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航海日誌

 夜が明けたが岩礁は未だ燻っている。ジギーも未だ目を覚ましていない。


「それでで、これからどうする?」


「このまま予定通りメタルマに向かう。」


「そうか、ならいい。てっきりジギーが目を覚ますまでここにいるかと思った。」


「それも考えたけどね・・・。」


 何か意味深なことを言いながらネイリーが一冊の書物を取り出した。


「なんだよ、また例の時の賢者の書か?」


「違うよ、ジギーのお父さんの航海日誌だ。幾つか回収してきた荷の中からさっき見つけた。」


「何か書いてあった?」


「興味深い記述を見つけた・・・ほらここだ。“ご先祖様からの警告を思い出した。いずれ新たな魔王が蘇るかもしれない、その時に備えるべし。よくある御伽噺としか考えていなかった己の不明を恥じる。”とある。」


 開いた一ページをなぞりながらネイリーが説明した。


「なるほど、賢者と言っても全てを見通すことはできなかったらしい。その子孫の考えまではな。」


「耳が痛いな。うちも他家のことは言えないね。」


「すまん。そういうつもりはなかった。俺は上に行く。読むのはいいけどあんまり根をつめるなよ。」


 己の一言で居心地が悪くなったアレックスは部屋から逃げるように出ていった。ネイリーはしばらくアレックスの姿が消えた扉を見ていたが、やがて手元の航海日誌に目を落とした。


 ----------------------------------


 ○月○日 快晴

 グランローズを出て4日、航海は順調なり。乗客も慣れたのか船酔いを口にすることはなくなった。


 ○月△日 曇り

 今までに見たことの無いくらい怪しい黒い雲が天を覆っている。ノイエブルクまで5日、このまま進むか、戻るか?進む先に希望を求める。


 日付が2日飛んでいる。


 ○月◇日 嵐

 激しい嵐の為メインマストが折れた。たしかこの先に船の墓場と言われる岩礁がある。応急修理の為、そこに向かうことにした。


 ○月●日 雨

 メインマストの修理を船員に任せ、乗客にグランローズに戻ることを勧め、退船してもらった。もしもの為に持っていた魔法の翼を使えば、数人なら安全に戻ることもできるはずだ。本当は妻の為に使いたかったが、“まず乗客の安全を確保しなさい。”そう怒られた。この妻を持てたことは幸いである。


 数日、岩礁での生活が書かれている。海から食料を得ることも出来た為、混乱は起きていないようだ。


 ○月△日 嵐

 風が強く向きも安定していない為、帆を張ることはできない。危険な為、漁もできない。


 ○月◆日 雨

 突然現れた魔物におよそ半分の船員の命が失われた。おお、神よ、彼等の魂が闇に捕らわれんことを。海の精霊の懐に抱かれんことを・・・・・・


 さらに数日、負傷者の治療と失われていく命の記述が続いている。魔物を恐れ漁が困難になってきた為、減っていく食料を心配する記述も書かれている。


 ○月□日 曇り

 まだ生き残っている船員の内最も若い五人を選び、できるだけの食料を持たせて救命ボートで脱出させた。もはやここに残っても助かる見込みはない。確率は低くても誰か一人でも助からんことを海の神に祈る。


 ○月■日 雨

 妻フィーネが死んだ・・・・・食料を得る為に漁に出たところを魔物に襲われたのだ。それも私を庇ってだ。失われていく命の感触が忘れられない。最後に言われた言葉が脳裏に蘇る。ライマー、あなたは船長なのよ、最後まで責任を果たしなさい。嗚呼、母なる海の精霊よ、我が娘ジークリットにご加護を・・・。

 

 さらに数日後の記述

 もう日付は分からない。一人でも船員が生きている間は生きて故郷に返す、それが船長としての責任だ。だが実際には死んでいく者達を見送り、墓に葬ることしかできない。嗚呼、海の精霊は我等を見捨てたのか?神への呪詛を吐こうとした時、ご先祖様からの警告を思い出した。いずれ新たな魔王が蘇るかもしれない、その時に備えるべし。よくある御伽噺としか思っていなかった己の不明を恥じる。


 最後の記述

 今、最後の一人を葬った。私が船長として果たすべき責任は一つしかなくなった。その責任を果たすべく、私はこの船と最後を共にする。我が娘ジークリットよ、ここで朽ちていく私を許せ。父、母は最期まで勇敢に海に生きた、それだけは誇ってくれ。


 そこで記述は終わり、白紙のページが続いている。航海日誌を閉じたネイリーは溢れる涙を止めることが出来ずにいた。


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 目を開くとそこには見慣れた天井があった。そばには心配そうに自分を見下ろすマリアが座っている。


「気がついたのね。ジギー、あなた何をしたか、覚えてる?」


「ううん、お父様をお母様と同じお墓に葬って、その後は・・・・・・・・嗚呼。」


 始めは首を横に振っていたジギーは体を起こして記憶を辿る。少しの沈黙の後、はっと何かに気付き、ため息をついた。マリアがジギーの背中に手を回し抱きしめた。


「ジギー、あなたの気持ちが分かるとは言えない。でも今は何も思い出さなくてもいいわ。いずれ遠い記憶として処理できるようになるまでは。」


「うん・・・・うん・・・・・・・・。」


 ジギーはマリアの胸に顔を押し付けたまま涙を流していた。


「今、この船はメタルマを目指しているわ。その後、グランローズに戻って船から持ってきた物を故郷に返してあげましょうね。」


「うん。」


 そのまま泣き続けていたジギーはいつの間にか再び眠りについていた。抱いていたマリアはジギーをそっと寝具に寝かすと静かに船室を出て行った。

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