第7話 推しの本音、いただきました!
(推し活の基本、その一。まずは推しをよく知ること!)
(その二。推しには、何をいいと思っているのかを具体的に、褒めること!)
推し変から一週間。月に一度の親睦のお茶会は、王宮の東屋で開かれた。
「今日は、少し暖かいね」
「はい。薔薇ももうすぐ咲きそうですわ」
最近読んだ本の話。庭の花の話。殿下は相槌を打ちながら、私のカップが空になりかけると、さりげなく侍女に目で合図する。
(はい、気遣い一ついただきました。……じゃなくて、今日は私から言うって決めたんだから)
「殿下。先日、執務室で拾った帳簿のことなのですけれど。つい、拝見してしまいました」
「つまらないものだっただろう」
「いいえ」
首を横に振る。
「東部三村の麦の減収を、天候の記録と照らし合わせて、不作によるものだと確かめておられましたね。水車の修繕費の差額にも印をつけて、合計欄の計算違いも正しい数字に直しておられた」
殿下の手が、ぴたりと止まった。
「ああいう確認は、一つ一つは小さくても、積み重なれば領地の暮らしを守ります。見落とせば誰かが困る。でも誰も褒めてはくれない。……とても大切で、根気のいるお仕事だと思いました」
(……喋りすぎた? 侯爵令嬢が帳簿の中身に口を出すなんて、はしたないって思われたかも)
殿下は何も言わず、青灰色の瞳を見開いたまま、じっと私を見ていた。テーブルの上の手が、きゅっと握り込まれる。
「……そこまで、見ていたのか」
「差し出がましいことを申しました」
「違う、そうじゃない。……あの帳簿を、誰かにちゃんと見てもらったのは、初めてだ」
(初めて……? あれだけの仕事を、今まで誰も……?)
風が吹いて、薔薇の葉がさわさわと鳴る。
「……シャルロッテ。少し、つまらない話をしてもいいかな」
「はい。ぜひ」
「東部のミュールドルフには、夏になると必ず腹を下す病が流行る。子どもや年寄りが、毎年何人も亡くなるんだ」
静かな声の奥に、確かな熱があった。
「帳簿を見ていて気づいた。病が多い年は、決まって雨の少ない年だ。井戸の水位が下がると、近くの汚水溜めから水が染み込むのかもしれない。……飲む水と汚れた水の通り道を分けられれば、あの病は減るんじゃないかと、ずっと考えている」
(――それ、上下水道の考え方……!)
(前世では当たり前すぎて誰も意識しない仕組み。それを、この人は帳簿の数字だけを手がかりに、自力で辿り着こうとしてる)
「でも、私が言っても誰も取り合わないだろう。直轄領の小さな村の話だし、金もかかる。……だから、誰にも話したことはなかった」
自嘲するような、小さな笑み。
「こんな話をしたのは、君が初めてだよ」
(…………尊い)
(無理、尊い。推しが自分から本音を……! しかも「君が初めて」って何? 公式からの特大供給では??)
(しかも中身が、村の子どもたちの命を守りたいって話で……解釈一致どころか、解釈を超えてきた……!)
転げ回りたい衝動を必死に抑えて、私は背筋を伸ばした。
「殿下。それは、つまらないお話などではございません。とても素晴らしいお考えです。いつか、きっと、形にできる日が来ますわ」
殿下が驚いたように瞬きをして――ほんの少しだけ、口元をほころばせた。
「……ありがとう、シャルロッテ」
(推し活一日目。推しの本音、いただきました)
(この人の考えを、いつか必ず、日の当たる場所へ。……そのために私にできることって、何だろう)
答えは、思っていたよりずっと早く見つかることになる。
前世で一番嫌というほど鍛えられた、あのスキルで。
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