王の素質
「ちっ、何で俺がこんなことを・・・。」
アレックスは心底嫌そうな顔をして呟いた。
「他に適任者がいませんからな。まさか包帯でぐるぐる巻きの陛下を立たせるわけにはいかないでしょう。」
「なら延期すればいいじゃないか。」
「平時ならそれでもよろしいですが今は乱世です。月一回の式典を欠かすわけには行きません。さあ、そろそろ出番ですよ。」
大厄災以降恒例の式典で、国王が姿を表すことで国民の不安を払拭していた。それがたまたま襲撃の翌日であったのはアレックスにとって不幸であったとしか言い様がない。アレックスはため息をつくと城下町を見下ろすバルコニーに姿を現した。無数に集まった群衆はその姿に一瞬戸惑いを見せた後、歓声を上げた。ただし、歓声と雑音が半々でその雑音の内容がアレックスの機嫌を更に悪くしていた。
(おや、陛下じゃないぞ。どうかしたのか?)
(何だ知らないのか?城に昨日の襲撃で陛下も負傷されたらしい。)
(いや、そうじゃない。すでに陛下は亡くなっている。あの馬鹿王子が出ざるを得なかったことがその証拠だ。)
(確かにそうだ。あの王子がこんな式典に出るはずがない。)
(あれまあ、立派になられて・・・。悪戯ばかりしておられたあのアレックス様がのう。)
(これ、失礼なことを言ってはあかん。あれで結構いいところがあるのじゃぞ。)
(でも旅に出ておられたのではなかったかな?)
「くそっ!好き勝手言いやがって・・・体の良い晒し者だ。」
「殿下、笑顔を崩してはなりません。皆に不安が伝わります。」
「・・・・分かっている。」
アレックスは硬くなっていた表情を緩めると右手を挙げて歓声を制止した。期待に満ちた視線がアレックスに集まる。手にしたカンペに目を落とす。アレックスはカンペを握りつぶすと深呼吸してから口を開いた。
「皆、よく聞け。第一王子のアレクサンデルだ。まず父アレクシスがここに立てぬことを詫びる。」
観衆のざわめきにアレックスは一旦言葉を区切った。昨日、城の窓から上がった黒煙が目撃されていた。何かが起きたと思うのは仕方がないことである。国王の不予を予想させる言葉に観衆が息を飲んだ。
「心配は無用だ。重傷ではあるが命に別状はない。」
アレックスの言葉で観衆の間にほっとしたような空気が流れた。ただまだ何か聞きたそうな雰囲気がある。
「皆の疑問に答える。昨日、城で起きたことだ。魔物の襲撃により近衛騎士7名を含む24名が殉職、陛下も火傷を負うに至った。」
アレックスの言葉に悲鳴が上がった。アレックスに渡したカンペにはそこまでは記してはいない。やはりコントロールの効かないアレックスに、バルコニーの陰にいた文官が頭を抱えた。
「だが、その魔物は俺達で倒した。今、俺は俺達と言った。すなわちこれこそが俺が旅に出ていた理由だ。同盟国のメタルマ、ローゼンシュタインの健在、及び協力を確かめることにあった。今ここに紹介しよう。メタルマのマレーネ王女、ローゼンシュタインのコルネリアス王子だ。」
アレックスに紹介された二人が並んでバルコニーに姿を現すと、この日一番の歓声があがった。その歓声はしばらく尽きることなくローザラインの城下に響き渡っていた。
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アレックスの乗った船はすでに海の上、ジークフリードが今更ながら辿り着いた祖父に向かって声をかけた。
「少し遅かったようです。私が来た時にはすでに出港した後でした。」
「ふむ、してやられたようじゃな。」
式典を終えて控え室に戻ったはずのアレックス達だったが、近衛騎士や文官達が演説の内容について苦情を申し立てようと駆けつけた時にはもぬけの殻であった。
「見事な逃げ足です。もしやこれもお祖父さまの差金ではないでしょうね?」
「はて何のことかの、さっぱり分からんな。少なくともこの素早い出航については知らぬ。しかし、このわしを出し抜くとはやるようになったわ。」
「・・・やはりあの演説はお祖父様の差金だったのですね?殿下にあんなことを言わせる為に式典に出席させたのですか?面子を潰されたと近衛も文官も激怒していましたよ。」
「わしは何一つ言わせておらんぞ。クレメンス殿下では役者不足故、殿下に無理言って出させただけじゃ。演説の内容までは知らぬ。」
クレメンスとはアレックスと二つ違いの弟である。アレックスが旅に出ている間に必要な公務はクレメンスがすることになっていた。そこを無理言ってアレックスをねじ込んだのはアイゼンマウアー老である。ジークフリートが邪推したのも無理ないことであった。
「クレメンス殿下では役者不足ですか?父上も聡明で物分りが良いお方だと賞賛しておられましたが・・・。」
「文官如きに物分りが良いと言われておるようでは駄目じゃ。つまり御し易いと言われているも同然、一番上に立つには足りぬよ。」
「はあ、そんなものですか?」
「なんじゃ、気のない返事をして、今のはお前にも言えることじゃぞ。お前、襲撃者の一人を生かしたまま捕らえようとしたな?何故殺さなんだ?」
その質問にジークフリートの背筋が凍った。好好爺を思わせた口調が一辺して尋問者の口調になったからだ。
「裏を取る為です。殺してしまっては何も聞き出せません。」
「ふん、悠長なことを言う。王座を穢されたのだぞ、相応の報いをくれてやれ。それが近衛ってものだろう。」
「ですが一近衛騎士としては、命令を無視して勝手なことをするわけには行きません。」
「ふむ、それが下っ端の限界だ。上に立つ者は自らの判断で動かねばならん。例えそれが命令や掟に背こうがだ。」
「それは暴論です。それで結果が伴わない場合はどうするのですかっ!?」
「自らを裁くのみよ。わしが殿下に教えたことは自ら判断することとその判断に責任を持つこと、この二つだけじゃ。悪戯をした時ですら隠蔽することなく放っておいたのはそういうことだ。」
かつてアレックスが農地を滅茶苦茶にしたことや、女風呂を覗こうとして見つかり施設を壊してしまったことがあった。その両方とも衆人環視の中、アレックスの手で直させていた。
「まあ今は理解できずともよい。いずれ分かる・・・しかし実に残念なことだ。時に恵まれないのはアイゼンマウアー家の宿命かの。」
「はっ?何か仰いましたか?」
途中から老人の声は小さくジークフリートの可聴範囲にない。無意識に聞き返した。
「残念だと言っている。後30歳、いや20も若ければ無理を言ってでもついて行ったものを・・・。」
「今では駄目ですか?昨日見た限り、腕は落ちていないと思われます。」
「駄目じゃな。短時間の勝負ならお前にも殿下にも負けることはない。だがじっくり構えられると身体的にも精神的にも持たん。わしは殿下の足手まといにはなりとうない。」
「そんなものですか。私には分かりません。」
「ふん、これもいずれ分かることじゃ。その時にわしはおらんがの・・・さて、城に戻るとしよう。近衛騎士を立て直さねばならん。殿下が帰ってきたその時、この国が無くなっていたということにならぬようにな。」
「はいっ!」
祖父の言葉に元気よく返事をした。城に戻る二人の後ろでアレックス達の乗っている船は点のように小さくなっていた。




