魔族降臨
(何だ、今のは?必殺の機会をあえて不意にしただと?)
今起きたことは信じられないことであったが、今は戦闘中故にその疑問を飲み込んで刀を構えた。騎士隊長の鎧の前に並ぶ騎士の鎧、先程とは位置が正反対になった。
(港は後ろ、相手は重たい板金の鎧、全力で走れば逃げることはできるか・・・いや、鎧自体が魔物と化しているのなら重さなど関係ない。あっ、そうかっ!)
思案に暮れているうちに相手が人間ではないことを思い出した。人間でないなら対抗する方法はある。ネイリーはそれを試すために敵に背を向け、全速力で走り出した。隊長の鎧が指令を出し、三体の鎧が走って追いかける。ネイリーの背にガチャガチャと音が迫ってきた。
(よし、これぐらい離れれば・・・。)
十分に距離を取ったと判断したネイリーは足を止め振り向く。どうやら追いかけてくる鎧の魔物達はそれほど足が早くないようだ。ネイリーはひとまず刀を納めると、魔法を唱えるべく意識を集中し始めた。
《僕は魔力を2消費する、魔力はマナと混じりて神に捧げん、
おお、偉大なる神よ、彷徨える魂を正しきに導き給え!》
魔法が使用される気配に気づいたのか、隊長の鎧が警戒のサインを送る。鎧の魔物達は走る速度を落とし、盾を前にしてにじり寄る。もうすぐ剣が届く距離、そこでネイリーの魔法が完成した。
《Anima Purificationis(魂の浄化)!》
鎧の魔物は剣を振り下ろす格好のまま動きを止める。次の瞬間、力をなくしたように剣と盾が地面に落ち、バラバラになって崩れ落ちた。だた、後方にいた隊長の鎧は魔法の効果範囲になかったようで健在である。
(偶然じゃないのか?だとしたら面倒なことになる。)
隊長の鎧はネイリーから20mの距離、そこから動かない。それで相手が今の魔法の効果を知っていることが分かった。今の魔法を使おうとすれば、集中している間に駆け寄ってきてネイリーを攻撃してくるだろう。
(さっきした奇襲は盾で簡単に去なされた。その後の攻撃は寸止め、見事な腕前だったがあれは何だったのだろう?いや、あの感覚には覚えがある。もしかしてこの鎧の持ち主は近衛騎士隊長かもしれない。試してみるか?)
予想が当たっているはずがない、いや当たっていて欲しくない。だが確かめなくては気が済まない。ネイリーは覚悟を決めると刀を抜いて近づく。一足一刀の間合い、そこまで距離を詰めて足を止めた。
ネイリーが手にしている刀の方が少し長く間合いは広い。盾を前にした鎧が長剣を掲げたまま少しずつにじり寄ってくる。攻撃を誘っている、そう感じたネイリーは敵が迫った分後退する。その膠着状態の間に相手の姿をよく観察した。血と泥に塗れてはいるが間違いなくローゼンシュタインの物、しかも肩や襟に金で意匠が施されている。近衛騎士でも高位にある者にしか支給されない鎧だ。
「試してみるか・・・。)
ネイリーは無造作に刀を打ち込んだ。お手本のように盾が動いて受け流し、右手の剣がネイリーに向かって振り下ろされる。半身になって躱すとさらに刀を打ち込んだ。これまでに何度も繰り返した鍛錬、傍から見たら演舞にしか見えないような剣撃、その手応えに相手が間違いなく師でもある近衛騎士隊長であることが分かった。ただその鎧の中身は朽ち果てて人間の物ではない。怖くも優しくもあった双眸に光はない。ネイリーは刀を振るいつつも目から何かが流れてくるのを感じていた。
「ふむ、実に面白い。囚われた魂だけの存在となっても騎士道とやらがあるらしい。」
ネイリーの背中の方向で呟く声が聞こえた。その声に驚いたネイリーは横に飛び退いて声の主を探す。そこには金色の鱗に銀のたてがみ、大きな蝙蝠の翼と蛇のような尾、明らかに人にあらざる者が立っていた。魔族の残忍そうな目と視線が合う。
「お前は誰だ?何のためにこんなことをするっ!?」
「死んでいく者に教えることはない。」
「ならばその身に聞くまで。僕と勝負しろっ!」
「断る。それより目の前の相手に集中してはどうだ?そいつだけでも十分に苦戦しているではないか。」
「なっ!」
事実であるだけに屈辱で声も出ない。そこにまた剣が打ち込まれてきた。さらに跳び下がって躱す。
「ほら、言わぬことではない。」
「卑怯だぞっ!」
「そちらの都合だけでものを言わない方がいい。我らに卑怯と言う言葉はないのだ。だからこんなこともできる。」
そう言うとその魔族は翼を広げて空中へと飛ぶ。ネイリーの刀の届かない場所まで浮かぶと何か唱え始めた。
「魔法かっ!」
ネイリーは魔法に備えようと思ったが目の前の相手がそれを許してくれない。嵐のように打ち込まれる剣を必死で躱し受け流す。そうしている間に魔族の魔法が完成した。
「כדור אש גדול!」
知らない言語から射出された大きな火球がネイリーを襲う。剣を受け止めていたネイリーは背中でその火球を受けることになった。竜鱗の鎧の隙間から熱が伝わった。
「うっ!」
火傷の痛みは耐えるしかない。隙を見せれば剣に殺られる。だがこのままではどうにもならない。なんとか少しずつ両方が見える位置に移動する。あざ笑うようにネイリーの死角へと移動した。
「さて、お前の魂は如何なる色を見せるか?先程倒された者共の代わりになるといいのだがな・・・・・。」
魔族のいる方角でさらに大きな魔力が高まるのが感じられる。だがそれに対してどうすることもできない。やがて来るであろう魔法に耐えるべく備えた。




