ホセの懺悔
ガチャッ!
隣の部屋で控えていたジギーとマリアは、隣の部屋の扉が開く音を聞いた。数歩の足音の後に控えめなノックがされる。マリアが内側から扉を開けてネイリーを迎え入れた。
「何か分かった?お父様は何処にいるの?」
「ジギー、ちょっと待って。懺悔として聞いたんだ。軽々しくは話すことはできない。」
問い詰めるジギーに、ネイリーは疲れた顔で答えた。
「助けを求めている人を放っておくわけにはいかないでしょ?その為の情報なら話しても神様は怒らないのではなくて?」
「なるほど、マリアの言う通りだ。じゃあ懺悔に関係ない情報だけを抜き出して話すよ。まず船の場所について、ノイエラントとローザライン大陸の間の大洋の何処か、おそらく北東の方角にある岩礁の何処かで座礁していると言っていた。場所に心当たりはあるかい?」
「ううん、分からない?でもホセが一人でここにいるの?どうしてお父様達はここにいないの?」
「うん、まあそれは懺悔の内だから詳しくは話せない。今話をまとめるから少し待って。」
ネイリーは掴みかからんばかりに聞くジギーを抑えて考え込む。しばらくしてから口を開いた。
「じゃあ、簡潔に話すよ。ホセ達5人は座礁した船から救命ボートに乗って船を離れた。もし他の船に助け上げられるか、他の町に着くことができたら、助けに来てくれ。ジギー、君のお父さんにそう言われて船を離れたそうだ。」
「・・・じゃあ・・なんでこんな所で呑んだくれているんだよっ!その話が本当なら助けに行っているはず・・・ぼくは納得できない。ホセに直接聞いてくるっ!」
立ち上がって部屋を出ようとしたジギーをネイリーが押し留めた。
「駄目だ、今は眠らせてやってくれ。彼はやっと悪夢にうなされることなく眠れたんだよ。」
「じゃあどうするんだよっ!このままじゃお父様もお母様も浮かばれないよ。」
「ジギー、これは僕の想像だけど、君のお父さんは助けに戻ることを期待してなかったと思う。話に聞くかぎり座礁した岩礁からここまで最速で5日、往復で10日かかる。だけどまともに推進装置のない救命ボートではもっと時間がかかることは用意に想像できたはず。多分、助けを呼んでくるように嘘をついたんじゃないかな。」
「そんなわけない・・そんなことネイリーの想像にすぎない。もしそれが本当だったとしても助けに行っていないことには代わりない。ホセはお父様の期待を裏切ったんだ。」
目が座ったジギーはここにいないホセを断罪した。目に涙を浮かべ、両の手を握り締めたまま、隣の部屋を遮る壁を睨んでいる。
「ジギー、君の気持ちは分かるけどそうじゃないんだ。水も食糧も禄にない救命ボートの上で仲間達が一人、また一人と死んでいった。その中で徐々にホセの心は壊れていき、ここに着いた時には正気を失っていた。助けに戻ることなど考えられないぐらいにね。」
ネイリーは言葉を選んで語った。ホセの懺悔はもっと詳しく彼の罪を物語っていたが、ジギーに話すことはできないと判断した。
ホセ達が乗った救命ボートには最初5人乗っていた。漂流すること三日、皆が止めるのも聞かず“何か見える“と言ってどこかへと泳ぎ去った者がいた。勿論そのまま戻ってきていない。次の一人は弱って生きているのか死んでいるのか分からなくなったので流した。これは残っていた三人の総意であって罪の意識はなかった。ボートに積んである水や食料にも限りがあるのだ。
それから更に時間が流れて一人が狭い船の上で暴れ始めた。共倒れを恐れた二人が手にしていたオールで殴り殺した。その時に流れた血はもう食べる物もなく餓えていた二人の食欲を刺激し、気付くと死者の肉を咀嚼していた。
そしてその肉も腐り始めてきた頃、最後の仲間も死んでいった。“ホセ、俺の肉を食ってでもお前は生きろ。それで俺は・・・”、最後まで聞くことのできなかった言葉が頭から離れない。そう言ってホセは泣き崩れた。
ホセは自分の罪の意識に死を望んでいるが、最後の仲間の言葉に縛られて自ら死ぬことも出来ない。助けに戻るにもここノイエブルクに船の当てはなく、どうしようもない焦燥から酒に逃げた。それぐらいの金は救命ボートに積んであった。誰にも語ることもできず、一人罪に苛まれ酒を呷る。酔いつぶれてやっと眠りにつくことができるが、しかしそれでも繰り返される悪夢に苦む。そのホセは全てを懺悔した後、酔いに頼ることなくネイリーの前でやっと眠りにつくことができた。
「だから、ホセを許せと言うの?だったらぼくのこの気持ちはどうなるの!?お父様もお母様も報われないよっ!」
「君の気持ちが分かるとは言わない。だけど少しでも慰めになることはできる。ジギー、お父さんとお母さんを迎えに行こう。」
「・・いいの?大事な旅の途中なのに・・・。」
「良いも悪いも初めからそういう約束よ。」
涙を流しているジギーの頭を、同じく涙を流しているマリアがそっと抱く。その光景に涙を抑えられなくなったネイリーはそっと部屋を出た。
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ネイリーは自分の部屋に戻らず、下の酒場に行った。そこには不機嫌な顔のアレックスが酒を片手にテーブルについていた。
「また酒かい?ほどほどにするべきだと思うけど・・・。」
「ふん、酒ぐらい勝手にさせてくれ。で、出発はいつだ?」
そう言ったアレックスの声は少し震えていた。よく見ると額に汗をかいている。それに気付いたネイリーはアレックスの顔を改めて見る。目が赤くなっていて少し潤んでいた。
「そうか、聞いていたのか。」
「何のことだ。まずメタルマに宝玉を取りに行くんだろう?それほど時間に余裕はない。寄り道するなら少しでも早く出港した方がいいんじゃないか?」
アレックスは乱暴に手で目を擦って強がってみせた。ネイリーは素直ではないアレックスの優しさに何か救われた気がした。
「そうだね、じゃあ船長にそう伝えておく。出発は出航準備ができたらすぐと言うことにしよう。」
「分かった。船長には俺が伝えておくから、お前はあのホセとかいう奴の面倒を見ていろ。俺は病人の面倒を見るなんてお断りだからな。」
それだけ言うとアレックスは宿屋を出て行った。
「素直じゃないな。まあ、素直なアレックスなんて考えられない・・・か。」
ネイリーはそう呟くとホセの眠っている自分の部屋へと向かう。戻った部屋ではホセが穏やかな顔で眠っていた。




