第49話 祭りの裏側
「王都の祭りの資金は、アイゼンベルク公爵閣下が隣国へ剣を売った儲けだったのですって」
「隣国は今、国境で戦の最中でしょう?」
「もし戦が我が国に飛び火したら……」
「マクシミリアン殿下は、ご存じだったのかしら」
宰相閣下の夜会から三日。お茶会でも夜会でも、その話で持ちきりだった。
(宰相府の報告書にそう書かれていたって話が漏れたらしい。宰相閣下も否定なさらなかった)
「……宰相閣下は、この国の未来を案じておられた。私も同じ思いだと、お伝えした」
書斎で何を話したのか尋ねても、フリッツ様はそれだけ言って、少し遠い目をした。
噂が広まって五日目。
王妃陛下主催の秋の茶会で、温室の片隅にマリー様が一人でぽつんと座っていた。
(いつもの明るい笑顔がない)
「マリー様、ご一緒してもよろしいですか」
「シャルロッテ様……」
隣に腰を下ろすと、マリー様は膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。
「マクシミリアン様、本当に何もご存じなかったんです。お祭りのお金は、公爵様が『民のために使ってほしい』って申し出てくださったものだっておっしゃっていました。公爵の言葉を心から信じていらして……」
サファイアの瞳に、涙が滲む。
「昨日、宰相閣下から本当のことをお聞きになって……『僕は何も知らなかった』って、ずっとお部屋に閉じこもっていらっしゃるんです」
(……マクシミリアン殿下)
(悪い人じゃない。民を喜ばせたい、その一心で祭りを開いただけ。公爵からのお金の出どころまで、その目的の本心がどこにあるのかを掴み切れていなかっただけ)
(――前世の私だって、誰かに親切にされたことを、どんな真意で親切にしてくれたのかなんて、深く考えたことなかった)
「お祭りで小さな子が飴を持って走り回ってるのを見て、『マリー見てごらん、みんな楽しそうだ』って……。それは、嘘じゃなかったのに……」
ぽろり、と一粒こぼれた涙に、私はハンカチを差し出した。
一年前、回廊で泣いていたマリー様にそうしたように。
「マクシミリアン殿下が民の笑顔を喜ばれたお気持ちは、本物です。皆様にも、きっと伝わっています」
「……でも、もう」
「殿下が本当にお困りの時こそ、マリー様がお側にいて差し上げてください。それができるのは、マリー様だけですもの」
しばらく私を見つめてから、マリー様は涙を拭って、しっかりと頷いた。
「……はい。私、殿下のところへ行ってきます」
立ち上がってしたお辞儀は、ぎこちないけれど、一年前よりずっと綺麗な角度だった。
(ゲームのヒロインは、いつも攻略対象を救う側だった。でも現実のマリー嬢は、まだ救う力なんて持ってない。……それでも、泣きながら好きな人のところへ走っていく)
(頑張れ、マリー嬢)
ふと視線を感じて顔を上げると、温室の奥の王妃陛下が、扇子を半分開いたまま、じっとこちらを見ていた。目が合うと、ほんのわずかに、顎を引いて頷く。
(……え? 今の、何……?)
茶会を辞して庭園を横切っていると、色づいた菩提樹の並木の下に、見慣れた青い上着の姿があった。
「フリッツ様」
「茶会が終わる頃だと思って。……少し、歩かないか」
並木道を二人で歩きながら、マリー様の話をした。
フリッツ様は、私の話を最後まで黙って聞いてくれた。
「……兄上は、本当に何も知らなかったんだな。兄上のそばに、マリー嬢がいてくれてよかった」
それから足を止め、私に向き直る。
「私のそばには、君がいてくれる」
並木の陰に引き寄せられて――
額に、瞼に、そして唇に、順に短い口づけが落ちた。
「フ、フリッツ様、ここは王宮の庭で……!」
「誰も見ていない。見ていたとしても――」
一瞬、言葉を切って、フリッツ様は小さく笑った。
「構わない。君が私のものだと、知らしめられるなら」
(……さらっと、すごいことを言った……!)
顔を真っ赤にしたまま馬車に乗り込もうとした時、一人の侍従が駆け寄ってきた。
「コルンフェルト嬢。アイゼンベルク公爵閣下より、言伝でございます」
侍従は、恭しく一礼して告げた。
「『明日の議会の予備会合に、第二王子殿下と共に出席されたし。――あの計算書の件、答えを出す』とのことでございます」
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