第43話 星空の下で祝う誕生日
「―その儲けで、公爵様は王都の祭りにまで、ずいぶん金を出してたらしいぜ」
「へえ、第一王子殿下の祭りにか」
「剣を売った金で、屋台だの花火だのを賄ったって噂だ。公爵様は、第一王子殿下に王太子になってほしいんだとよ」
男たちは酒の勢いで、声を潜めもせずに笑い合っている。
(王都の祭りの資金が……隣国に売った、剣のお金?)
背筋が、ひやりとした。
花火の夜、王都の夜空を焦がしていたあの光。人々の笑顔。万歳の声。
(マクシミリアン殿下は……知ってるのかな。きっと、知らないんだろうな)
食堂を出て二階の廊下へ上がったところで、兄様が低い声で言った。
「……殿下。今の話」
「ああ、酒の席の噂だ。確かなことはわからない。だが、覚えておこう」
「念のため、ベッカー殿の帳簿も、それとなく確かめておきます」
それから兄様は、ふっと表情を緩めて、私とフリッツ様を見比べた。
「さて、難しい話はここまで。私は少し夜風に当たってまいります。三十分ほど」
(え、兄様? お母様に「二人きりにならないように」って……)
すたすたと階段を下りていく背中を見送っていると、フリッツ様が私を呼んだ。
「ロッティ。少し、いいだろうか」
廊下の突き当たりの、小さな露台へ移動する。
見上げた夜空には、王都では見たこともないほどの星が散らばっていた。
「わあ……」
(前世でこんな星空、見たことない……)
「今日は、九月十四日だね」
(……あ)
(巡回が忙しくて、すっかり忘れてた。今日、私の誕生日だ)
「旅の途中で、きちんと祝えなくてすまない。二十歳の誕生日おめでとう、ロッティ」
差し出されたのは、手のひらに収まる小さな木箱だった。
「開けてみて。それから、ネジを巻いて」
言われた通りにすると、澄んだ音色が、夜の空気に流れ出した。
春の小川のような旋律。
(……この曲)
「音楽会で、二人で弾いた曲……」
「王都の職人に頼んで、作ってもらったんだ。あの日の演奏を、君がいつでも思い出せるように」
胸がいっぱいで、言葉が出てこなかった。
(フリッツ様からの、二年連続の誕生日の贈り物。しかも今度は、二人の思い出の曲……)
「……気に入らなかっただろうか」
「いいえ……っ。嬉しすぎて、どうしたらいいか、わからないんです」
フリッツ様が、ふわりと笑った。そして、私の右手を取る。
「去年の誕生日は、何も言えなかった。君の家族の前だったから。だから、今年は言わせてほしい」
低く、柔らかな声。
「生まれてきてくれて、ありがとう。君が私の婚約者で、本当によかった」
手の甲に、そっと唇が触れた。
(――――)
「……フ」
唇が、震える。いつもの「フリッツ様」じゃなく、ただ、名前で。
「……フ、フリッツ……さま」
(だめだ、どうしても「様」が外れないよ……!)
フリッツ様が、小さく吹き出した。
「惜しかったね」
「い、今のは、その……!」
「いいんだ。呼ぼうとしてくれたのは、わかったから。――いつか、ちゃんと聞かせてくれ」
そのまま、手を引き寄せられた。
星明かりの下で、額がこつんと触れ合う。
唇を重ねる。
いつもより少しだけ長くて深い口づけ。
何度も何度も離れては重ねてを繰り返す。
オルゴールの旋律が、二人の間を流れていく。
「……二十歳の君に、最初に口づけたのが私で、よかった」
頬を撫でる指が、名残惜しそうだった。
「――コホン…殿下、三十分経ちましたが」
階段の方から、わざとらしい咳払いが聞こえる。
腕を組んだ兄様が、にやにやとこちらを見ていた。
(兄様……! 絶対、途中から見てた……!)
その夜、寝台の上で、私は何度もオルゴールのネジを巻いた。
(前世の私の誕生日は、推しのアクスタの前で、一人でコンビニのケーキだった。それが今、こんなに――)
(……幸せ、だな)
最後の一音が消える。眠れない夜の中で、昼間の光景が浮かんできた。
鍛冶場に積まれた何百本の剣。壊れた木の車輪。隣国で走り始めたという、鉄の道。
(……鉄が、剣じゃなくて、道になったら)
ばらばらだった思いつきが、少しずつ一本の線になり始めていた。
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