↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で磨いた推し活×事務スキルで、孤独な冷遇殿下を王太子に押し上げたら、重すぎる溺愛と執着で囲い込まれました  作者: 秋乃銀杏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/63

第9話 閑話・フリードリヒの独白

side:フリードリヒ 


 ――とても大切で、根気のいるお仕事だと思いました。


 燭台の炎が揺れる北棟の執務室で、私は帳簿を閉じた。


 あのお茶会の一言から、シャルロッテは頻繁にこの部屋を訪れるようになった。帳簿の矛盾を見つけ、数字を整理し、時には私より先に、業者の不正に気づく。


 膝の上で、指先をそっと握り込む。何かに心が動いた時、顔に出さない代わりに手に力を込める――昔からの癖だ。


(母は、私を産んだ日に亡くなった。肖像画でしか知らない、穏やかな目をした人だ)


(北棟で育った私に、表立って悪意を向けたり、害をなす者はいなかった。王妃陛下も、私を疎んじはしなかった。ただ――誰も、こちらを見なかった)


(廊下の侍従たちの目は兄上を追い、晩餐の話題は兄上の乗馬と笑顔ばかり。兄上は明るい人だ。羨んだことはある。でも、憎んだことはない)


『殿下。あまり目立ちすぎませぬよう。……殿下をお守りする後ろ盾は、まだ多くはございません』


 十歳の頃、コルンフェルト侯爵に言われた言葉だ。

ゆっくりとした田舎訛りのような話し方だったが、目は少しも笑っていなかった。


(私が兄上を上回れば、兄上を推す者たちの目がこちらに向く。……そして、その矛先は、私を支えるコルンフェルト家にも)


(派閥を伸ばすなら、子どもは兄上の側につけた方が得策のはずだ。それなのにコルンフェルト侯爵は、跡取りのベルトルを私の側近に据え、たった一人の娘まで、私の婚約者に差し出した)


(侯爵家の子を、二人とも。得にならない方へ、迷いなく賭けてくれた)


(だから私は覚えた。何でもそつなくこなす。けれど一番にはならない。できることも、できないふりをする。――私が兄上の不興を買えば、その恩を仇で返すことになるから)


『殿下、先ほどの剣の稽古、また手を抜いてわざと負けましたね。』


 誰も気づかないことに、ベルトルだけは気づいた。

気づいた上で、それ以上は何も言わなかった。


 そして十四の年、ベルトルの妹が、私の婚約者になった。当時十二歳の、小柄で物静かな少女。


(最初のお茶会は、沈黙ばかりだった。……ある日、彼女の膝の上の本の題名に、目が留まるまでは)


『……その本、私も読んだ』


 本の話になると、彼女は小さな声で、驚くほど深い感想を語った。女が学問をするのを良く思わない者は多いのに。


『君は物知りだね』


 頬を赤くして、嬉しそうに俯いた顔を、今でも覚えている。


(彼女は、不満を一度も口にしなかった。後ろ盾も華やかさも、確かな将来すらない第二王子に嫁ぐことになったのに。「もっと頑張って」とも「兄上に負けないで」とも言わず、ただ静かに、私の立場を慮って隣にいてくれた)


(それだけで、十分すぎるほど好ましい人だと思っていた。――あの夜会よりも、ずっと前から)


(……もっとも、それを本人に告げたことは、一度もないけれど)


 ――それなのに、あの夜会から、何かが変わった。


 兄上が婚約破棄を告げた時、彼女の手はひどく震えていた。外套を返しに北棟へ来た日、床に落ちた帳簿を拾い上げ、食い入るように見つめていた。


(あの目を、忘れられない。驚きと、感嘆と、燃えるような光。ずっと探していた宝物を見つけたみたいな目)


(水車の修繕費の水増しを、たった一枚の請求書から見抜いた時は、背筋が冷えた。数字の向こうに、人の嘘まで見通す目。……頼りない婚約者だと侮っていたわけじゃない。でも、ここまでとは思っていなかった)


 握り込んでいた指を、ゆっくりとほどく。


(以前の彼女なら、あんなふうにまっすぐ目を見て、言葉を重ねたりしなかった。今の彼女は――こちらを、見ている。私という人間を、奥の奥まで)


(なぜなのかは、わからない)


(ただ一つ確かなのは。誰にも見られないことに、とっくに慣れていたはずなのに)


(――彼女に見られることは、少しも嫌ではなかった)


 燭台の火を吹き消して、暗くなった執務室で、もう一度だけ彼女の笑顔を思い出す。


(この温かさに、私はもう、救われ始めているのかもしれない)




★評価・ブックマーク・リアクションありがとうございました。

励みになります。更新頑張ります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。