盗まれた国宝
「ずいぶんとお早いお戻りで、殿下。もう旅は終わりですか?」
城の入口には杖をついた老人がアレックスの到着を待っていた。白髪に同じ色の口髭、好好爺のように見えるが、目の奥は笑っていない。アレックスの顔色が変わった。
「爺、うるさい。今は俺だけじゃないぞ、少しは遠慮しろよ。」
「これは失礼しました。私はジークヴァルト=アイゼンマウアー、かつては近衛騎士隊長の座にあった者です。今は退役して城内相談役兼アレクサンデル王子のお世話役をしております。以後お見知りおきを。殿下、そちらのお三方を紹介していただけますか。」
「ちっ、こちらがメタルマのマレーネ王女、で、こっちがローゼンシュタインのコルネリアス王子、そしてグランローズのジークリット嬢、船の援助をしてもらっている。これでいいか?」
「うちの殿下がご迷惑をおかけしていることでしょう。このアイゼンマウアー、殿下の世話係として御礼申し上げます。」
「い、いえ、そんな、頭をお上げ下さい。こちらこそ世話になっているぐらいですので・・・。」
ネイリー達3人一人一人に視線を送って深々と礼がされた。恐縮したネイリーが逆に礼を返す。互いにぺこぺこする光景を周りが不信そうな目で見ていた。
「おい、もうその辺にしてくれ。それより何かあったんだろう。爺が出てきたということは他の者では言いづらいことがあった。そうじゃないのか?」
港から城下町を通って城まで来る途中、所々に兵士が立っていて険しい顔をしていたのを見た。アレックスの知る限り、今までにそこまで兵士を配置したことはない。
「ご名答です。詳しいことは知らされておりませんが、私の知っていることをお教えしましょう。ただ、ここで話すわけには行きませんので、皆さん、私について来て下さい。」
アレックスの世話係の老人は4人を先導して城の中を歩き始めた。案内されたのは飾り気のない部屋、扉を閉めると外の音が全く聞こえなくなった。
「ここ、もしかして防音室かしら?」
「その通りです、マレーネ王女様。確かメタルマにも同様の部屋がありましたな。さて、皆さん、お好きな席にどうぞ。」
その言葉に従って各々適当な椅子に座る。アレックスは机を挟んで老人の目の前の席にどっかりと座った。腕を組み踏ん反りかえって無言の圧力をかける。目の前の老人に気にした様子は全くない。すました顔で話を始めた。
「実は一昨日にこの城からある物が盗まれました。物が物だけに一部を除いて詳しいことは知らせておりません。絶対に口外なされませんよう、あらかじめ申し上げておきます。」
「前置きはいい。さっさと話せ。盗まれた物とは何だ?」
「勇者の剣です。」
「何っ!」
予想だにしなかった答えにアレックスが机をバンと叩いて立ち上がった。
「宝物庫の衛兵は何をしていたっ!?」
「知りません。殿下もご存知の通り、私は近衛とは一線を画していますから詳しいことは知らされてていないのです。」
「ちっ、どうせフーベルト辺りから話は聞いているのだろう?勿体ぶらずに話せ。」
二人にしか分からない会話がなされた。他国の内情だけに聞くわけにはいかない。ネイリーとマリアは怪訝な顔をしつつも黙っていることにした。
「朝、宝物庫の前で眠りこけていた衛兵二人が発見された。宝物庫の扉に異常はなかったが念の為に中に入って調べたところ、勇者の剣だけなくなっていた。現在、眠っていた衛兵は拘束されて取り調べ中、持ち出された勇者の剣の行方は不明。城外への持ち出しを防ぐ為に立ち入り制限をしているとの事ですが、まあ無駄でしょう。殿下、こんなところでよろしいですか?」
「ふん、初めからそう言え。それより無駄とはどういうことだ?」
「魔法の羽根、もしくは帰還の魔法による移動、そうお考えではありませんか?」
これなら聞いても問題ない。今度こそネイリーが口を挟んだ。
「ご名答、あれなら誰にも知られずにこの城から消えることができます。捨て値で売却しても10万、どこかの好事家の手にあるかもしれませんな。残念なことです。」
「あの、どうしてそんなに冷静でいられるのですか?いや、どちらかというと盗まれて当然と思われている様にも聞こえますが・・・。」
ネイリーはアイゼンマウアー老の口調を訝しんで問うた。
「これまたご名答。武器を宝物庫に秘蔵しておく事自体が間違い。腰に佩いていてこそ剣、そうでなくてはいざという時に抜くことができぬ。私はそう考えています。」
「あ・・・極論ですが間違いではないですね。ですが、臣下としては思慮の足りない言葉ではありませんか?」
「すでに陛下には二度進言しております。一度目は陛下が即位された時、二度目は去年の大厄災が始まった時、どちらも却下されました。こんな形で私の持論が証明されるとは皮肉なものです。」
老人はそれだけ言うと大きくため息をついた。
「爺、これがお前の剣だとしたらどう思うよ?確か伝来の剣があったはずだろ。」
「もし失われることがあったらそれは持ち主の不名誉ということです。それにあの剣はすでに孫のジークフリートに譲り渡しました。つい先日近衛騎士に昇格しましたので・・・。」
「そうか、それについては俺からもお祝いしよう。しかし、盗まれた者の不名誉か・・・この場合は誰の不名誉だ?」
「衛兵、近衛騎士、国王陛下、皆が自らの不名誉と思うべきですな。名誉を挽回する為には取り戻すより他ありません。さて、殿下、どう致しますか?」
「知れたこと、この国の名誉は俺が取り戻す。」
「結構、ではその意気込みを伝えに謁見の間に行きましょう。続報が聞けるやもしれません。爺が案内いたします。」
アイゼンマウアー老はそう言うとすっくと立ち上がって歩き出した。杖は左手に持ったまま背筋が伸びている。違和感にネイリーの視線が止まった。
「年寄りは年寄りらしくある方が皆安心するのですよ。娘婿のフーベルトは高位の文官をしておりますし、孫のジークフリートは若輩とはいえ近衛騎士、文武の両方を牛耳っていると思われるのは心外ですからな。」
「怖いお方です。アレックスが目標にしている意味が分かったような気がします。」
ネイリーの賞賛の言葉に意地の悪い笑みが返された。




