燃える岩礁
「なあ、ジギーはどうなった?」
甲板に出てきたネイリ-にアレックスが問いかけた。
「うん、寝てる。と言うか、意識を取り戻していない。今はマリアが様子を見てるよ。」
「ふ~ん、そうか。まあ、すごかったからな。見ろよ、まだ燃えている。」
アレックスは船の上から岩礁に向かって視線を送る。そこには紅蓮の炎が座礁した船全てを焼き尽くさんとしている光景、ネイリ-は深いため息をついた。
「あっ!アレックス、火傷は!?」
「へっ、これくらい何ともない。」
アレックスの服は鎧の部分を除く全ての場所が焼け焦げ、背中、両手、両足にかなりの火傷ができている。当然の様に髪は焼け焦げ、煤だらけの顔がむき出しになっていた。
「馬鹿!何ともないわけがないだろう。今すぐ魔法を使うから動かないで・・・。」
《僕は魔力を3消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、血、肉となりて、この者を癒せ!Sanitatum(治癒)!》
ネイリ-の手がアレックスの身体に当てられ、薄く光輝く。光に包まれた場所が癒され、徐々に火傷の跡が消えていった。アレックスは自分の体が癒されていくのを他人事の様に冷静に見つめていた。
「こう簡単に治っていくのを見ると、やっぱり魔法はすごいと思うな。だけどさっきのジギーの魔法に較べると霞んで見えるのも事実だ・・・・・・・すまん、余計なことを言った。」
「ああ・・・ジギーの才は規格外としか言えない。自覚していないのが腹立だしくも感じるよ。さっきも君が助け出さなければ、今頃あの炎の中で灰になっていたのは間違いないね。」
二人の目が未だ燃え続けている岩礁を見つめている。その目には炎の赤でなく、さっきの出来事が映っているようであった。
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「ジギー、もう葬ってあげようよ。いつまでもこのままでは可哀想だろう?」
壊れた船の操舵室で操舵輪に縛り付けられた遺体に、ジギーがしがみついて嗚咽している。かれこれ一時間ずっとこのままの為、仕方なくネイリ-が声をかけたのだった。
「・・・・・・うん。」
ジギーは何か言おうとしたが言葉にならず、一言返事だけしてそこから離れた。俯いたままぐずっているジギーをマリアが胸に抱いて慰めている。アレックスとネイリ-は遺体を縛り付けている縄から開放し、適当な布に包んで一際大きい墓へと運んだ。すでに穴は掘られている。
「ジギー、土を被せていいかい。最後にお別れがあるなら今の内だよ。」
「うん。」
ジギーは手にしていた金属板を地に横たわる父の手に握らせる。それは船から取り外した船籍を示した金属板、他にこの墓に埋めるに相応しい物はなかった。しゃがんでいたジギーが立ち上がり墓穴から退くと、アレックスとネイリ-が木切れから作った簡易のスコップで土を被せた。
「水の精霊は来たりて彼を助け、水の精霊は出でて彼を助け、彼の霊魂を導きて、いと深きにまします水の精霊の懐に抱かれんことを・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネイリ-が鎮魂の祈りを捧げる。ジギーの頼みで両親等海に生きる者が信仰する水の精霊にその魂を委ねることにしたのだ。この世界では火、水、地、風の精霊が信仰されている。大地を耕す者達は地と水の精霊を、海に生きる者は水と風の精霊を、統治を行なう者は精霊を束ねる神を信仰する。死した魂がどこに行くのかははっきりとは分からないが、神官は死者か遺族の望みに従い、神か精霊の御許へと送るべく祈りを捧げる。
ネイリ-の長い祈りが終わり、ジギーを除く全ての者が墓から離れた。一人残ったジギーが名残惜しそうに墓の前に立っている。アレックスが少し離れたところで何かの気配に振り向いた。
「ちっ、魔物だ。こんな時に無粋な!」
アレックスの声にネイリ-とマリアも振り向く。海生の哺乳類が海から上がってきてジギ-を囲んでいた。例に漏れず瘴気で凶暴化して魔物と化している。今からでは間に合わない、皆がそう思った。
突然、襲われんとしているジギーの右手が大きく振られた。手の動きに従って放射状に炎が燃え広がる。その業炎に巻かれた魔物が一瞬で灰になった。それで魔物は片付いた、はずであった。しかしジギーの手は止まらない、その手が振られる度に炎が岩礁に広がり、アレックス達が呆然としている間にジギーは炎の海の中に倒れていた。
「くそっ、世話が焼けるっ!」
「アレックス、危険だっ!」
ネイリ-が止めるのも聞かず、アレックスがそのまま炎の海に飛び込んだ。鎧のない部分が火に焼かれるのも構わずアレックスはジギーの下へと走る。意識を失って倒れているジギーを抱き上げたアレックスは、空を飛ぶ勢いで船へと走った。
「アレックス、無茶だ。今、治癒の魔法を使う。」
「いらん、それよりジギーだ。怪我はしてないがどこかおかしい。」
船に辿り着いたアレンはぐったりとしたままのジギーの体を甲板に寝かせた。ネイリ-は横になっているジギーの額に触れる。尋常でないぐらい冷たいことに驚いた。
「これは?マリア、ジギーを寝かせる。付いてきて!」
慌てたネイリ-はジギ-を抱き上げるとマリアを連れて船室へと走り出した。二人は協力してジギーを暖かい寝具に寝かせた。これが30分前の出来事だった。
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マリアが甲板に上がってきたのはそれから2時間後のことで、その姿を認めたネイリ-が話しかけた。
「マリア、ジギーの容態はどう?」
「もう大丈夫、体の冷えもなくなったわ。多分、魔力の大量消費に伴う一時的な症状だと思うわ。」
「よかった。でもどうやって治した?」
「ええ、まあ、抱いて寝てただけよ。これだけはあなた達に任せられないわ。」
少し顔を赤くしたマリアがそう説明すると、何か思い浮かべたのか、アレックスとネイリ-がそっぽを向いた。言うべきことのなくなったマリアがなんとなく岩礁に目を向けると、そこには先ほどではないが未だ燃え続けている岩礁があった。
「すごいわね、まだ燃えているわ。いつになったら消えるのかしら?」
「船の残骸が燃え尽きたら自然に消えるさ。」
素っ気無くアレックスはそう言うと船室に向かう階段へと歩き出した。
「どこ行くの?」
「着替えてくる。焦げ臭い匂いにも飽きた。」
そう言ったアレックスの身体は、燃えた服のせいで半分以上むき出しになっていた。その姿を見送ったマリアがネイリ-に話しかける。
「アレックスのお手柄ね。私にはどうしようもなかったわ。」
「・・・僕もだよ。なんとかしなければいけないとは思ったけど、あの炎の海に飛び込む勇気はなかった。」
「ネイリ-、あなたはアレックスとは違う。多分アレックスは何も考えてなかったと思うわ。己が感じるままに動くのがアレックス、考えて考えた末に動くのが貴方、どちらが良い悪いと言うわけじゃないわ。今回はそんなアレックスに助けられた、そう思うことにしましょう。」
「・・・そうだね、そう思うことにするよ。」
意気消沈していたネイリ-は慰めてくれているマリアを気遣って無理に笑顔を浮かべた。マリアが立ち去った後も、ネイリ-は甲板の隅で炎が沈静化していくのをずっと見つめていた。




