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発端

 魔導船独特の振動が足から伝わってきた。アレックスとネイリーは右手に武器を持ったまま、手近な柵に掴まる。だんだん振動が大きくなっていくが船が進む様子はない。操舵室を見ると操舵輪を握った船長が何か声を上げているのが見えた。


「どうやら駄目みたいだな。どうする?」


「いくつか脚を切り落とす。それで拘束力が落ちるかもしれない。」


「了解、俺もそう思っていたところだ。」


 そう言うとアレックスは柵から手を放して、船に張り付いている軟体生物の触手を剣で斬り付けた。アレックスは甲板の上を飛び回って張り付いた触手をバラバラにしていく。切られることを嫌がった触手が反撃に出るが、水中の本体からアレックスの姿は見えていない。普段は身につけている鎧も盾も装備していないアレックスは軽々とその攻撃を避けている。


「無謀だけじゃない。」


 柵にしがみついたままネイリーはそう呟いた。船から落ちれば一貫の終わり、落ちなくても触手に捕まれれば同じ、それがネイリーを動けなくさせていた。柵から左手を放さずに移動して触手に切りつける。しばらくして船の振動が変わった。


「アレックス、動くぞ。何かに掴まれ。」


「ああ、分かった。」


 船の上にすでに動いている触手はない。水中で何かが千切れるような感触がして船が動き出す。アレックスはよろけながらも柵に掴まって海に落ちることを免れた。徐々に船の速度が増す。航跡の向こうに何か蠢くものが見えたような気がした。


 -------------------------------


 10分もすると魔導エンジンの出力が切れたが、落ち着いた船員達の操作により船は風を受けて海の上を走ることに成功していた。操舵室にドラーフゲンガー、アレックス、ネイリー、マリア、ジギーの5人が集まっている。


「さっきのは驚いた。海の上は結構長いがまさか伝説の海の魔物クラーケンに会うとは夢にも思わなかったぜ。」


「あれがクラーケンか。いきなり珍しいものに会えたな。」


 船長の言葉にアレックスが心底楽しそうに答える。


「喜んでいるところ悪いが多分違うよ。あれは只の蛸か烏賊だと思う。」


「だったら何だよ。あんなでかい蛸なんて見たことないぞ。」


「大きな蛸や烏賊の死体が発見された例はある。それらがクラーケンの伝説を作ったと思われる。」


「詰まらん推論だ。夢や浪漫がない。それに今回は死体じゃない、実際に襲ってきたじゃないか。」


 アレックスの言う夢や浪漫、それを壊してくれたネイリーにケチをつけた。


「確かにアレックスの言う通りだが、あれは瘴気のせいだと思う。野生の生き物が瘴気で凶暴化しているのは知っているだろう?」


「んあ・・・ああ、知っている。」


「元々大きい個体が瘴気で凶暴化した。夢のない推論で悪いけどそれで説明がつく。その証拠に襲われる前に甲板にいた者は皆、瘴気にやられて気絶していた。おそらく特別に濃い瘴気溜まりがあったのだと思う。」


 ネイリーはそう結論付けた。アレックスは途中まで聞いていたが興味を失ったのか別の話題に変えることにした。


「なあ、船長。さっき船員が話してたけど海が変わったってどういう意味だ?」


「俺達は経験則でしか知らないが、以前とは風や海流が違っているように思える。この季節のこの場所ならこんな風は吹かない。海も同じだ。」


「なるほどな。ネイリー、これも瘴気のせいか?」


 さっきのことを根に持っているのかアレックスが嫌味ったらしく尋ねた。


「何でも瘴気のせいではないよ。暴論だけどもしかすると大きな魔力が働いた結果かもしれない。それは大規模な魔法の実権や儀式かもしれない。どちらにしても海や大気を狂わすほどの魔力が働いたなら、世界を瘴気で充満させることができると思う。」


