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前世で磨いた推し活×事務スキルで、孤独な冷遇殿下を王太子に押し上げたら、重すぎる溺愛と執着で囲い込まれました  作者: 秋乃銀杏


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第58話 隣国からの使者

「隣国ヴァルデン王国の王太子、レオンハルト殿下が、直々にお見えになるそうだ」


 十一月の終わりに、フリッツ様が届いたばかりの書状を置いた。


「ヴァルデン……国境の向こうで、別の国と小競り合いを続けている、あの」

「ああ、アイゼンベルク家が剣を売っていた相手だ。……剣の輸出を止めると決めたことへの、抗議だろう」


(公爵閣下が剣を止めたら、困る国がある。それは黙ってないよね……)


「陛下はお加減が優れない。宰相閣下と私で、お迎えすることになった。――ロッティ、君にも同席してほしい」


♦


 三日後、王宮の応接の間に現れたのは、黒髪をきっちりと撫でつけた、鋭い目の青年だった。年は、フリッツ様より少し上だろうか。

軍服に近い礼装に、国境の戦の気配を身にまとっている。


「ヴァルデン王国王太子、レオンハルトだ」


 発せられたのは、ヴァルデンの言葉だった。

宰相閣下の後ろに控えていた通訳官が、慌てて一歩前に出る。


(ヴァルデン語……! 妃教育で習ったけど、私はまだ、日常会話がやっと……)


「通訳には、私がお役に立てるかと」


 すっと前に出たのは――宰相閣下の隣に控えていた、ヴィクトリア様だった。


「娘のヴィクトリアです。ヴァルデンの言葉には、通じておりますので」


 宰相閣下の紹介に、レオンハルト殿下が、ちらりと彼女を見た。


(そうだ。ヴィクトリア様は、三か国語、妃教育の中で一番の成績だった……!)


 会談は、最初から緊張で張り詰めていた。


「単刀直入に言おう。剣の輸出を止められては、我が国は国境を守れぬ。アイゼンベルク家との取引の再開を、求めに来た」


 ヴィクトリア様の澄んだ声が、それを訳していく。


「剣の輸出は、再開いたしません」


 フリッツ様は、静かに、けれどはっきりと答えた。


「ですが、ヴァルデンとの取引を、やめたいわけではない。剣ではなく、別のものを売りたいのです」

「……別のもの?」

「麦と、鉄の道具です。国境の戦で、貴国の畑は荒れていると聞きます。兵を養う麦も、畑を耕し直す鋤も、足りていないはずだ」


 ヴィクトリア様が訳すと、レオンハルト殿下の眉が、ぴくりと動いた。


「腹を満たす麦で、敵は退かぬ」

「ですが、腹を空かせた兵では、国境は守れません」


(フリッツ様……!)


 レオンハルト殿下が、何かを鋭く言い返した。

早口のヴァルデン語。私には、半分も聞き取れない。


 ――その時、ヴィクトリア様が、訳すのをやめた。


 そして、レオンハルト殿下に向かって、まっすぐに、ヴァルデンの言葉で語り始めた。


(え……!? ヴィクトリア様、自分の言葉で……!?)


 凛とした声。ところどころ聞き取れたのは、「麦」「冬」「民」、そして「橋」という言葉。


 レオンハルト殿下の表情が、少しずつ変わっていく。

鋭さが和らぎ、やがて、驚いたように、ヴィクトリア様を見つめた。


 話し終えたヴィクトリア様が、こちらに向き直って、静かに訳した。


「――『剣は、使えば消えます。けれど道は、使うほど太くなる。我が国が今、王都と地方を鉄道で結ぼうとしているように、いずれ、その道を国境まで延ばせば、貴国は剣を買う代わりに、毎年、麦と鉄の道具を手に入れられる。冬を越すたびに、貴国の民は、剣ではなく、隣国の麦で命を繋ぐことになる。――それは、どんな剣よりも強い国境の守りではありませんか』と、申し上げました」


(ヴィクトリア様……! それ、私の計算書の数字……!)


 気づけば、ヴィクトリア様の手元には、私がフリッツ様に渡した、鉄道の計算書の写しがあった。


(いつの間に……! 宰相閣下から借りて、読み込んでたんだ……!)


「……王太子殿下」


 長い沈黙のあと、レオンハルト殿下が、今度は私たちの国の言葉で、ゆっくりと口を開いた。少し訛りはあるけれど、はっきりとした発音で。


(え、話せたの……!? 最初から……!?)


「失礼をした。こちらの国の者が、我が国の事情を、どこまで理解しているか、試させてもらった」


 レオンハルト殿下は、ヴィクトリア様に向き直った。


「……ヴィクトリア嬢。あなたは、我が国の冬をご存じなのか」

「書物で少しだけ学びました。それと、殿下の国の帳簿の数字で」


 ヴィクトリア様が、扇子をぱちんと閉じた。


「数字は、嘘をつきませんもの」


(それ、私の口癖……! ヴィクトリア様、いつの間に……!)


 レオンハルト殿下が、初めてふっと笑った。


「――鉄道の話は持ち帰って、父王に伝えよう。剣の件は、一度、白紙に戻す」


 会談の後、回廊でレオンハルト殿下がヴィクトリア様を呼び止めているのが見えた。


「ヴィクトリア嬢。……あなたのような方が、我が国にいてくれたらと、思わずにはいられない」


 ヴィクトリア様は、一瞬だけ目を見開いて――それから、いつもの凛とした微笑みで、優雅に一礼した。


 けれど、その耳が、ほんのりと赤くなっていたのを、私は見逃さなかった。


(え、待って。これって……)


(推しカプ……ならぬ、推し"親友"カプ……誕生の瞬間では……!?)


「ロッティ。顔に全部出ている」

「フ、フリッツ様……!」


 隣で、フリッツ様が小さく笑った。


 ――その十日後。オイレンブルク家に、ヴァルデン王国から、一通の書状が届いた。


 ヴァルデン王家の紋章が押された、ヴィクトリア様への正式な縁談の申し入れだった。


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