆえ、若くして父子家庭を営むことになった拓巳くんと二人、協力して暮らせるよう常に隣同士にしてきたのだ。
拓巳くんだけが遅く、真嶋さんがいるときは、真嶋家に寄ってから帰ることも多い。今日も、だからいつもの流れで真嶋さんの自宅に向かい、その現場に遭遇してしまった。
玄関を上がり、廊下を進むと、前方から優花のすすり泣きが聞こえてきた。
「いつものガセネタだよ。でっち上げだって」
これは健吾の声だ。僕と真嶋さんは一瞬、顔を見合せ、次にリビングへと急いだ。
「優花?」
僕たちが踏み込むと、リビングのソファーセットの真ん中で泣く優花と、その前に立つ、困り顔の健吾の姿が目に飛び込んできた。部活帰りなのだろう、ソファーの脇にはリードギターのバッグが置かれている。
「あ、真嶋さん」
健吾がホッとしたようにこちらを向いた。
ところが優花は予想外の反応をした。
健吾の声を聞くなり顔を上げ、真嶋さんによく似た彫りの深い顔を歪ませると、背もたれに手をついて身構えたのだ。
「優花?」
そばに寄ろうとした真嶋さんの足が止まった。
「お父さん」
優花は涙を浮かべた茶色の目を怒らせて口を開いた。
「――て本当なの?」
「えっ?」
真嶋さんが長身を屈めて聞き返すと、優花は声を高めた。
「私のお母さんが、拓巳くんへの暴行事件に加わって捕まった犯罪者だ、って本当なの?」
――えっっ!
僕はギョッとして横に立つ真嶋さんを見上げた。すると。
「……っ」
そこには見たこともないほど表情を凍りつかせた真嶋さんがいた!
すぐに目を戻すと、こちらを見る優花の目から涙がドッと溢れた。
「ほ、本当なのね……」
そしてソファーから立ち上がると、僕たちが声をかける間もなくリビングから走り去り、やがて廊下から部屋のドアの閉まる音が響いた。
呆然と立ち尽くす真嶋さんを取りあえずソファーに着かせ、その隣に腰かけた僕は、向かい側に座った健吾に尋ねた。
「何があったの? 健吾」
「あれだ」
健吾が指し示したガラスのローテーブルには、一台のノートパソコンが置かれていた。画面には、宣伝の極彩色の下に文字が踊っている。健吾が説明した。
「〈T-ショック〉のファンサイトのひとつだよ。この手の書き込みサイトに、時々真嶋さんと拓巳さんのゴシップが載るだろ?」
「ああ――」
拓巳くんは、直接肌や髪に触れられるヘアメイクは、真嶋さん以外の手を絶対に受け付けない。女性美容師の手も拒否するので、二人は時々噂を立てられてはファンサイトを賑わせる。といっても拓巳くんの場合、すでに一部ファンからは当たり前のように俊くんとカップルにされていたり、祐さんとの噂もあったりと、いちいちまともに取り合っていたらキリがない。
「だから帰り道、たいして気にも留めずに優花が自分の携帯で確認したんだ」
娘としては一応、自分の親がナニを書かれているのか把握しておきたいわけで、優花はたびたびチェックするのだ。
「そしたら、今回のはちょっと笑えなくて……」
画面を覗くと、画面下の半分ほどにその書き込みはあった。
(この前、別のサイトでこんな記事を見つけちゃいました。
《貌の人気ロックボーカリストTに、カリスマ美容師である夫のY・M氏を取られた妻は、悔しさのあまりTへの暴行事件に荷担した。やがて犯罪者として起訴された彼女をY・M氏は離縁し、その贖罪を込めてTに一層の愛を捧げることになった。これが今につながる二人の――》
これって、タクミと専属スタイリストさんのことだよね?)
その下は反響の書き込みで埋まっている。肯定、否定、いずれも反応著しい。
「帰ってきてから改めてパソコンを開いたんだね?」
「ああ。路肩で立ち尽くしちゃまずいと思って」
健吾が表情を歪ませた。
「ここに来てから読み直して、優花はこらえられなくなって……」
そこで健吾は真嶋さんに頭を下げた。
「すみません。誰もいないところに上がり込んで」
そういうところが健吾は律儀でえらい。
そんな健吾に真嶋さんも青ざめた顔ながら少しだけ笑みを浮かべて頷いた。
「でも俺、〈T-ショック〉のことはかなり詳しいつもりだけど、拓巳さんの暴行事件なんて聞いたことなかったから、でっち上げの記事だと思ったんです」
健吾は真剣な顔つきで姿勢を正した。
「本当にあったんですか? そんなことが」
「それは……」
真嶋さんが僕を見た。僕が優花に話したことがあるかを問いかけているのだ。
僕は――暴行事件があったことは知っていた。他ならぬ真嶋さんに説明されたのだ。
拓巳くんの背中には、十七年前に受けたというその当時の傷痕が、今もなお無惨に残っている。特にひどい三ヶ所は未だに痛々しい。寒い季節になると疼くその傷痕に、小さい頃、真嶋さんから手ほどきを受けて薬を塗っていたのは僕だ。
どう見ても不自然なそれらについて、僕に不用意な質問をさせないためだろう。ちょうど疑問に思いはじめた五歳の頃、僕は真嶋さんに注意を受けた。
「とても辛くて痛い目に遭ってできた傷で、思い出すと悲しくなるから拓巳くんには聞かないであげて。寒いと痛いはずだから労わってあげてね」
そう説明する真嶋さんのほうが、よほど痛そうな顔をしていたのを覚えている。きっと何らかの形で彼もその事件に関わっていたのだろう、とは後々想像したけれど、まさかそんな事実が隠されていたなんて……!
