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前世で磨いた推し活×事務スキルで、孤独な冷遇殿下を王太子に押し上げたら、重すぎる溺愛と執着で囲い込まれました  作者: 秋乃銀杏


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第52話 蒸気の技術者を探して

「――帰れ。お貴族様の道楽に付き合う暇はない」


 アイゼンベルク領の山あいの、煤だらけの小屋。扉を開けた途端、作業着の男が、こちらを見もせずに言い放った。


 ぼさぼさの灰色の髪。油と煤で真っ黒な手。年は四十ほどだろうか。小屋の奥には、鉄の筒や歯車、見たこともない形の部品が、ところ狭しと積み上がっている。


(この人が、フォルクさん……。公爵閣下が言ってた、偏屈な蒸気の技術者)


「突然すまない。私は、フリードリヒ――」

「知ってる。第二王子だろう。公爵様から使いが来た。……どうせ、蒸気の機械で何か派手な見世物でも作れってんだろう」


 フォルクさんは、手にした鉄の部品を、がちゃりと作業台に置いた。


「前にも来たよ、どこぞの貴族が。『火を吐く化け物を、祭りの見世物にしたい』ってな。あんたらは、いつもそうだ」


(……祭り)


 兄様が何かを言いかけて口を閉じた。

フリッツ様は、少しだけ目を伏せてから、静かに言った。


「見世物ではありません。……あなたの機械を、見せていただけないだろうか」

「見てどうする」

「坑道の水を、蒸気の力で汲み上げているのでしょう。人が何十人もかかって汲み上げていた水を」


 フォルクさんの手が、ぴたりと止まった。


「……誰に聞いた」

「公爵閣下に。それから、鉱山の記録にも、あなたの機械を入れてから、坑道の水で溺れる者が出なくなったと書いてありました」


(フリッツ様、ここに来る前に、鉱山記録まで調べてたんだ……!)


 長い沈黙のあと、フォルクさんは、ぶっきらぼうに顎をしゃくった。


「……ついてこい」


 坑道の入り口の脇に、それはあった。


 大きな鉄の釜。その上に据えられた太い筒。筒の中を、何かがゆっくりと上下するたびに、しゅう、と白い蒸気が吹き出して、長い竿がぎい、ぎいと揺れる。そのたびに、坑道の奥から汲み上げられた水が、樋を伝って流れ出していく。


(蒸気機関……! 教科書の挿絵でしか見たことないやつ……!)


「湯を沸かして出た湯気の力で、この筒の中の栓を押し上げる。冷やすと、また下がる。その繰り返しで、竿を動かして水を汲む」

「……すごい」


 思わず、声が漏れた。


 フォルクさんが、ちらりとこちらを見る。


「お嬢さんにわかるのか」

「詳しい理屈まではわかりません。でも――この上下する力を、ぐるりと回る力に変えられたら、車輪を回せるんじゃないかと思って」


 フォルクさんの目が、大きく見開かれた。


(……言いすぎた? でも、前世で見た機関車の、車輪についた棒の動き。あれは、たぶん、そういうこと)


「……上下を、回転に」


 フォルクさんは、しばらく機械を睨んでいた。

それから、地面にしゃがみ込むと、落ちていた木の枝で、土の上にがりがりと何かを描き始めた。


「竿の先に、腕をつけて……車輪の端に……いや、それだと……」


 ぶつぶつと呟く横顔に、さっきまでの不機嫌はなかった。


「フォルク殿」


 フリッツ様が、その隣に膝をついた。


「私たちは、王都とコルンフェルト領、そしてこの公爵領を、鉄道で結ぼうとしています。まずは、馬に車を引かせて。――けれど、いつか、馬の代わりに、あなたの機械で荷車を走らせたい」

「……蒸気で、荷車を」

「人と物を、もっと遠くへ、もっと速く運ぶために。王都で働きたい者が、遠い村からでも通えるように。山の町に、安い麦が届くように」


 フォルクさんは、枝を握ったまま、黙ってフリッツ様を見た。


「王都に工房を用意します。研究のための資金も。……何年かかっても構わない。あなたの機械を、見世物ではなく、人の暮らしのために使わせてほしい」


 長い、長い沈黙。


 蒸気機関が、しゅう、と白い息を吐いた。


「……お貴族様ってのは、もっと気短なもんだと思ってたよ」


 フォルクさんは、枝を放り投げて立ち上がった。

煤だらけの手で、ぼさぼさの頭を掻く。


「何年かかっても、と言ったな。――後で泣き言を言うなよ、殿下」

「言いません」


 フリッツ様が、差し出された煤だらけの手を、ためらいもなく握った。


♦


 その夜、麓の宿の露台で、私はフリッツ様と並んで、山の星空を見上げていた。


「君の一言で、フォルク殿の顔が変わった。……上下する力を、回る力にか。どこでそんなことを思いついたんだ」

「え、えっと……本で、読んだような……」


(前世の教科書です、とは言えないよ……!)


 フリッツ様は、少しだけ不思議そうに私を見て、それから、ふっと笑った。


「君は、本当に私よりずっと先を見ている」


 肩を抱き寄せられる。夜の山の冷たい空気の中で、フリッツ様の体温だけが温かかった。


「……ロッティ。王都に戻ったら、いよいよ結果発表だ」

「はい」

「もし、負けても――」

「負けません」


 思わず、遮っていた。


「帳簿は、嘘をつきませんから」


 フリッツ様が、小さく息を呑んで――それから、私の髪に、優しく唇を寄せた。


「……ああ。そうだったな」


 山の向こうの空が、白み始めていた。


 ――来月の王都の大議場で、すべてが決まる。


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