武王ガイラ
広く土がむき出しの謁見の間の最奥、そこの王座には連合王国をまとめる大王が座っている。略式の王冠の下の眉間には皺がよっていてあまり機嫌がよさそうではない。その大王がアレックスの姿を認めて表情を緩めた。
「おう、確かにアレックスだ。久しいな。」
「こちらこそお久しぶりです、ガイラ殿。遅まきながら大王の即位、お祝い申し上げます。」
破顔してアレックスを迎えた大王にアレックスが悪戯っぽい笑顔で答えた。
「今更3年前の祝辞など要らぬが、ここは素直に受け取っておこう。しかし、あの小僧が立派になったものだ。前に会った時はこんなに小さかったのにな。」
「前に会ったのは8年前だぞ、大きくもなるさ。」
「違いない。アレックス、よく来てくれた。歓迎するぞ。」
王座から立ち上がった大王がアレックスに歩み寄る。差し出された手をアレックスが握るとしばらく堅い握手がかわした後、満足したのか大王が王座へと戻った。
「ふむ、ちと周りの視線が痛いな。余談はこの辺で終わりにしておこうか。」
「その方がよさそうだな。」
そうは言うアレックスには全く気にした様子がない。むしろ後ろにいるネイリーやマリアの方が青い顔をしている。そのもそのはずで謁見の間に並ぶ文武官の三分の一は厳しい顔でアレックスを見ている。おそらくアレックスの非礼な態度を批難していることは容易に想像できた。また別の三分の一は大王の方を厳しい目で見ていることにも気づいたが、これは何を意味しているかネイリー達には分からずにいた。
「では本題に入ろう。アレックス、今日は何用があってきた?いや、そっちは無事だったのだな?」
「まあ、うちはなんとかな。だがローゼンシュタインの城が落ちている。」
「やっぱりな・・・敵はノイエブルク、だな?」
「ノイエブルク?何のことだ?」
「違うのか?この城もそのノイエブルクから攻撃を受けている。撃退はできたがこちらも損失がなかったわけではない。魔物と手を結ぶとはあるまじきことだと皆言っていたところだ。」
大王は不愉快さを隠さずにそう言った。周りの騎士達も同様の顔をしている。
「なるほど、魔物が攻めてきて撃退した後にノイエブルクの鎧を着た死体が残されていたか。」
「そうだ。よく分かったな?」
「分かるさ、二度目だからな。」
「二度目だと?」
「ああそうだ。そのノイエブルクも同じく魔物に襲われている。残されたのはローゼンシュタインの鎧、その時すでにローゼンシュタインの城は落ちていた。有り得ない話だ。」
アレックスの言葉に謁見の間がざわつく。大王に一番近くに立つ騎士が一歩進み出た。
「失礼ながらその情報は誠でしょうか?それが本当なら貴殿等はノイエブルクに行ったことになります。だが、現時点で暗黒大陸に行って帰ってきた者はいない。にわかに信じることはできません。」
「てめえ、今何と言った!暗黒大陸と聞こえたのは俺の聞き間違いか!?」
暗黒大陸とはローザラインのある大陸がまだ人の住める地でなかった頃の名前で、それを転じてローザラインを揶揄する言葉でもある。アレックスが激怒するのも無理はない。
「済まん、アレックス。今のはこちらが全面的に悪い。俺から訂正させてもらう。」
「分かった、今は何も聞かなかったことにする。」
「そうしてくれると助かる。だがその名を口にする理由もある。言い訳にしかならんがな。」
「その理由とやらを聞こう。」
少し怒りの収まったアレックスが冷静に返す。それで大王が再び語りだした。
「海が荒れ、暗雲の彼方には雷光しか見えぬ。これは古の伝聞の通りなのだ。暗黒大陸が蘇ったと思うのも無理はない。さらにそこに魔物を連れたノイエブルク軍の襲来、我が国としてはノイエブルクの魔王が復活したと思っていた。」
「なるほど、答えは別にあるがつじつまは合う。」
「そこにお前が来た。こちらとしても出来る限りの情報は欲しい。お前の知っていることを教えてくれ。敵の正体、目的、なんでもいい。」
「実は俺自身は戦うどころかその姿すら見ていない。ここは実際に襲撃を受けた者に聞いてくれ。コルネリアス、ローゼンシュタイン王家の生き残りだ。」
アレックスはそう言って後ろを振り向くと、皆の視線がネイリーに集まった。その視線の中を堂々とした礼節に則った挨拶がなされた。
「お初にお目にかかります。ローゼンシュタインは第一王子コルネリアスにございます。」
「うむ、連合王国大王ガイラ3世である。貴国の危急にも関わらずの来訪を歓迎する。それと今は緊急時故に過度の礼節は無用だ。率直にそちらの知ることを教えて頂きたい。」
「では、まずは一年半程前からの天変地異を大厄災と仮称しています。その大厄災により海の航行がほぼ不可能となりました。さらに世に溢れた瘴気は生物を魔物と化し、海だけでなく大地の往来すらも困難となった。ここまではよろしいですか?」
「結構だ。しかし大厄災か、なるほど言い得て妙である。以後我が国でも公式にそう呼称するとしよう。それでよいな。」
「御意。」
王座の右に立つ文官がそう答える。並ぶ文官の末席に立つ者が手元の書類に何かを書した。
「次に半年前の夜、突如ローゼンシュタインの城を襲撃されました。その襲撃により城は半壊、国王である我が父の消息も不明、おそらく崩御されたことは間違いないと思われます。」
「心中を察するに言葉もない。実に惜しい人を亡くした。だが王子が健在でなによりだ。我が連合王国は変わらぬ友好を約束する。」
「ありがとうございます。こちらも同じく友好を誓いましょう。では話を続けます。敵は人ではありません。人と同じ四肢、さらに背中に蝙蝠のような羽根で空からやってきました。」
「その姿は神話やお伽話にしか存在しない・・・と言いたいが事実なのであろう。実は先日の襲撃の際、その姿を見たと言う者が数人いた。突然の襲撃と闇夜の中、恐怖で見間違えたとしていたのだが・・・ヘクター、もう一度あの時迎撃に出た者から話を聞け。夜までにだ。」
「はっ!承知しました。では急ぎますので失礼っ!」
王座の左、騎士達の先頭に立つ者が答える。大王とアレックス達に一礼すると数人の騎士を伴って謁見の間から出ていった。
「済まんが夜まで時間を貰えるか?詫びと歓迎を兼ねて晩餐を用意させる。」
「俺は構わんよ。ネイリーもマリアもそれでいいな?」
アレックスの有無を言わせぬ質問に二人が無言で頷いた。




