第56話 箱推しされてます!?
「ご覧になりまして? 今の殿下」
「『誰にも渡すつもりはない』ですって……!」
「あの穏やかな殿下が……! シャルロッテ様も、真っ赤になっていらして……」
(き、聞こえてます……全部……!)
壁際で扇子に顔を隠していると、銀のバイオリンを胸につけた令嬢が、うっとりとため息をついた。
「私、殿下を応援しておりましたけれど……最近は、シャルロッテ様と並んでいらっしゃるお姿を見るのが一番幸せなの」
「わかるわ! お二人を、まとめて応援したくなるのよね」
「本当に、尊いですわ……」
(それ、前世で言う、箱推し……!)
(推しを押し上げる裏方のつもりだったのに、まさか私まで一緒に推される側になるなんて……)
「――ずいぶん人気者になったわね、シャルロッテ」
青灰色のリボンを扇子に結んだヴィクトリア様が、隣に立っていた。
「おめでとう。十二歳の春、お辞儀で泣いていたあなたが、王太子妃になるなんて」
「ヴィクトリア様が、コツを教えてくださったおかげです」
「ふふ。相変わらず、膝は浅くなっていないようね」
珍しく声を立てて笑ってから、ヴィクトリア様は広間の奥へ目をやった。
マクシミリアン殿下の腕に手を添えたマリー嬢が、一年前よりずっと綺麗な角度でお辞儀をしている。
「マリー様の養子先、フリューゲルシュタイン侯爵家に決まったそうよ。持参金は、殿下がご自分の財産から。王太子妃でなく王子妃なら、妃教育もゆっくり進められるでしょう。……来年の春、婚約が発表されるわ。その時は、私も臣下として祝福するつもり」
「ヴィクトリア様は、それで……」
「大丈夫。父が縁談をいくつか持ってきているの。誰に嫁ぐかを決めるのは、今度は私が選ぶ番だわ」
(ヴィクトリア様、やっぱりかっこいい……!)
「シャルロッテ様!」
マリー嬢から声を掛けられる。
「おめでとうございます! 回廊の時も、温室の時も、シャルロッテ様がいてくださったから、私……!」
「マリー様、系譜の暗記は進んでいて?」
「は、はい、ヴィクトリア様! 紋章をお話にして覚える方法で、やっと半分まで……!」
「半分。……まだまだね」
ぴょこん、と小さく跳ねたマリー嬢に、思わず笑ってしまった。
(悪役令嬢とヒロイン。断罪される側と、する側。……その二人が並んで、私に「おめでとう」って言ってくれてる)
(エンディングの先には、こんな景色があったんだね)
ふと広間の中央を見ると、お父様とお母様が踊っていた。
曲の合間に、お母様がお父様を見上げて、何か囁いている。お父様の顔が、見る見るうちに赤くなった。
「『今夜のあなたは、とても素敵よ』だとさ」
いつの間にか隣にいた兄様が、肩をすくめた。
「ロッティ、お前母上に何を吹き込んだ?」
「最近のお義母様、お義父様のお話になると、とても楽しそうなの。私にまで『あの人の良いところは』って教えてくださるのよ」
(お母様……推し活、完全に開花して、布教まで……!)
曲が終わると、お母様はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
でも耳は真っ赤で、お父様の腕に添えた手は離さない。
(コルンフェルト家、箱推し案件が多すぎる……)
「――動かないでいてくれたね」
陛下との話を終えたフリッツ様が戻ってきて、乱れかけた私の髪のリボンに指をかけた。結び目を直すふりをして、耳元に顔を寄せる。
「ほんの少し離れただけで、これだ。……私は、君がいないと、息もまともにできないらしい」
結び直した指先が、うなじをかすめるように撫でていった。
(…………っ! 皆様の、目の前で……!)
夜会も終わりに近づいた頃。
バルコニーの近くで、思いがけない人に呼び止められた。
「シャルロッテ嬢。少し、いいかな」
マクシミリアン殿下だった。隣にマリー嬢はいない。
プラチナブロンドを夜風に揺らして、殿下は大広間の中のフリッツ様を眺めていた。
「あいつが、あんなふうに笑うのを、初めて見た気がするよ」
「……マクシミリアン殿下」
「僕は、弟のことを何も知らなかった。何を考えているのかわからない奴だ、なんて言っていた。……知ろうとも、しなかったんだな」
殿下は、少しだけ寂しそうに笑った。
「君が、あいつを見つけてくれたんだろう。――ありがとう。弟を、よろしく頼む」
(マクシミリアン殿下……)
前世で、何百時間も画面越しに見つめた推し。解釈違いで、熱が冷めた人。
(でも、この人もちゃんと変わろうとしてる。……ゲームのエンディングの、その先で)
「はい。お任せくださいませ」
深くお辞儀をすると、殿下は「マリーが待っている」と、軽く手を上げて去っていった。
その背中を見送っていると、すぐ後ろから、低い声がした。
「――兄上と、何を話していた?」
振り返ると、フリッツ様がいつの間にかすぐそばに立っていた。
穏やかな微笑み。けれど、その瞳は、少しも笑っていなかった。
(……マクシミリアン殿下にまで、妬いてる……!?)
「弟を、よろしく頼むと」
「…………そうか」
ほんの少しだけ、フリッツ様の目元が和らいだ。
「それなら、言われなくても」
私の手を取って、お互いの指を絡めた。
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