「とんでもない話だが、だとすると俺達の敵はそれができる相手と言うことになる。なんとも大きい敵だな。」


「まだ何とも言えない。だからまずローゼンシュタインに行って敵の正体を確かめる。」


「そうだな、まあそれしかないか。でも一つ疑問がある。実際に敵と戦ったのはお前しかいないんだが、どんな奴だった?後学の為で教えてくれ。」


「襲ってきたのは真夜中、暗闇のせいで分からないことばかりだ。だけど僕の知っている範囲のことを教える。」


 コルネリアス=ローゼンシュタイン、思い出すには辛過ぎる夜のことを語り始めた。


 --------------------------


 丘の上に聳える美しき薔薇の城、そこから城壁を同じとする城下町グランゼが丘の下まで続いている。城も町も寝静まった真夜中に変事は起きた。


「報告します。城下町の何箇所かで火の手が上がっています。」


 騎士の詰所に慌てた兵士が駆け込んできた。


「火の手?そんなことあるわけなかろう。」


「本当です。火の手が上がったのは少なくとも五ヶ所以上、何が起きたか全く分かりません。」


「何っ!」


 兵士の言葉を確かめるべく、騎士達が詰所の外に躍り出た。眼下に広がる城下町のあちこちが燃え上がる火で明るくなっている。それで弛緩した空気が一気に張り詰めた。


「隊長に連絡、全ての騎士を起こせ。」


 詰所から兵士や騎士が飛び出して行く。残った者達が騎士隊長を待つ間もいくつもの報告が入る。良い報告は一つもない。


「何があった?正確に報告せよ。」


 しばらくして現れた騎士隊長が慌てふためいている騎士に問うた。その静かだが重厚な声で皆が落ち着きを取り戻すことができた。


「城下町で火の手が上がっています。その数は見えるだけで10と2、現時点では原因は分かりません。」


「分かった。騎士は兵士を連れて消化に向かえ。絶対に城まで火を来させるな。私はここで指揮を取る。」


「はっ!承知しました。」


 言われた通りに騎士が兵士を連れて城下町へと駆けていく。騎士一人に付き三人の兵士、この国の約三分の一の騎士10人が出動した後、騎士隊長は残りの騎士の到着を待つ。そして順次現れた騎士兵士にも同じことを命令した。


 ここに騎士隊長を始めとする騎士兵士は大きな間違いを犯していた。ローゼンシュタインが建国されてから200年、外敵に襲われたことはない。ノイエブルクに現れたという魔王はすでに過去の話、他国との間も悪くはない。もちろん国内に不満がないわけではないが反乱が起こるまでのこともない。この変事は偶発的な火事と思ってしまったのは無理もないことであった。


 ローゼンシュタインの騎士は騎士隊長を含めて32名、その内24名がすでに城下町へと散っていた。すぐに火は収まるだろう、騎士隊長は希望的観測で城下町を見下ろしていた。


 ドッゴォォォォォォン!突然の轟音が城の近くに響いた。さらに体験したことのない振動が脚から伝わって立っていることを困難にした。天井の隙間から砂がこぼれ、建物が崩れる。身の危険を感じた騎士隊長は外に飛び出した。


「何が起きた!?」


 騎士隊長の言葉に答えは返ってこない。聞こえるのは人の喚き声とうめき声、そしてまだ何かが崩れているような音、騎士隊長はその音の聞こえる方を見た。そこには信じられないものがあった。いやあるべきものがなかった。城の横に寄り添うように立つ黒の塔、遥昔の王妃を象徴する塔が崩れて横倒しになって城の一部を破壊していた。


「陛下っ!くっ、他のことはいい。動ける者は陛下の寝所に向かえ。」


 騎士隊長はそう命令すると走り出した。ついてくる者はほとんどいない。暗い廊下を走る内に少しずつ人が集まってきた。彼と同じく倒れた塔へと向かうことを判断した者だが明確な命令を待っていた。


「まずは陛下の身の確保を優先せよ。原因の究明は後でよい。他のことは各自判断せよ。」


「了解。」


「隊長殿、何が起きたのですか?」


 命令する為に歩く速度を緩めた騎士隊長の背中に声がかけられた。なに悠長なことを言っている、そう怒鳴りかけたが声の主に気付いて言葉を発するのを止める。


「コルネリアス王子、ご無事でしたか。」


「遅れて申し訳ありません。何が起きたのか説明していただけますか?」


 騎士隊長の言葉を嫌味と受け取ったのか、ネイリーは謝罪から始めた。王子ではあるが騎士の一人、騎士隊長は上官でもある。


「城下町で幾つもの火災、その後に黒の塔の倒壊です。それ以外のことは分かっていません。」


「敵襲ですか?」


「それすらも分かっていません。まず陛下の身を確かめましょう。」


「承知しました。」


 ネイリーは短くそう答え、騎士隊長に並んで廊下を走る。そうすることで兵士が集まってくることを期待した。が、しかしその期待は裏切られた。刃物で切り裂かれた者、炎によって焼け焦げた者、首筋を噛み切られた者、進む先々に凄惨な戦いの後があった。


「王子、前方に戦いの音が聞こえます。気をつけて下さい。」


 騎士隊長はネイリーの前に出た。曲がり角の先に人影と剣撃の音、それが何か分かる場所に辿りついた二人は立ちすくんだ。血しぶきを上げて倒れる兵士、その向こうにいたのは人のようで人ではない。人と同じく手に剣を持っているが、その背中には翼があった。青っぽい皮膚に赤い眼、頭には角が生えている。今まで見たことはなかったがおとぎ話に聞く悪魔そのものだった。

  

 

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