第8話 前世で培ったスキルで推しを助けます!
「――殿下。この水車修繕費の見積もり、少しおかしくありませんか」
気づけば、私は週に一度、北棟の執務室に通うようになっていた。表向きは「お借りした本の感想をお伝えしに」
(本当は、会いに来る口実を探すのに必死だっただけです……! 月一のお茶会じゃ、全然足りない!)
「おかしい? 業者の見積もりだが」
「昨年のミュールドルフの修繕費が金貨十二枚。今年の見積もりは十八枚です。水車の規模は同じなのに、五割増しは不自然です。それに、この請求書、日付が工事の完了日より前になっています。終わっていない工事の代金が、先に計上されているんです」
殿下が、はっと顔を上げた。
「……よく気づいたな。私は、数字が合っているかしか見ていなかった」
(数字が合ってるかより、その数字が"正しいか"が大事なんですよ……!)
(前世で嫌というほど見た、水増し請求、経費の付け替え、架空発注。「数字は合ってるのに、おかしい」パターン……!)
「他の村の修繕費とも比べてみましょう。殿下、その帳簿と、紙とペンをお借りします」
もう遠慮はしなかった。袖をまくって、村ごとの修繕費を一覧にしていく。金額、日付、業者名。頭の中で勝手に表計算の列が揃っていく。
「……君は、こういうことに慣れているのか」
「え、あ、昔から数字を扱うのが性に合っておりまして」
(前世は会計事務所で働いてました!とは言えない……!)
二時間ほどで、一覧ができあがった。
「ミュールドルフとブルンネンタールだけ、修繕費が突出しています。担当している業者は――」
「……同じ業者だ」
殿下の声が、低くなった。
「視察の折に確かめよう。……ありがとう、シャルロッテ」
いつもより少しだけ、力のこもった声。
(推しに、頼りにされてる……!)
それから、「お手伝い」は日常になった。帳簿の矛盾を探して、数字を整理して、時には並んで一緒に計算をする。
(ペン先が紙を滑る音。窓からの光。殿下がふと漏らす、小さな笑い声。……これ、公式が匂わせすらしなかった隠しルートなのでは?)
(好きな詩人は皮肉屋ばかり。剣が本当は得意なのに、アルブレヒト兄様の前ではわざと外している。甘いお菓子を、机の二段目の引き出しにこっそり隠している――推しの情報を集める「殿下ノート」、また厚くなりました!)
ある日、帳簿を閉じたところで、私は切り出した。
「殿下。以前お話いただいた東部の病のお話ですが、飲み水と汚れた水を分けられたら、伝染る病そのものを減らせるかもしれません」
「私もそう考えている。だが、確信があるわけではない」
「確信は、私にもありません。ただ――」
(前世の知識は断片的。細かい理屈はそもそも知らないし、この世界には予防注射も特効薬もない)
(でも一つだけ確かなこと。清潔が、一番の予防だってことは知っている)
「水を清潔に保つことは、必ず、病を遠ざける助けになります。私は、そう信じています」
殿下はしばらく私を見つめていた。
「……君は、時々、私よりずっと先を見ているように思う」
「一緒に、考えてもよろしいでしょうか。殿下のお考えを、形にする方法を」
「……ああ。ぜひ、頼みたい」
窓の外で、初夏の鳥がさえずっていた。
二人の間に広げた帳簿に、まだ誰も知らない計画の、最初の一行が書き加えられていく。
(この計画が、いつかこの国の、どれだけの人の命を救うことになるか)
――そして、この頃の殿下が、私のことを"どう見ていたのか"
それを私が知るのは、ずっと後のことだ。
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