第51話 王都の商人たちとの交渉
「……鉄道、でございますか」
王都の商人組合の会館で、組合長のグスタフ氏が、太い眉をひそめた。
長い卓を囲むのは、織物商、食料品の卸、宿屋の主人、鍛冶屋の親方――王都の商いを仕切る顔ぶれだ。その向かいに、フリッツ様と私。後ろには、兄様が控えている。
(ここにいる人たちは、マクシミリアン殿下のお祭りで一番儲けた人たち。……つまり、一番手強い相手)
「失礼ながら殿下。この夏の祭りは、我ら王都の商人にとって、またとない稼ぎ時でございました。殿下の井戸の話は立派なものと伺っておりますが、我らには縁遠い話でございますな」
宿屋の主人が、腕を組んだまま頷く。
(予想通り。でも、ここからが勝負)
「祭りの二週間、皆さんの売り上げは大きく伸びたと思います」
私は、持ってきた紙を卓に広げた。
「では、祭りが終わった後の、九月と十月はいかがでしたか」
商人たちが、顔を見合わせた。
「……それは」
「祭りのために仕入れた品が、売れ残ったという話を伺いました。祭りに合わせて雇った人手も、祭りが終われば仕事がない。そして、王都の周りの町では、若い人が王都に出てしまって、市場が寂れています。――町が寂れれば、そこから王都へ品を買いに来るお客様も、減っていきます」
織物商の女主人が、はっと目を見開いた。
「……確かに。近頃、周りの町からのお得意様が、めっきり来なくなりましたわ」
(数字は嘘をつかない。前世で、イベント特需の後の落ち込みを、何度帳簿で見たことか)
「鉄道は、お祭りのように一度に人を集めるものではありません」
フリッツ様が、静かに口を開いた。
「毎日、人と物を運ぶ道です。コルンフェルト領の麦も野菜も、公爵領の鉄で打った鍋や鋤も、今より早く、安く王都に届く。皆さんは、それを仕入れて売ることができる」
「そして、人も運べます」
私は、地図の上の線を指でなぞった。
「村の人たちが朝に王都へ働きに来て、夜には家に帰れる。王都で品を買って、村へ持ち帰ることもできる。宿屋のご主人、旅人の数は、きっと増えますわ」
「……ほう」
「それに、皆さんの品を、王都の外へ売りに行くこともできます。山の公爵領の町では、王都の品がとても高く売れるそうです。鉄道なら、運ぶ手間はずっと少なくなる」
鍛冶屋の親方が、身を乗り出した。
「公爵領の鉄が、安く手に入るってことですかい」
「ええ。剣ではなく、道具の鉄が」
会館が、ざわざわと揺れ始めた。
「しかし、そんな大掛かりな道、いつ通るんで?」
「まずは、馬に車を引かせる鉄道から始めます。鉄の軌道の上なら、馬一頭で普通の道の何倍もの荷を引ける。この国の馬と御者で、すぐに始められます」
「……馬で、ねえ」
組合長のグスタフ氏が、私の広げた計算書を手に取った。しばらく黙って頁をめくり、やがて、眉間の皺がゆっくりとほどけていく。
「……この計算は、どなたが」
「私です」
グスタフ氏は、まじまじと私を見た。
「コルンフェルト嬢。失礼ながら、侯爵家のご令嬢が、ここまで商いの数字をお読みになるとは思いませんでした」
(会計事務所で鍛えられましたので……とは言えない)
シャルロッテは、返事の代わりに、にこりと微笑む。
「祭りは、二週間で終わりました。でも、道は残ります」
フリッツ様が、組合長をまっすぐに見た。
「私は、王都を一度だけ湧かせたいのではありません。王都を、ずっと富ませたいのです。――王都と地方が、一緒に」
長い沈黙のあと、グスタフ氏は計算書を卓に置いた。
「……殿下。この組合として、鉄道を、王都にも通していただきたいと、宰相府に願い出てもよろしゅうございますか」
(……やった!)
会館を出ると、夕暮れの風が冷たかった。
「ロッティ」
人通りの少ない路地に入った途端、フリッツ様が、私の手を引いた。
「君がいなければ、あの人たちは、話も聞いてくれなかった」
「フリッツ様の『ずっと富ませたい』で、皆さんの顔が変わったんですよ」
「……二人で、だな」
繋いだ手に、ぎゅっと力がこもる。
「ところで。組合長が君の計算書を褒めていた時、少しだけ――」
「妬けた、とおっしゃるおつもりですか」
「……よくわかったな」
思わず吹き出すと、フリッツ様も、つられたように小さく笑った。
路地の陰で、額に、短い口づけが落ちる。
「――それで、殿下」
後ろから、兄様のわざとらしい咳払いがした。
シャルロッテは顔が赤くなるのを抑えられないのに、フリッツは飄々としている。
(フリッツ様、絶対わかってたよね……!最近確信犯だよ……!!)
(家に帰ってから兄様とお義姉様に、絶対からかわれる……)
「例の、公爵閣下の鉱山の技術者の件ですが。明後日、アイゼンベルク領へ発つ手筈が整いました」
(蒸気の技術者だ……)
「火を吐く鉄の化け物を作った、偏屈な貴族嫌い――でしたか。……口説き落とすのは、骨が折れそうですね」
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