第39話 花火の夜の焦り
「マクシミリアン殿下、万歳!」
大通りに響く歓声。焼き菓子と腸詰めの匂い。毎晩続く楽団の陽気な曲。
お義姉様と一度だけ覗いた王都の祭りは、前世の夏祭りなんて比べものにならないくらいの賑わいだった。
「はい、どうぞ! 楽しんでいってくださいね!」
花飾りの天幕の下で、マリー様が町娘たちに花冠を手渡している。
屈託のない笑顔に、町の人たちはすっかり夢中だ。
(町の人たちには大人気……。こういう場所だと、あの明るさは最強だよね)
けれど数日後のお茶会では、違う噂が流れていた。
「祭りの夜会で、マリー様、辺境伯閣下を『伯爵様』とお呼びになったのですって」
「まあ……」
「アイゼンベルク公爵閣下のお嬢様が、すぐ横から訂正なさったそうよ。近頃、ずいぶんマクシミリアン殿下のお側にいらっしゃるわね」
(町では愛されてる。でも、貴族の世界では、まだ足元が危うい……)
そして、祭りの最後の夜。
屋敷の窓からも、王都の夜空を焦がす大輪の花火が見えた。赤、金、緑。そのたびに、遠くから地鳴りのような歓声が響いてくる。
『やはり、マクシミリアン殿下だな』
『あれほど民を喜ばせたのだ。王太子は決まったようなものだろう』
『第二王子殿下は、東の村で井戸を掘っておられるらしいが……地味なものだ』
ここ数日、どこへ行っても聞こえてくる声が、頭の中で繰り返される。
(わかってた。最初はマクシミリアン殿下が優勢に見えるって、自分で言ったのに)
(……でも、フリッツ様の頑張りが、まだ誰にも見えてないのが、悔しい)
♦
翌朝。私は厨房を借りて、アーモンドのケーキを焼いた。
(約束したもんね。今度は、焦がさないように)
北棟の執務室に入ると、フリッツ様はミュールドルフからの報告書を読んでいた。
「ロッティ。昨夜の花火は見えたか」
「……はい」
声が沈んでいたのか、フリッツ様が報告書を置いて顔を上げた。
「どうした?」
「……いえ。あの、これ。約束のケーキです」
箱を差し出すと、フリッツ様の目が、見開かれた。
「……本当に、焼いてくれたのか」
「今度は、焦げていません」
蓋を開けて、フリッツ様はしばらく黙っていた。それから、ふっと優しく笑う。
「……ありがとう。でも、君の方が浮かない顔をしている。皆が、兄上が勝つと言っているのを聞いたんだね」
(全部、お見通し……)
「すみません。励まそうと思って来たのに、私の方が」
「謝らなくていい」
フリッツ様が、机の上の報告書を手に取った。
「ミュールドルフから、今朝届いた報告書だ。今年の夏、例年の病にかかった者は、まだ一人、それも軽く済んだそうだ。……去年までは、この時期にはもう、何人も亡くなっていた」
(……効いてる!)
「それに、ロッティ。君が教えてくれたんだろう。――帳簿は、嘘をつかない」
私の言葉を、そのまま返される。
「祭りの賑わいはすごい。でも、あれだけの人が王都に集まったなら、どこかの町が静かになっているはずだ。秋の納税の数字に必ず出てくる」
じわりと、目の奥が熱くなった。
(励ますつもりが、励まされてる)
「君は、笑っている方がいい」
そう言って、フリッツ様は私を胸に引き寄せた。
背中を、あやすようにゆっくりと撫でられる。
「不安な時は、こうして私のところへ来ればいい。……他の誰でもなく、私のところへ」
耳元で囁かれて、髪に、そっと唇が触れた。
(…………っ!)
胸の奥の焦げつきは、すっかりどこかへ消えてしまった。
その日、フリッツ様はケーキを一切れも残さなかった。
――屋敷に戻ると、執事が告げた。
「お嬢様。旦那様が、書斎でお待ちです」
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