「何か知ってるなら、はっきり言ってくれよ、和巳」
健吾が僕に詰め寄った。
「でないと優花がかわいそうだ。何が本当で何が嘘なのかを知らないと、この先、優花は前を向いて歩けなくなっちまうよ」
「健吾……」
優花に直接傷の話をしたことはない。けれども半ば家族として育ってきた優花が、拓巳くんの背中の傷にまったく気づいてないとも思えない。
返答に窮したとき、後ろで物の落ちる音がした。振り向くとそこには――。
「拓巳くん……!」
真嶋さんに劣らず青ざめた顔をした拓巳くんが、リビングの入り口に立っていた。手から落ちたらしいミネラルウォーターのペットボトルが足元に転がっている。
「拓巳……」
真嶋さんがつぶやくと、拓巳くんはすぐにこちらへと歩み寄り、彼の前に立った。
そのまま二人はしばらく目線を交わしあい、やがて真嶋さんの目が切なげに歪むと、拓巳くんの手が伸ばされ、俯こうとする顔を両手に挟んだ。
「芳弘――」
「………」
拓巳くんは辛そうな表情の真嶋さんをじっと見つめたあと、自分の懐にしまうようにして抱き寄せた。長い睫毛を伏せた顔は同じく切なそうで、けれども真嶋さんへの労わりが滲み出ていて、僕も、健吾もかける言葉を失った。
聞かなくともわかる――それは深い痛みを共有し、ともに耐える姿だと知れた。
僕がそっとそばを離れて健吾の隣に移ったとき、拓巳くんがポツリと言った。
「優花には、俺が話す」
「拓巳……だめだ、君は」
過去に触れる話だからだろう、真嶋さんが拓巳くんの胸の上で首を横に振った。
「無理はしない。でも、俺から話なさければ優花の傷は軽くならない」
真嶋さんが顔を上げた。拓巳くんはうっすらと悲しみの入り混じった笑みを彼に向けた。
「健吾の言うとおりだ。どうしてそんな昔の記事が掘り起こせたかは知らないが、出てしまった以上、なかったことにはできないだろう。……俺たちがいくら口をつぐんでいても」
僕と健吾は同時に息を呑んだ。
本当に、これは事実なんだ。
拓巳くんは真嶋さんを抱いたまま僕たちを振り返った。
「健吾」
「はい」
健吾は拓巳くんから注がれるヘイゼルの眼差しを真正面から受け止めた。衝撃に揺れる体を、僕は手のひらを背に回してこっそり支えた。
「おまえは優花と付き合い始めてまだ間もないんだったな。この先の話を知ったら当分、後戻りはできないぞ。優花を支え、外ではガセネタのふりをしてもらうことになる。できるか?」
「………」
「もし、自信がないようなら遠慮はいらない。今のうちに手を引け」
「お、俺は……」
「無理はするな。おまえはまだ十五歳なんだ。だが悪いな。こっちにはおまえの気持ちを汲んでやる余裕がなくなった。迷いがあるようなら優花には近づけさせられない」
「――!」
健吾の背中が再び揺れた。僕は気の毒になった。
「拓巳くん。そんな大事なこと、今すぐに決めろだなんて無茶だよ」
「だが優花への説明は早いほうがいいだろう? だったら決めるしかない。それに、話を聞いた優花が人を寄せつけなくなる場合だってあるんだ」
健吾の顔が強張った。
「それでもめげずにいてもらわなくちゃならない。そんなこと、普通は中学生に要求できないだろ? だが、これが発端で二人がこじれたら優花の傷はますます深くなる」
「俺は、優花といます」
健吾がはっきりと告げた。
「この……優花のお母さんのことで別れるなんてしません。優花自身には関わりのないことだ」
だから、と健吾は拓巳くんに顔を――足を踏ん張って――向けた。
「教えてください。正確なことを。俺が不用意に優花を傷つけなくて済むように」
拓巳くんは目元を僅かに和らげて頷いた。




