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前世で磨いた推し活×事務スキルで、孤独な冷遇殿下を王太子に押し上げたら、重すぎる溺愛と執着で囲い込まれました  作者: 秋乃銀杏


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第42話 アイゼンベルク公爵領へ

(ここが、アイゼンベルク公爵閣下の領地……)


 切り立った岩肌。痩せた土地の、まばらな畑。山の斜面のあちこちに口を開けた坑道。麓の町は鍛冶場の煙で煤けていて、石畳には槌《つち》の音が響いている。


「……食料品の値が、ずいぶん高いのですね」


 役場で帳簿を写しながら思わず呟くと、町の役人が苦い顔をした。


「土地が痩せてて麦も育たねえんで、食い物はほとんどよそから運ぶしかないんでさ。山道を荷車で運ぶから、どうしても値が張りまして」


(お金はあるのに、食べ物がない。……だから公爵閣下は、麦を買い集めてたんだ)


(悪巧みじゃない。ただ、自分の領民を飢えさせたくないだけなのかもしれない)


 役場を出て、町外れの大きな建物の前を通りかかった時。


 開け放たれた扉の奥に、ずらりと並んだものが見えた。


(……剣)


 何百本という鉄の剣が、棚に積み上げられている。冷たく鈍い光。


「鉄の産出量のうち、剣に打たれるものが、年々増えておりますな」


 ベッカー様が、手帳に書きつけながら呟いた。


(公爵閣下が、隣国へ攻め込むことを考えてるって噂……。食べ物の乏しい領地のために、土地を広げたいって)


(でも、戦争なんて始まったら――)


 ガタン、と大きな音がした。


 鉱山から下りてきた荷車が、道の窪みにはまって傾いている。鉄鉱石を山のように積んだ荷車の、木の車輪にひびが入っていた。


「くそっ、またかよ! この山道じゃ、木の車輪なんざひと月ともたねえ!」

「鉄で車輪を作れりゃいいんだがな」

「馬鹿言え。鉄はみんな剣になっちまうんだよ」


 ――鉄で、車輪を。


 頭の中で、何かがぱちんと弾けた。


(鉄の車輪。……その車輪が走る道も、鉄で作ったら)


(――鉄道!)


 前世の記憶が、一気に溢れてくる。鉄のレールの上を走る乗り物。重い荷物を、大量に、速く運べる。国と国を繋いで、物流を変えたもの。


「フリッツ様!」


 気づけば、隣を歩くフリッツ様の袖をつかんでいた。


「鉄で作った道の上を、荷車みたいなものが走る仕組みのこと、何かご存じですか?」

「鉄の道、か。……隣国で数年前から、鉄の軌道を敷いて荷車を走らせ始めたと、書物で読んだことがある。蒸気で動くものまであるそうだ」


(あるんだ……! この世界にも!)


「それが、どうかしたのか?」

「まだ、うまく言葉にできないんですけど……」


 棚に並んだ剣と、傾いた荷車を、交互に見る。


(鉄が、剣じゃなくて道になったら。この山の鉄が道になって、王都と繋がったら。コルンフェルト領の麦が、その道で安く運べたら)


(食べ物がないから、戦をしなきゃいけない。……でも、食べ物が安く届くようになったら?)


「ロッティ」


 はっとすると、袖をつかんだままだった。


「あっ、す、すみません!」

「何か、思いついたんだね。君がそういう顔をする時は、いつもそうだ」


 フリッツ様が、優しく目を細める。


「帳簿の誤りを見つけた時と、同じ顔だ。……まとまったら、聞かせてくれ」


 その夜、一行は公爵領の町の宿に泊まった。


 粗末だけれど清潔な食堂で夕食をとっていると、隣のテーブルで酒を酌み交わしていた、鉱山の監督らしき男たちの声が、耳に飛び込んできた。


「――今年は、剣がよく売れたなあ」

「隣国向けに、ずいぶん出したからな」

「聞いたか? その儲けで、公爵様は王都の祭りにまで――」


(……え?)


 スープを運ぶ手が、止まった。


 向かいの席で、フリッツ様のスプーンも、ぴたりと止まっていた。


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